【第2話 看板は立ったけど、お客は来ない】
こんばんは、カエデです。
ようやくギルド《ひだまり》を開業して一週間。
前回は初仕事を無事終えて、ほっと一息……のはずが、依頼が全く来ません。
今回は、そんな“お客さんゼロ”の状況をどう打開するか――私の経営学スキルが火を吹きます!
【第2話 看板は立ったけど、お客は来ない】
ギルド《ひだまり》の看板を掲げてから、一週間が経った。
初めての依頼――村はずれの柵の修理――は無事に成功し、依頼主のおじいさんにも喜んでもらえた。
それなのに、掲示板は空っぽのまま。
今日も風に揺れる木製の掲示板は、寂しそうに立っている。
「依頼、来ないね……」
机の上の帳簿を閉じたメイが、ぽつりとつぶやいた。
十四歳の魔法使いの顔が、少し曇る。
「まあ、田舎やしな。用事の数がそもそも少ないんよ」
リンが椅子にもたれながら、愛用の弓を磨いている。
弦を張り直し、短剣の刃を確かめる手つきは慣れたものだ。
私は二人の言葉に返事をせず、外の掲示板を眺めた。
最初の仕事は評判も悪くなかったはず。
でも依頼が来ない――それが不思議でたまらなかった。
翌日、私は村の人たちに聞き込みをして回った。
畑仕事中のおじさん、鍛冶屋の親方、雑貨屋のおばさん……みんな《ひだまり》のことは知っていた。
「ああ、あの子ら真面目じゃけえな」
「仕事も丁寧にやっとったって、じいさんが褒めとったで」
「……ほいじゃが、うちには頼む用事がのうてなぁ」
そう言って笑う人もいれば、少し困った顔をする人もいた。
「ギルドって言うたら、ほら……依頼書を書いて、報酬の前金を払って……そういうのが必要なんじゃろ?」
「今はちょっとお金がのうてのう」
「書類書くのも苦手じゃし……」
その瞬間、頭の中で何かがつながった。
(あ……そうか。“気軽に頼めない”んだ)
村の人たちは、ギルドに依頼することを「面倒でお金のかかる公式な手続き」と思っている。
だからこそ、たとえ用事があっても気軽には頼まないのだ。
夜、私は机に向かって考え込んだ。
静かな室内に、ランプの炎が小さく揺れている。
その光を見つめているうちに、大学時代に学んだ言葉がふっと浮かんだ。
「あ! そうだ……ブルーオーシャン戦略!」
大手ギルドや競合が群がる「魔物退治」や「高額護衛」は、レッドオーシャンだ。
新人ギルドがそこに飛び込んでも、依頼も報酬も競争に奪われるだけ。
ならば逆を行く――競合が見向きもしない“地味な雑用”こそ、私たちの海にする。
村の柵修理、薬草の配達、病人の送迎、家の掃除……
儲けは少ない。でも、その分依頼主との距離が近く、信頼を得やすい。
信頼は口コミになり、口コミは隣村にまで届く。
それが私たち《ひだまり》だけの市場――ブルーオーシャンになる。
「チェーンストア理論も……いや、今は改装する資金もないか」
カフェや訓練所を作って憩いの場にする案も頭に浮かんだが、現実的に無理だと首を振る。
私は紙を数枚取り出し、大きく書いた。
【簡易依頼カード】
・名前(または匿名)
・依頼内容(ざっくりでOK)
・期日(なければ空欄で)
※前金なし、口約束でも受付します!
これを小さな木箱――“依頼ポスト”と一緒に掲示板の横に設置。
横には大きく「気軽にどうぞ! メモ一枚でも受け付けます!」と書いた紙を貼った。
最初の二日間は誰も見向きもしなかった。
けれど三日目の朝、小さな紙切れが一枚だけ入っていた。
『祖母の薬を街まで取りに行ってほしい』
紙を手に取った瞬間、胸の奥が温かくなった。
「ありがとう……ちゃんと届いたよ」
私は小さく呟き、その紙を胸に抱いた。
これが《ひだまり》に届いた、二つ目の依頼。
小さな一歩かもしれない。けれど確かに、私たちの前に道は伸び始めていた。
そしてこの時はまだ――その次に舞い込む依頼が、村全体を揺るがすことになるなんて、誰も知らなかった。
【カエデのギルド経営日記】
依頼件数:2件(うち1件は依頼ポスト経由)
売上:銀貨3枚(交通費込み)+焼き菓子(非売品)
経費:街までの往復馬車代、薬代立替
結果:ほぼ収支ゼロ。ただし、依頼ポスト導入によって依頼発生までのハードルは確実に低下。
所感:「手続きや前金が面倒」という村人心理を掴めたのは大きな成果。今後は“気軽に頼めるギルド”というイメージ戦略を継続する。
【経営Tips】
ブルーオーシャン戦略
競合が多く血みどろの競争状態になっている市場から離れ、競争相手がいない未開拓分野を開拓する戦略。
ギルドの場合、「魔物退治」や「大規模護衛」などは大手が独占する市場。新人が勝負すると消耗するだけ。
逆に、儲けは小さいが競合が少ない「雑用・生活支援」に特化すれば、顧客との距離が近くなり信頼を得やすい。信頼は口コミで広がり、やがて新たな需要を生む。
次回予告
第3話 村を揺るがす依頼人
薬草採取? 護衛? ――そんな生易しい依頼じゃなかった。
現れたのは、村中が噂する“あの人”。
その依頼が、《ひだまり》の運命を大きく変えていく――。
お読みいただきありがとうございます!
今回は「ブルーオーシャン戦略」を、田舎ギルドの経営に応用してみました。
派手な戦闘シーンはなくても、地味な仕事が信頼と未来を作る……そんな部分を描きたかったです。
次回はついに村を揺るがす“大事件”が発生します。お楽しみに!