第15話 裏切られた革命
注意
本作品には暴力的・グロテスクな描写、人道に反する残酷な表現が含まれています。
苦手な方は閲覧をお控えください。
目を覚ましたナタルの視界は、ぼんやりと霞んでいた。
「……ここは……?」
頭の芯が重く、身体に力が入らない。視界が徐々に明瞭になるにつれ、目の前の光景を脳が「現実」と認めるまで、しばし時が必要だった。
「……っ!」
声を詰まらせる。そこには、衣服もつけぬまま四つん這いになり、地を這いながら餌を食む人々がいた。小さな水槽に溜められた濁った水を舐め、排泄物はその場に垂れ流し。汗と脂に濡れた皮膚は床に貼りつき、豚のように肥え太らされた彼らは、ただ“食材”として管理されているようにしか見えなかった。
「……そんな……」
誰の目にも明らかだった。ここは、人を育て、食うための施設──養人場。
「起きたかね」
背後から冷ややかな声。振り返ると、マルカスが不敵な笑みを浮かべていた。
「見なさい。これが新たな国家の姿だ。素晴らしいと思わんか?」
人々は番号で呼ばれ、名前さえ奪われている。
自由はなく、尊厳はなく、ただ資源として飼われる。
マルカスは嗤った。
「人間は資源に過ぎぬ。自由など与える必要はない」
「……あなたは、もう人としての心を失っているのですか!」
「失った? いや、捨てたのさ。ゲオーク様に忠誠を誓ったその時からな」
怒りに震え立ち上がろうとしたナタル。だが体は言うことをきかなかった。
「……動かない……どうして……?」
「お前に渡した首飾りを覚えているか? 数年かけて仕込んだ闇魔法──シャドー・マリオネット。一年以上身につければ、その体は私の人形となる」
「……そんな……最初から……!」
「ふふふ。飼い犬には首輪が要る。お前が私を疑う前から、私はお前を飼っていたのだ」
怒りで震える瞳。だが体は立ち尽くすしかない。
「さあ、見せてやろう。真の国家改革をな」
マルカスの言葉と共に、ナタルは強制的に歩を進めさせられる。
養人場の奥には、養肥人舎と同じ施設が幾つも並び、その果てに──交配人舎があった。
そこでは列をなす人々が、檻の向こうに控える巨影へ懇願していた。
「ゲオーク様、どうか……私をお選びください!」
「ブヒャヒャ! 次はお前だ!」
「ありがとうございます……」
巨体に黒革の鎧を纏った悪魔、ゲオーク。
ゲオークは、オークの町・ヨウバリの代表だったが、己の魂を悪魔に売り渡し、今はムーカワの王座に座している。
この場所で交配を許されるのは、彼ただ一人。
マルカスが連れてきたナタルを見て、ゲオークは獲物を値踏みするように観察する。
「ん~? まだ瞳に輝きがあるな……ついてこい!」
そう言い捨て、隣の厩舎へ向かう。そこは──食肉加工場だった。
「……っ……!」
足を踏み入れた瞬間、ナタルは込み上げる吐き気に膝をついた。だが体は操られ、無理やり立たされる。
目の前で、人間が淡々と解体され、肉塊へと変わっていく。冷気漂う作業場の奥には、共に革命を夢見た同志たちの姿。まだ息があるまま、家畜のように処理されていく。
「ナタル……助けてくれ……!」
「裏切ったのか……!」
「うああああああっ!!」
仲間の叫び、泣き声、命乞い。
そのすべてに声を返したかった。だが、ナタルは声を上げることも、手を伸ばすことも許されない。喉は石で塞がれたように固まり、体は鎖で縛られたかのように動かない。
「見ろ。これが、お前が選んだ革命の結末だ」
マルカスの嘲笑が、耳を劈く。
さらに彼は、残酷な楽しみを思いついたように、ゆっくりと口角を吊り上げた。
「泣きたくても泣けぬ苦しみ……それもまた愉快だ。だが、もっと良い舞台がある。
英雄気取りのお前を、哀れな観客に仕立ててやろう」
同志たちが一人、また一人と肉へ変わっていく。血と悲鳴が渦巻く中、ついにギーブが引きずられてきた。
その瞬間、マルカスの眼がいやらしく細められる。
「……さあ、泣け。喚け。お前の絶望を、この場に響かせよ。
お前の声が、奴らの最期を彩る鐘の音だ」
抑えつけられていた力が意図的に緩められ、ナタルの喉が解き放たれた。
「……やめて! もうやめてぇっ! どうか……あの人は……お願いだから……!」
押し殺してきた声が一気に噴き出し、作業場に木霊する。涙に濡れた懇願は、血と冷気の中にひどく生々しく響いた。
「おねがい……やめてっ! ギーブだけは……なんでもしますから……!!」
その必死の叫びを、マルカスは陶酔するように聞き入り、唇を歪めた。
「いい……実にいい。その声、その涙。その哀願こそ、私の望んだ舞台。
もっと見せろ、ナタル。お前の愛も、希望も、ここで喰い潰されていくのだ」
そしてゲオークも笑い、肉厚の舌で唇を舐める。
「ブッフッフ……実に良い声だな。泣き叫べば叫ぶほど、なお美味い……。よし、ひとまず別々の牢に閉じ込めておけ」
「かしこまりました!」
二人の下卑た嗤いを背に、ギーブは辛うじて命を繋いだ。
だが、ナタルは牢へ引きずり込まれた瞬間に悟った。
これは救いではなく──ゲオークとマルカスが仕組んだ、悪夢の始まりにすぎないのだと。




