第9話 ザンガニ盗賊団 後編
サマル町――妹をさらわれた少年は、たったひとりで盗賊団のアジトへ踏み込んでいた頃、冥界ではサーティーンが黙々と鍛錬に励んでいた。
「やはり、ルシフィスのようには、いかないか……」
サーティーンが、自身の能力を探りながら鍛錬を続けていると、突如として彼の前に七芒星の魔法陣が浮かび上がった。耳に届いたのは、正体不明の女性の声だった。
「――あなたを召喚しようとする者がいます。応じますか?」
その声とともに、召喚者の姿と状況、さらには願いが映像のようにサーティーンへと伝えられていく。血まみれになりながら、神を呪う滅びの言葉とは裏腹に、妹を救いたいと願う少年の真の叫びが、彼の胸に届いた。
「……良いだろう。応じてやる」
「かしこまりました。――では転移いたします」
七芒星の光が真上から真下へ流れ、サーティーンの姿は掻き消えた。
それは、彼にとって初めての悪魔召喚である。
そして契約は成立した。
彼は瞬く間に盗賊たちを爆散させ、灰も残さず黒炎で焼き尽くした。少年をペコにあずけ、次にすべきは囚われの少女を救い出すことだった。
「……要救助者の気配は、一階の奥か」
淡々と呟き、サーティーンは地下から上階へと足を運ぶ。その気配を辿るままに、途中で立ち塞がる盗賊たちは、一瞬で肉片と化し、音も無く崩れ落ちた。
盗賊たちを一瞬で爆散させるサーティーンの目は、赤く静かに輝く。
『デモンズ・ブレイクアイ』
相手の魂に宿る悪心を一気に増幅させ、体内から破裂をさせる、悪魔的破壊光線。
悪人ほど良く効き、善人に効果はない。
『デモンズ・フレイム』
黒い炎で肉体を消滅させ魂をこんがり焼く悪魔の炎
やがて最奥、盗賊団のリーダーが居座る大部屋へと辿り着く。
奥の椅子にふんぞり返った男の隣には女が酒をついでおり。周囲には幹部らしき男が笑いながら盃を傾けていた。
「お前が……親玉か」
「あー? 何者だ、貴様は」
中央に座す男の皮膚は甲冑のように硬化し、異様な気配を放っていた。
「お前に名乗る名などない」
「随分と生意気なガキじゃねぇか。……おい、捕らえろ!」
命じられた幹部がサーティーンへ歩み寄る。
しかし次の瞬間――幹部は突然痙攣し、眼・鼻・口・耳から血を吹き出し、笑みを浮かべたまま絶命した。
強者の負のオーラに魂が耐えきれず、命を手放したのだ。
残された頭目は、血の気を失いながらも虚勢を張った。
「な、なんだ貴様は……その赤い目……悪魔か?」
「お前が親玉のザリガニか?」
「ザリガニじゃねぇ! 俺様は《ザンガニ》様だ! へっへっへ……実は俺様も悪魔よ!」
女たちは悲鳴を上げて部屋を飛び出す。
ザンガニの正体は、レッサーデーモン――中級悪魔に至らぬ下級種に過ぎなかった。
「くだらん。そこにいる少女を渡して貰う」
「そいつが目当てか。……いいだろう、条件次第で渡してやる」
「冥土の土産に聞いてやろう」
「くっくっく……壁をつたいながら、そいつのところへ行け。俺が部屋を出るまで、手を出すなよ」
ザンガニは、部屋の片隅にいる少女をサーティーンが掴んだ瞬間を狙い、後ろから奇襲を仕掛けるつもりだった。だが――ザンガニが立ち上がろうとした瞬間、サーティーンの『デモンズ・ブレイクアイ』が閃き、両脚を内側から爆ぜさせた。
「ぎゃあああああっ!! 卑怯な真似をッ!」
「他の奴に、散々同じことやっておいて……よく言えたものだな」
血を流し這うザンガニは、最後の力で羽を広げ、少女へ飛びかかろうとした。だがその姿は醜悪な悪あがきに過ぎなかった。
「愚か者が……」
その言葉と同時にザンガニの身体は爆散し、肉片も残さず黒炎に焼かれて消滅した。
ただ一つ残ったのは、黒紫の脈動を続ける《デーモン・コア》。
「……汚らしい核だな」
サーティーンはそれを無造作に掴み、強く握り潰した。
「ペコ!」
「はーい、主様。呼ばれて飛び出てペコペコりん!」
いつもと違う様子だが、サーティーンはスルーした。
「少年の様子は?」
「ルカたんが治療してるよ。今は安静にしてる」
「そうか。ならこの少女も兄のもとへ」
「了解でーす。さぁ、お兄ちゃんに会いに行こうね」
「……ありがとう」
少女は小さな声をサーティーンに発すると、ペコと冥界へ向かっていった。
静寂が訪れるアジト。
拷問具、黄金、宝石、酒、人身売買の記録――あらゆる悪の痕跡がそこにあった。
「……全部、貰っていくか」
洗いざらい回収し終えた後、囚われていた人質たちを解放する。
「町へ帰るんだな。お前たちは、もう自由だ」
涙を流す人々に、サーティーンは振り返らない。
救いの理由も、赦しの言葉も語らず、背を向ける。
彼が果たしたのは、ただ一つ――少年との契約であった。




