第6話 開店!クラフト・クローゼット
工房『クラフト・クローゼット』、開店の朝。
カイ、リゼット、そしてナットは、昨日までの改装作業で綺麗になった工房で、最後の準備に追われていた。
「よし、ナット、カウンターの上は拭いたか?」
「ハイ、カイ様。ピカピカデス」
「リゼット、そっちの棚の整理は?」
「こっちはオッケー! いつでも素材、持ってこいだね!」
最終チェックを終え、三人は工房の入り口に集まった。
カイの手には、リゼットが心を込めて彫ってくれた、真新しい木製の看板。
『クラフト・クローゼット ~貴女だけの特別な一着を~』
カイが考えた店名と、女性向けであることを示すキャッチコピーが刻まれている。
「それじゃあ、掲げるぞ」
カイは梯子に登り、リゼットに支えてもらいながら、工房の入り口の上に看板を慎重に取り付けた。
朝日を浴びて、看板の文字が誇らしげに輝いているように見えた。
「おおー! ついに私たちのお店が……!」
リゼットが感慨深げに呟く。
ナットも小さな両手をパチパチと叩いている。
「よし……開店だ!」
カイは深呼吸し、工房の扉を大きく開け放った。
リューンの街の賑やかな喧騒が、新しい工房の中へと流れ込んでくる。
今日から、ここがカイの新しいスタート地点だ。
……と、意気込んだものの。
「…………」
「…………」
「…………ヒマデスネ」
開店から一時間経っても、工房を訪れる客は一人もいなかった。
カイはカウンターに肘をつき、そわそわと指で机を叩いている。
リゼットは店の隅で手持ち無沙汰に大剣の素振りを繰り返している。
ナットは既に三周目の床掃除を始めていた。
窓の外では、冒険者や街の人々が忙しなく行き交っている。
しかし、誰もこの新しい工房に気づく様子はない。
(やっぱり……そう簡単にはいかないか……)
カイはため息をついた。
ギルドでの噂は一時的なものだったのかもしれない。
そもそも、路地裏にあるこの小さな工房に、わざわざ足を運ぶ人は少ないだろう。
「うーん……このままじゃ、今日はお客さんゼロかもね……」
リゼットも素振りをやめ、心配そうな顔で呟いた。
「やっぱり、もっと宣伝しないとダメなのかな……?」
「宣伝、か……。でも、どうやって……」
カイが腕を組んで唸っていると、リゼットが突然「そうだ!」と手を打った。
「私、ちょっと宣伝してくるよ!」
「え? ちょ、待てリゼット!」
カイが止める間もなく、リゼットは風のように工房を飛び出していった。
店の扉がバタン、と閉まる。
「……大丈夫かなぁ」
カイは不安げに呟いた。
リゼットの行動力が裏目に出なければいいのだが……。
ナットが心配そうなカイの足元に寄り添ってきた。
***
その頃、リゼットはリューンの街の中心、冒険者ギルドの前に立っていた。
「みなさーん! ちょっと聞いてくださーい!」
リゼットは思い切り息を吸い込み、大声で叫んだ。
突然の大声に、周囲の冒険者たちが何事かと足を止める。
「最近ギルドの近くに、新しく装備屋さんができたんです! その名も『クラフト・クローゼット』!」
リゼットは自信満々に続ける。
「そこの職人、カイの作る装備はすごいの! 私が着てるこの鎧も、カイが作ってくれたんだけど、見てよ、この性能!」
そう言って、リゼットはその場でくるりと回ってみせ、深紅の軽鎧をアピールする。
確かに鎧は美しく、ただならぬ気配を放っている。
冒険者たちは「おお……」と感嘆の声を漏らした。
「防御力もすごいし、すっごく動きやすいんだよ! ゴブリンの洞窟なんて、これ着てたら楽勝だったもん!」
そこまでは良かった。
