第5話 工房始動! 二人と一匹の準備期間
昨日の出来事が嘘のように、朝の光は明るく工房に差し込んでいた。
カイ・クラフトは、窓から差し込む光の中でキラキラと舞う埃を見つめながら、深く息を吸い込んだ。
(……よし)
失敗はした。
自分の持つ力が、普通ではないことも思い知らされた。
でも、落ち込んでいても何も始まらない。
カイは顔を上げ、散らかった工房を見渡した。
ここで、俺にしかできないことをやる。
カイは改めて決意を固めた。
自分のスキル《神器錬成》は、おそらく女性にしか効果を発揮しない。
それも、自分が本気で「守りたい」「輝かせたい」と思った相手にだけ。
普通の職人としては致命的な制約かもしれない。
でも、リゼットは言ってくれた。「女の子専門の職人になればいい」と。
(そうだ……俺の力が必要な人がいるかもしれない。リゼットみたいに、困っている女の子が)
そう考えると、胸の中に再び熱いものが込み上げてくるのを感じた。
この力を、誰かのために使おう。
そのために、まずはこの工房を、ちゃんとした店構えにしなくては。
「おはよう、カイ! なんだかスッキリした顔してるね!」
工房の奥の居住スペースから、リゼットが元気よく顔を出した。
昨夜はカイが落ち込んでいるのを心配して、結局泊まり込んでしまったのだ。
「ああ、おはよう、リゼット。……昨日は、ありがとうな」
「ううん、気にしないで! それより、私にできること、なんかないかな?」
リゼットはやる気満々の顔で尋ねてくる。
カイは少し照れながらも、自分の決意を打ち明けた。
「実は……この工房を、ちゃんとお店として開こうと思うんだ。できれば……その、女性冒険者向けの装備を専門に扱いたいんだけど……」
「えっ、本当!? やったー! いいじゃん、それ!」
リゼットは満面の笑みで飛び跳ねた。
「もちろん、応援するよ! カイの装備は本当にすごいんだから! 私が保証する!」
力強く胸を叩くリゼット。
その飾り気のない笑顔に、カイは勇気づけられる。
「私が素材集めとか、宣伝とか手伝うから! 任せてよ!」
「あ、ありがとう、リゼット。助かるよ」
こうして、カイとリゼット、そして小型ゴーレムのナットを加えた二人と一匹による、工房の大改装計画が始まったのだった。
「うわっ、すごい埃……!」
「カイ様、ココ、蜘蛛ノ巣アリマス」
まずは工房の大掃除からだ。
長年溜め込んだ埃や、使わない素材、ガラクタなどを片付けていく。
リゼットは持ち前のパワーで重い棚や素材袋を運び出し、ナットは小さな体で隅々まで箒をかけたり、雑巾がけをしたりする。
カイは工具を整理し、作業スペースを確保していく。
「ぷはっ! リゼット、顔、真っ黒だぞ」
「カイだって、髪に埃ついてる!」
「ナット、そこは後でやるから大丈夫だって……あーっ!」
掃除は予想以上に大変だったが、三人で協力してやると不思議と楽しく、工房はみるみるうちに綺麗になっていった。
次は必要なものの買い出しだ。
カイがリストアップした、看板用の木材、壁を塗るためのペンキ、素材を保管する棚、新しい金槌やヤスリなどを求めて、三人でリューンの市場へ向かう。
「この木材、いい感じだけどちょっと高いね……おじさん、まけてよ!」
「へいへい、嬢ちゃんには敵わねえな!」
リゼットが持ち前の明るさと押しの強さ(?)で値切り交渉に成功したり、
「この魔鉱石は……! やっぱり質がいいな……」
カイが素材選びに夢中になってリゼットに呆れられたり、
「ナット、荷物持ツノ、得意デス!」
ナットが小さな体で一生懸命荷物を運ぼうとしてよろけたり。
まるでデートのような(とカイが少し意識してしまったのは内緒だ)賑やかな買い出しを終え、工房に戻ると、今度は改装作業が待っていた。
「よし、まずは壁から塗ろうか」
カイの指示で、ペンキ塗りが始まる。
リゼットは最初は楽しそうに塗っていたが、すぐに飽きてきたのか、カイの顔にちょん、とペンキをつけて悪戯っぽく笑った。
「こら、リゼット!」
「あはは、ごめーん!」
そんなやり取りをしながらも、作業は着々と進む。
看板のデザインはカイが考え、文字を彫るのは剣士であるリゼットの方が得意だろうと任せてみた。
不慣れな手つきながらも、リゼットは真剣な表情で木材に向き合い、見事な腕前で工房の名前――カイが決めた『クラフト・クローゼット』という文字を彫り上げてくれた。
棚の組み立てでは、説明書が分かりにくく苦戦したが、カイが構造を理解し、リゼットが力仕事、ナットがネジを渡す係、と役割分担してなんとか完成させた。
やはり物作りに関しては、カイの知識と技術が光る。
夕暮れ時。
西日が窓から差し込み、新しくなった工房をオレンジ色に染めている。
壁は明るいクリーム色に塗られ、整理された工具が壁にかけられ、新しい棚にはこれから集めるであろう素材を待つスペースができていた。
入り口には、リゼットが彫ってくれた『クラフト・クローゼット』の看板が掲げられるのを待っている。
「……なんだか、すごいね。ちゃんとしたお店みたいだ」
リゼットが、隣に立つカイに感嘆の声を漏らした。
カイも、綺麗になった工房を見渡し、満足げに頷く。
「ああ……みんなのおかげだ」
「ふふん、もっと褒めてくれてもいいんだよ?」
リゼットがおどけて言う。
カイは苦笑しながら答えた。
「はは、ありがとう、リゼット。本当に助かった」
「どういたしまして! なんだか、ワクワクするね! ここからカイの伝説が始まるんだ!」
「大げさだよ。でも……頑張らないとな。リゼットや、これから来てくれるかもしれない、誰かのために」
二人の間に、穏やかで、少しだけ特別な空気が流れる。
それは、単なる職人と依頼者というだけではない、もっと強い繋がり――パートナーとしての絆が芽生え始めている証拠なのかもしれない。
「よしっ!」
カイはパン、と両手を叩いた。
「明日には看板を掲げられるぞ!」
その声には、もう迷いはなかった。
自分の力を受け入れ、進むべき道を見つけた職人の、確かな決意が込められていた。
新しく生まれ変わろうとしている工房と、希望に満ちた二人の笑顔を、夕焼けが優しく照らしていた。