第13話 ムーカワ城塞
ムーカワ国の心臓部、ムーカワ城塞。
その巨大な長方形の城壁は、大陸中央から南南西に位置し、東西に長く広がっていた。城塞の東半分は国民の住む都市があり、間に川を挟んで、西半分には国王の居城と王都が設けられていた。
城塞の周囲を見渡せば、東には平野と荒野が広がり、北は鬱蒼とした樹海へと続く。南にはサマニ町などの小さな町村が点在し、西には現在立ち入りを禁じられた大森林が口を開けていた。
この広大な国土を支配する人間の王――マルカス・ムーカワ七世の治世は、民にとって決して安寧とは呼べぬものだった。
王は重税を課し、商人や農民から容赦なく取り立てる一方、気に入らぬ者は理由もなく城に呼び出され、その後行方知れずとなる。強き戦士や賢き商人は、王の庇護を受けて出世を遂げるが、弱き者や貧しき民は顧みられず、虐げられるばかり。城塞都市の裏通りには、圧政に耐えかねた者の嘆きが満ちていた。
――そんな王の闇を、ナタルとギーブもまた肌で感じていた。
ナタルとギーブは、その城の中心、玉座の間にいた。
闇の気配を纏った王、マルカス・ムーカワ七世が玉座に腰掛け、鋭い眼差しを二人へと向ける。
「よく戻ったな」
「ありがとうございます」
王の声はかすれながらも威厳を保ち、玉座の間に響いた。
「して、噂の者……その実力はどうだ?」
「見た目こそ未熟な少年ですが、実力はランクB以上と見ました。未だ底が知れません」
「ふむ……面白い。辺境の地でそのような者が現れるとは、予想外だな。よかろう。その者には、そのままサマル町で活躍してもらい、町長には継続して監視を命じておけ」
「承知いたしました。各ギルドにも報告しておきます」
「うむ。下がってよいぞ」
一礼して退出するナタルとギーブ。その背後で、別の男が王へと近づく。
「ゲオーク様より、強き人間の女を所望との伝達がありました」
「……そうか。手配しておけ」
マルカスはわずかに視線をナタルの去った扉へと流す。
「せっかく育て上げたのだが……あの娘ならば、差し出しても良かろう。新たな者を探さなくてはならぬな……」
その言葉の裏に、闇の計画が渦巻いていた。
ナタルとギーブは城を後にし、城塞都市にあるギルド館へと戻ってきていた。
巨大な五階建ての建物は、冒険者・傭兵・商業の三つのギルドが同居する総合施設。正面中央一階は受付と広大な玄関ホール、左には食堂兼飲み屋、右には依頼掲示板や資料室が並ぶ。
二階は事務室と来客用の部屋、三階以上は宿泊施設や個人への貸部屋となっていた。
この国のギルドの特徴は、登録こそ形式的に丁寧だが、教育はほとんど行われない。
「余計な手出しは恨みを買う」――そんな空気が蔓延し、新人は自ら見聞し学ぶしかない。
結果、実力に見合わぬ依頼を受けて命を落とす者、逃亡して盗賊になる者が後を絶たなかった。
その在り方に、長く胸の内で怒りを募らせてきたのが、筆頭冒険者・ナタルであった。
「どれほどの者が教えも受けず死に、あるいは罪に堕ちて消えていったのか……」
ギルド館五階、ギーブの部屋には数人の冒険者と傭兵たちが集まっていた。
皆、ナタルの改革思想に賛同する同志である。
「で、これからどう動く?」
ギーブの問いにナタルは目を閉じ、低く呟いた。
「マルカス王に忠誠を誓う者は少ない。次に城から呼び出しがあった時……その時が機よ」
「了解だ。城内の兵士たちにはすでに根回しを進めている。やるなら一気に、だな」
傭兵の一人が頷く。
さらにもう一人の冒険者が続けた。
「外の兵士には、俺たちが騒ぎを起こして注意を引く。どうせ呼び出しは昼間だろ? あの王様臆病だからな」
「それにしても……民の怨嗟はもう限界だ」と別の傭兵が吐き捨てるように言った。
「税は上がる一方で、支払えなかった農民は皆、兵に連れ去られたまま戻ってこない。行方をくらました親兄弟を探しに来る者が、毎日のようにギルドへ泣きついているんだ」
「強い者は取り立てから守られ、弱い者ほど犠牲になる……。この国は完全に歪んでいる」
仲間たちの言葉に、ナタルは強く拳を握りしめた。
「だからこそ、私たちが動かねば。王の腐敗はもはや見過ごせない。民を救えるのは――私たちしかいないわ」
仲間たちが革命の意義や作戦の段取りを確認する中、ギーブがふと重たい声で問いかけた。
「……最近、オークを見た者はいるか?」
部屋が静まり返る。
「……約十三年前、北の鉱山にいたオークたちが忽然と姿を消した。あれ以降、一度も姿を見ていない」
「生きてるわけがないさ。あの環境じゃ、とっくに野垂れ死んでるさ」
「だが……当時マルカス王は、オークが採掘していた鉱物資源を異常なほど安く買い叩いていた。あれで反感を買っていたのは確かだ」
ナタルが言葉を継ぐ。
「まだどこかで生きていて、機を伺っているという可能性もあるの……?」
「……いや、今のところただの可能性だ。確証はない。ただ、頭の片隅に留めておくべきだろう」
その夜、ナタルたちの中で決意が静かに結晶していった。
腐敗した王政を覆すための火種は、すでに灯されていた。




