第8話 届け、この想い!絆を紡ぐ剣
「リゼットが……!!」
ギルド職員の言葉が、冷たい刃のようにカイの胸を突き刺した。
リゼットが、ゴブリンの大群に囲まれて、絶体絶命……?
頭の中で、リゼットの笑顔が、彼女の力強い声が、断片的に再生される。
(俺が行っても……何もできない……戦えない俺が行ったって、足手まといになるだけだ……)
カイは工房の壁に手をつき、崩れ落ちそうになるのを必死で堪えた。
無力感が全身を襲う。
自分が彼女を送り出してしまったのだ。
あの鎧を作ったばかりに、彼女に無理をさせてしまったのかもしれない。
「カイ様……」
足元で、ナットが心配そうにカイの顔を見上げていた。
その小さな金属の瞳が、まるで「諦めるな」と語りかけているように見えた。
(そうだ……諦めるな)
カイは顔を上げた。
まだだ。
まだ、終わっていない。
リゼットは、俺の作ったあの鎧を着ている。
あの鎧がある限り、きっとまだ……時間は稼げるはずだ。
(俺にできることは……? 今、この場所で、リゼットのためにできることは……!?)
カイの脳裏に、深紅に輝く軽鎧の姿が浮かぶ。
そうだ、装備だ!
俺は職人だ!
戦う力がなくても、装備を作ることでなら、彼女を助けられるかもしれない!
(鎧だけじゃない……武器だ! あの鎧と共鳴するような、リゼットの力を、ううん、それ以上の力を引き出せるような、特別な武器が必要なんだ!)
閃きと共に、カイの目に決意の光が宿った。
工房を見渡す。
時間は、ない。
最高の素材を選んでいる余裕もない。
でも、やるしかない。
今ここにあるもので、最高の、リゼットを救うための剣を作り上げる!
「俺が……俺が、リゼットを助ける武器を作る!」
カイは叫ぶと、工房の素材棚へと駆け出した。
使えるものは何でも使う。
上質な鋼のインゴット、予備の革、魔力を帯びた木材……。
そして、カイは棚の奥に仕舞い込んでいた、あの黒く鈍い光を放つ鉱石を手に取った。
以前、ナットが拾ってきた、正体不明の石。
だが、カイは本能的に感じていた。
この石には、何か特別な力が宿っている、と。
「ナット! 手伝ってくれ! 炉に火を入れてくれ!」
「ハイ! カイ様!」
ナットが小さな体で懸命にふいごを動かし、炉に真っ赤な炎が燃え上がる。
カイは金床とハンマーを用意し、集めた素材を並べた。
工房の空気が、一気に熱を帯びていく。
時間との戦いだ。
一刻も早く、最高の剣を打ち上げなければ。
カイは鋼のインゴットを炉で熱し、金床の上で叩き始めた。
カン! カン! カン!
工房中に、力強い金属音が響き渡る。
飛び散る火花が、汗に濡れたカイの顔を照らす。
(間に合え……! 間に合ってくれ、リゼット……!)
焦る気持ちを抑えつけ、カイは全神経を指先に集中させる。
ハンマーの一振り一振りに、祈りを込める。
リゼットの無事を。
彼女の笑顔を。
もう一度、あの元気な声を聞きたい。
脳裏に浮かぶのは、リゼットの姿。
大剣を振るう勇ましい姿。
困ったように笑う顔。
カイの装備を着て、はにかむ表情。
彼女との短い時間の中で生まれた、確かな絆。
その全てを、この剣に注ぎ込む。
ナットも、カイのただならぬ気配を感じ取っているのか、黙々と作業を手伝っていた。
熱した金属を水に入れるタイミングを教え、必要な工具を差し出す。
二人と一匹の心が、リゼットを救いたいという一つの思いで結ばれていた。
やがて、大剣の形が徐々に出来上がってきた。
刀身は鍛え上げられ、鋭い輝きを放っている。
しかし、これだけでは足りない。
リゼットを救うには、ただの剣ではダメなんだ。
カイは完成間近の大剣を再び炉で熱し、そして、あの黒い鉱石を手に取った。
祈りを込めて、熱された刀身の上に、その鉱石を置く。
(頼む……! 俺の力に応えてくれ!)
カイは両手を大剣にかざし、スキル《神器錬成》を発動させた。
リゼットへの強い思い。
助けたいという切なる祈り。
二人の間に生まれた絆。
その全てを力に変えるように、カイは全魔力と精神力を注ぎ込む。
ゴオォォッ!
鎧の時よりも、遥かに強い光が工房を満たした。
黒い鉱石が眩い光に溶け、まるで生きているかのように刀身へと吸い込まれていく。
剣身に、鎧と同じような古代文字の紋様が走り、脈打つように明滅を繰り返す。
(リゼット……!!)
カイの意識が遠のきかけるほどの力の奔流。
だが、カイは必死に繋ぎ止める。
この剣を、彼女の元へ届けなければ。
どれほどの時間が経ったのか。
眩い光がゆっくりと収まっていく。
そして、カイの目の前に現れたのは……。
息をのむほどに美しい、一振りの大剣だった。
刀身は、黒曜石のように深く、吸い込まれるような輝きを放っている。
リゼットの深紅の鎧と対を成すかのように、鍔や柄頭には、燃えるような赤い宝石が埋め込まれていた。
剣全体からは、先ほどまでとは比較にならないほどの強力な魔力と、そして何よりも、カイのリゼットへの強い思いがオーラのように立ち昇っているのが感じられた。
見た目よりもずっと軽く、それでいて、触れただけで斬れそうなほどの鋭さ。
「できた……!」
カイは完成した剣を手に取った。
手に吸い付くような感覚。
剣が、まるでカイの思いに応えているかのように、微かに震えている。
「これなら……! これなら、リゼットを……!」
確かな手応えを感じ、カイは顔を上げた。
もう迷っている時間はない。
「待ってろ、リゼット! 今、行く!!」
カイは完成したばかりの大剣――『絆の剣』と呼ぶべきそれを手に、工房を飛び出した。
その後ろを、ナットも小さな体を必死に動かして追いかける。
西の森へ。
絶望的な戦いを続ける、赤毛の剣士の元へ。
カイは、ただひたすらに走った。