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第17話 絶望が呼んだ悪魔

注意

※この作品には残酷描写やグロテスクな表現が含まれています。

苦手な方は閲覧をお控えください。











 


 


 ギーブは死んだ。


 彼女の相棒は、ゲオークとゼニゲバ《マルカス》の残酷な、たわむれの果てに命を散らされた。


 回想が、静かに彼女の胸を締めつける。


「お前は、笑って生きろよ」


 地下牢で正座したまま、冷たくなったギーブの亡骸を抱き締めながら、ナタルは震える声で泣いていた。


――初めて会った日。

「剣の握りが甘い。そんなもんじゃ、すぐ死ぬぞ」と吐き捨てるように言われて、ナタルは本気で怒った。

 だが、その剣は、どこまでも確かだった。敵を断ち、仲間を護る剣だった。

 口では「報酬のためだ」と嘯きながら、ギーブはいつも盾となり、先に立った。


 焚き火の夜、星空を仰ぎながらナタルが呟いた。

「もう十年だってさ、知ってた?」


 ギーブは興味なさげに言った。


「……長いようで短ぇな。俺にしちゃ、上等の人生だ」


――樹海での死闘。血に塗れた顔で、鋭く前を睨みながら、彼は叫んだ。


「お前の背中は……俺が守る!」


 ナタルは声を詰まらせ、叫ぶように泣いた。


「ギーブ……あなたがいたから、私は……生きてこられたのに。どうして、こんな……」


 そのときだった。頭の奥から、声が聞こえた。


(ナタル……その首を見ろ。口の中にある紙に、お前の血を垂らせ……)


(なにを……?)


(願いを込めて……血を垂らすんだ)


(でも、体が……動かない……)


(口なら動かせる。怒るふりをして、唇を噛み締めろ……)


(ギーブ……?)


(…………)


 言葉は続かなかった。だが、ナタルは確かにそれを感じ取った。

 ギーブの開いてる口の中を見る、そこに仕込まれていた小さな紙片を見つけた。


(……これは……サマル町で渡された紙切れ……。願いを言えって……?

ギーブのいない世界に私が残る意味なんて、もうどこにもない。神よ、あなたは一体どんな世界を想像していたというの――命を与え、愛を与えるはずのその存在が、こんなにも無関心で残酷だなんて。祈れど祈れど、返ってくるのは裏切りと空虚だけ。もう神なんて信じない。祈る代わりに、私は終わらせる。そうすれば……ギーブのそばへ)


 ナタルの胸の奥で、世界も神も打ち砕かれていった。

 残されたのは、冷たい絶望と、死にすがる願いを込め、ナタルは唇を強く噛んだ。血が滲み、ギーブの口の中にある紙に、赤い雫が落ちた――


 するとナタルの前の空間が歪み、黒紫の七芒星の魔法陣が床に広がった。

 その中心に、一人の人物が現れる。


 ナタルは目を見開いた。


「あなたは……悪魔……?」


 かつて、サマル町で噂の冒険者として目にした少年。しかしその姿は一変していた。

 黒髪に赤い瞳、そして背には大きな黒い二枚の羽。圧倒的な気配。人ならざる存在。


 極悪魔――サーティーン。


 その姿を見た瞬間、ナタルの心は二つに裂かれた。

 一方には、人ならざる者への底知れぬ恐怖。

 もう一方には、神に見捨てられた絶望の果てに差し込む、かすかな光――。

 彼が救いなのか破滅なのか、それすら分からない。


 ナタルが戸惑いを見せる中、サーティーンは冷ややかに、ナタルの手に抱かれた生首を見つめた。そして一瞬で状況を読み取り、ゲオークとゼニゲバの遠視を遮断する。


「……お前の本当の願いは、なんだ?」


 ナタルは、長い沈黙の果てに答えた。


「ギーブを……ギーブを生き返らせて欲しい」


「代償は大きいぞ。覚悟はあるのか?」


「ギーブが生き返るなら、私はどうなっても構わない……」


 涙が頬を伝った。魂を絞り出すような言葉だった。


「……では、仮契約だな」


 ナタルは小さく頷いた。すべてを捨てる覚悟だった。


「まずは、呪いを解いてやる」


 サーティーンはナタルの首からアクセサリーをもぎ取り、ブラックビットへと封じ込めた。

 その瞬間、ゼニゲバの操るシャドーマリオネットの呪縛が解け、ナタルの体が再び自由を得た。


「その生首も預かろう」


「これは……」


 ナタルは思わず、ギーブをかばう。


「悪いようにはしない。だがそれを、ただの肉塊として朽ち果てさせる気もない」


 戸惑いの末に、ナタルはそれを渡した。

 サーティーンは、少しだけ丁寧にブラックビットに収めた。


「グレウス」


「ここに」


 不意に現れたのは、サマル町でサーティーンが助けた少年――しかし今や、魔人となったその姿だった。


「この女を冥界へ連れていけ」


「かしこまりました」


「きゃっ……」


 抱き上げられたナタルの声を背に、グレウスは亜空間――冥界へと姿を消した。


 サーティーンはナタルとの仮契約により得た記憶を読み取り、唇の端を吊り上げた。


(養人場……か)


 現在地は、正四角錐ピラミッドの構造を持つ建設途中の城の地下牢獄。出入口は一つのみ。

 ゲオークの拠点は、交配人舎と呼ばれる施設にいると察する。


 階段を上がり、城の地下通路を進む。途中で見張りのオークたちを気絶させ無力化し、外へ出ると、夜の闇が支配する静寂があった。


 目指すは養肥人舎――養人場の一角。


「……いるんだろう」


 サーティーンが空に語りかけると、声が応じた。


「そりゃ〜いますよ。あなたは要注意人物ですからね」


 ふわふわと空中に現れたのは、小柄な死神。

 影のような顔、小さな鎌、ボロマントをまとっている。


 サーティーンは、寝静まる施設内の家畜――肥え太った人たちを見て、死神に問いかけた。


「あの魂は、どうなる?」


「無垢の魂は……天空界行きでしょうか。食べます?」


「無色透明な魂などに、興味はない」


「つくづく、変わった悪魔ですね」


「回収任せたぞ」


 サーティーンは、養人達に近づき人差し指で突いていく。すると眠る養人達の物理的な衝撃が内部に伝わり、肉体が内側から破裂した。


 続けざまに《デモンズフレイム》が肉体の破片を焼き尽くし、残って宙に浮く魂を死神が次々と回収していく。


 それは儀式のような静かさで、隣の舎へ、また隣の舎へと繰り返された。

 やがて、最後の施設――ゲオークが待つ交配人舎へと、サーティーンは歩を進める。


 その瞳には、慈悲も、迷いもなかった。


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