第14話 ナンバーX 強欲の上級悪魔ゲオーク
ナタルたちが革命の準備に着手してから、すでに一週間が過ぎていた。
その夜、ギルド館の食堂で夕食を取っていたナタルとギーブの元へ、一人の衛兵が近づく。「王からの伝令です」と手渡された封書には、王自らの筆跡でこう記されていた。
「親愛なるナタルよ。日々の任務、ご苦労である。サマル町調査の報酬を与えたいゆえ、明日の正午、城へ来るように」
ギーブが眉をひそめる。
「おかしいな……報酬はいつもギルドを通して渡される。わざわざ王が呼び出すとは……」
「だけど、今こそ好機だわ。準備は整っているし。明日の正午に作戦を決行すると、皆に伝えてくれないかしら?」
ギーブはわずかに口を引き結び、うなずいた。
「……了解した」
翌日、城の玉座の間。
「ナタルとギーブが参りました」
衛兵の報告にマルカス王が静かに頷く。
「入れ」
玉座の間にはフルプレートの護衛兵が左右の壁にそれぞれ五人ずつ並び、槍を立てて無言で立っていた。王の声に従い、ナタルとギーブは堂々と進み出る。
「手紙の通り、参上いたしました」
マルカス王は笑みを浮かべ、軽く片手を上げた。
「よい、よい。今日はお前たちに褒美を与えようと思ってな。堅苦しい挨拶は無用だ」
「ありがとうございます」
「さて……褒美とはいえ、何を渡すべきか悩んでおってな。希望があれば申してみよ」
ナタルは静かに、しかし、はっきりと進み出た。
「恐れながら、ギルド制度の改革を願います。特に若き冒険者たちへの教育制度の導入を。犠牲者をこれ以上出さぬために」
王はしばらく沈黙したのち、嘆息しながら答えた。
「ナタルよ……それは無理だ。何か別の褒美にせぬか?」
「王が一言お声がけくだされば、私が責任を持って実行します」
ナタルは引かず、真摯な眼差しで王を見据えた。直後、城の外から怒号が響き渡る。
「火事だーっ!」
城内の調理場辺りから煙が上がり、騒ぎに気づいた出入口の衛兵たちが一斉に持ち場を離れ、外へ駆け出していった。
(予定通り……あとはこの場に残る護衛兵たちだ。彼らも同志のはず……)
そう確信したナタルは、凛とした声で王に言い放った。
「マルカス王。今のままでは、この国に忠誠を誓う者はいずれ誰もいなくなります」
「……なんだと?」
「臣下の提言に耳を傾けずして、民の信を得ることなどできませぬ。どうか、今一度、ギルド改革の承認を――」
だが、次の瞬間。王の口元が歪み、嘲笑が漏れる。
「ハッハッハ……」
「なにがおかしいのですか!」
「ナタルよ……それが正しい。正しいのだが――私の一存では、決められぬのだよ」
その瞬間、玉座の間の出入口の扉が開き、押し寄せてきたのは――オークたちの軍勢。
「なっ……!?」
壁ぎわの護衛兵の一人が兜を外す。その中身もまた、オークの顔だった。
「……罠だ!」
ギーブが叫ぶ。次いで、頭を裂くような不快な鳴き声が空気を切り裂いた。
「ブキャーーーーーー!!」
その声が玉座の間に響き渡ると、ナタルもギーブも全身の毛が逆立ち、身体の自由を失うほどの恐怖に飲み込まれた。
玉座の背後のカーテンの裏から堂々と姿を現したのは――異様な存在だった。
身長は三メートルほど。漆黒の肌に重厚な革鎧をまとい、その頭にはムーカワ国の王冠が乗っていた。体躯は巨大で、脂肪に覆われた醜悪な体。そして放たれる威圧は、悪魔そのもの。
強欲の上級悪魔、ゲオーク――。
「……まさか、ハイオーク……それに……オークキング……!」
ギーブはなんとか声を絞り出すが、すぐに後ろから現れたハイオークたちに組み伏せられた。
「離せッ! ナタルッ!」
「ギーブ……っ!」
ナタルの耳元に、マルカス王の声が忍び寄る。
「この娘です、ゲオーク様」
「お前……マルカス王、お前は……」
「……ナタルよ、この国はすでに、オークの軍門に下ったのだよ」
「貴様は一体、何者だ……!」
「……そのうち分かるさ。さあ、ゲオーク様。存分にお楽しみを」
「ブッフッフー……たっぷりと可愛がってやろうではないか」
ゲオークはにやりと笑い、恐怖に凍るナタルに歩み寄る。彼女の身体を殴打し、蹴り、壁に叩きつける。倒れても、ハイオークたちがすぐに持ち上げては、再び暴行が加えられる。
そして、ゲオークはナタルの髪を掴み、体を持ち上げた。
「まだまだ、これからだ……!」
ナタルの顔に、ゲオークの醜い舌が這い回る。意識が徐々に薄れていく中、彼女は捕らえられた同志たちの姿を目にした。
(…………ごめんなさい)
ナタルのまぶたが静かに閉じていく――。