しかし、リゼットはさらに言葉を続ける。
「デザインもね、ちょっと恥ずかしいけど、すっごくカッコ可愛いの! 女の子なら、絶対テンション上がると思うな!」
リゼットが悪気なく言ったその言葉が、あらぬ誤解を生むことになるとは、この時の彼女は知る由もなかった。
***
「ごめんくださーい! ここかい? 噂の装備屋ってのは!」
リゼットが宣伝に出て行ってからしばらくして、工房の扉が勢いよく開かれた。
カイが顔を上げると、そこには筋骨隆々の男性冒険者たちが、ニヤニヤしながら立っていた。
「えっと……いらっしゃいませ。何か御用でしょうか?」
カイは戸惑いながらも接客する。
「おう! 聞いたぜ、兄ちゃん! なんでもここでは、女の子が着るとすげえ強くなって、しかもセクシーになる鎧を作ってるんだって?」
「せ、セクシー!?」
カイは目を丸くした。
どうやらリゼットの宣伝は、そういう方向に解釈されてしまったらしい。
「あ、あの、うちは基本的に、女性向けの装備を扱っておりまして……」
「なんだよ、ケチ! 俺たちにも作ってくれたっていいだろ!」
「そうそう! 物は試しだ! 俺が着たらどんな風になるか見せてくれよ!」
男性客たちは口々に言い寄り、中には勝手に工房の奥へ入ろうとする者までいる。
「こ、困ります! 男性の方には効果がないんです!」
カイが必死に説明するが、彼らは聞く耳を持たない。
その時だった。
「カイ様、お客様、困ッテマス」
工房の奥から、ナットがトコトコと歩いてきて、男性客の一人の足にガシッとしがみついた。
小さいながらもゴーレムの力は侮れない。
男は「うおっ!?」とバランスを崩した。
「な、なんだこのブリキ人形!」
「ナット! 危ない!」
結局、男性客たちはナットに追い払われる(?)形で、捨て台詞を吐きながら帰っていった。
しかし、その後も、訪れるのは同じような目的の男性客ばかりだった。
「とんでもなく美人になる薬も作ってくれるんだろ?」
「俺の嫁に着せたいんだが、見積もりしてくれるか?」
カイはひたすら謝り、説明し、時にはナットの助けも借りて、客を追い返すのに疲れ果てていた。
(どうして……どうしてこうなったんだ……)
カイがカウンターに突っ伏して項垂れていると、
「カイ! ただいまー! どう? お客さん、たくさん来た!?」
リゼットが、やりきったという満足げな顔で工房に帰ってきた。
カイは力なく顔を上げ、今日一日の出来事を説明した。
リゼットは最初は「え? 何が悪かったの?」とキョトンとしていたが、話を聞くうちに顔が青ざめていき、最後にはカイと一緒に頭を抱えることになった。
「ご、ごめーん! そんなつもりじゃなかったんだけど……!」
「いや……リゼットのせいだけじゃないけど……はぁ……」
どうすれば、自分たちの工房の本当の良さを、本当に困っている女性たちに伝えられるのだろうか。
開店初日は、大きな課題を残して、夕暮れを迎えようとしていた。
「カイ様、リゼット様、オ茶デモドウゾ」
ナットが、どこからか持ってきたハーブティーを二人の前に差し出す。
その小さな気遣いに、カイとリゼットは少しだけ顔を見合わせて苦笑した。
「……ありがとう、ナット」
「まあ、初日はこんなもんかな! 明日からまた頑張ろ、カイ!」
リゼットはすぐに立ち直り、カイの肩を叩く。
「……そうだな。諦めるわけにはいかない」
カイも頷き、淹れてもらったハーブティーを一口飲んだ。
夕焼けに染まる工房。
閑古鳥は鳴いたけれど、隣には頼もしい(?)パートナーがいる。
明日はきっと、何か良いことがあるはずだ。
カイはそう信じることにした。