第11話 悪を狩る悪魔
サマル町長から譲り受けた一軒家に、サーティーンは拠点を設ける準備を進めていた。
石造りの二階建ては、もともと腕利きの冒険者が住んでいた家らしく、簡素ながら堅牢で、見晴らしの良い丘の上に佇んでいた。二階にはグレウスとマカリアの部屋が、そして一階にはサーティーンとルカの部屋がそれぞれ割り当てられていた。
ルカとペコが家の整備を担うと言うので、サーティーンは一人で町の北部を歩いてみることにした。
町外れの風景は、想像よりも穏やかで、どこか懐かしさすら感じさせた。
(悪魔の目にも、美しさは映るのか……。もっと歪んだ世界に見えるものだと思っていたが)
そんなことを考えながら静かに歩いていると、汚れた衣服の男が近づいてきた。
「おい、見ねえ顔だな。金を貸してくれよ。返すかどうかは……まあ、分かんねぇがな」
サーティーンは言葉を返すこともせず、通り過ぎようとした。しかし、男は苛立ち、腕を掴もうと手を伸ばした瞬間――。
サーティーンの両目から、細く鋭い破壊の光が走った。
《デモンズブレイクアイ》 相手の悪心を急激に膨らませ肉体を破裂させる技、悪人に効果大。
次の瞬間、男の体は内部から破裂し、肉片と化して崩れ落ちた。
「……せっかく綺麗なものを見ていたのに、また穢れを見てしまったな」
そう呟いたサーティーンは、軽く指を鳴らし《デモンズフレイム》を放つ。悪魔の炎は瞬く間に死骸を焼き尽くし、汚れを拭うように空気を浄化していった。 浮かんだ魂は熱にあぶられながら、ゆっくりとサーティーンの掌へと吸い込まれていく。
「汚物は、消毒せんとな……」
悪魔にとって、魂は力の源である。悪魔契約を通じて得る魂は大きな力をもたらすが、こうして無作為に奪い取った魂は、ただ腹を満たすだけの粗末な糧にすぎなかった。
町の一通りを見て回った後、町長が再び姿を現し、深々と頭を下げた。どうやら、先ほど始末した男も含め、北部の治安には長年悩まされているらしい。
一軒家に戻ると、室内の掃除は終わり、グレウスとマカリアはルカに読み書きを学んでいた。
ペコが迎える。
「おかえり~主様。……悪党どもがあちこちにいたでしょう?」
「ああ、愚か者ばかりだったな」
「でも、これからもっと増えるよ。ザンガニがいなくなったと知れば、空いた縄張りを狙って、次から次へと湧いてくるからね」
ペコの話によれば、盗賊の多くは元兵士や冒険者で、国やギルドに見捨てられた者たちが流れ着いて野党となり、集団を形成しているという。
特にサマル町の立地――大陸の南端に位置し、東に山脈、南西に海があり、他町との接点は西隣のサマニ町だけと少ない閉鎖的な地形――は、まさに盗賊たちにとって魅力的な拠点となっていた。
「他の町は、四方八方から来る同業者との縄張り争いが絶えないけど、ここは行き止まりの町……守りやすいので価値があるのですよ」
「なるほどな。それは、支配したがるな……」
ペコの言葉は、予言のように現実となった。翌日から、どこで聞きつけたのか、盗賊、野党、山賊、海賊といったならず者たちが続々とサマル町を訪れ始めた。
町の外を歩けば、「ここは通さねぇ!」と野党が道を塞ぎ、
山を歩けば、「者ども、かかれ!」と山賊が襲いかかる。
海に近づけば、帆にドクロの紋を掲げた海賊船が荒々しく波を切り裂いてきた。
「おらぁ! この町は俺たちがいただくぜぇ!」
「金も女も魚も、ぜんぶ差し出せぇ!」
どなり立てる海賊ども。だが、日焼けした漁師が岸から手を振った。
「おい! そこは危ねえ、離岸流だ! 戻れ!」
だが彼らは笑い飛ばす。
「へっ、田舎漁師がなにをぬかす! 俺たちゃ黒潮より速ぇんだよ!」
「海を制するのは海賊様よ!」
その瞬間、海は牙をむいた。
轟々とうねる離岸流に船は吸い込まれ、黒潮の闇に翻弄される。
「な、なんだ!? 船が勝手に――」
「おい! 舵がきかねぇぞ!」
笑い声は悲鳴に変わり、次の瞬間には帆柱ごと波に呑み込まれ、海面には泡ひとつ残らなかった。
「……海賊はないな」
サーティーンは、やってくる悪党たちを、冷静に容赦なく駆逐した。
気づけば三ヶ月が過ぎ、町の人々は彼を「守り神」と呼び始めていた。
「主様、最初は人間など知らんと言ってたのに、案外満更でもないようだね?」
ペコが冗談めかして言うと、サーティーンはわずかに笑みを漏らした。
「……神と呼ばれるのは、悪くはない」
かつて天より堕ちた悪魔は、今や町を守る影の存在――
その姿は、まるで闇に潜む英雄のようでもあった。




