第39話 潜入、古き屋敷の罠
その夜、王都アヴァロンの旧市街に佇む古い貴族の屋敷は、深い闇と静寂に包まれていた。
しかし、その静寂は不気味な仮面に過ぎないことを、カイたちは理解していた。
「黒の機織り手」が古代遺物を集めていると噂される、曰く付きの場所。
そして、今夜、何らかの動きがあるという情報。
罠の可能性が高いと分かっていながらも、カイたちはセレスティア・アークライトと共に、屋敷の前に集結していた。
「いいか、繰り返す」
月明かりの下、セレスティアが低い声で作戦を最終確認する。
その隣には、彼女が信頼する近衛騎士が数名、息を潜めて控えている。
「我々騎士団は正面から突入し、陽動を行う。カイ・クラフト、君たちは裏手から潜入し、内部の状況、特に古代遺物の有無とその種類、そして敵の戦力を探れ。決して無理はするな。危険を感じたらすぐに撤退を」
「はい!」
カイは頷く。リゼット、シルフィ、ガオも、緊張した面持ちで頷き返した。
ナットはカイの肩の上で、小さな体を固くしている。
「では、健闘を祈る」
セレスティアはそれだけ言うと、部下たちと共に音もなく正面玄関へと向かっていった。
やがて、遠くで扉を破る音と、戦闘開始を告げる金属音が響き始める。
陽動は成功したようだ。
「よし、俺たちも行くぞ!」
カイたちは屋敷の裏手へと回り込み、潜入経路を探る。
高い塀と、厳重に閉ざされた窓。
侵入は容易ではなさそうだ。
「……ここからなら、行けそうです」
シルフィが、二階のバルコニーを指差した。
鍵はかかっているようだが、彼女の解錠魔法があれば問題ないだろう。
問題は、そこまでどうやって登るかだ。
「へへん、あたしの出番だな!」
ガオがニヤリと笑う。
彼女は驚異的な跳躍力で壁を駆け上がり、あっという間にバルコニーの手すりに飛び乗った。
そして、中から鍵を開け、カイたちを手招きする。
「さすがガオ!」
「すごい……!」
カイとリゼットも、シルフィが用意した魔法のロープを使って、音もなくバルコニーへと登る。
ナットもカイの肩にしがみついて無事到着だ。
屋敷の中は、外観通りの古めかしさだった。
埃っぽく、家具のほとんどには白い布がかけられている。
しかし、床には真新しい足跡が無数に残っており、明らかに人の出入りがあることを示していた。
そして、廊下の奥からは、微かに魔力の気配が漏れ聞こえてくる。
一行は息を潜め、慎重に屋敷の奥へと進んでいく。
廊下の途中には、無造作に古代の壺や石版のようなものが置かれているのが見えた。
やはり、ここが遺物の集積場所の一つであることは間違いないようだ。
やがて、一行は屋敷の中央にある、広いホールのような場所へとたどり着いた。
天井が高く、壁には退色したタペストリーが飾られている。
そして、広間の中央には、不気味な祭壇のようなものが設えられ、その上にはいくつかの禍々しいオーラを放つ古代遺物が置かれていた。
「……これは、罠ですね」
シルフィが低い声で警告する。
広間全体に、巧妙に隠された魔法の罠の気配が満ちているのだ。
「分かってる。でも、あの遺物を調べる必要が……」
カイが遺物に一歩近づこうとした、その瞬間だった。
ウィィィン……!
床と壁に、赤い光を放つ魔法陣が浮かび上がった!
同時に、広間の入り口と全ての窓が、見えない力で封鎖される!
「くっ……! 結界!?」
リゼットが剣を抜くが、結界はびくともしない。
完全に閉じ込められてしまった。
そして、広間の四隅の闇から、ゆらりと複数の人影が現れた。
全員が、フードを目深にかぶった黒い外套に身を包んでいる。
その数は、六人。
「お待ちしていましたよ、『神器錬成』の使い手。そして、そのお仲間たち」
リーダー格らしき、仮面をつけた男が、歪んだ声で言った。
その手には、黒い輝きを放つ異形の短剣が握られている。
「黒の機織り手……!」
カイは歯を食いしばる。
やはり、これは罠だったのだ。
「さあ、大人しく投降していただこうか。特に、そこのカイ・クラフト。貴殿の力は、我々の『大いなる目的』のために、是非とも必要なのでな」
仮面の男が合図すると、黒装束の構成員たちが一斉に襲い掛かってきた!
「させるか!」
「散れ!」
リゼットとガオが前に出て、敵の攻撃を受け止める!
シルフィが後方から援護魔法を放つ!
カイはチョーカーを通じて指示を送る!
『リゼット、右二人! ガオ、左! シルフィさん、中央の魔法使いタイプを!』
狭い空間での乱戦が始まった。
敵は、ただのならず者ではない。
訓練された動きと、おそらくは古代遺物を悪用して強化されたと思われる、特殊な武器や闇魔法を使ってくる。
「こいつら、強い!」
リゼットの剣が、敵の黒い短剣と激しく火花を散らす。
「しつこいんだよ!」
ガオの素早い蹴りが、敵のローブを掠めるが、致命傷には至らない。
シルフィの放つ精霊魔法も、敵の使う闇の障壁によって威力を削がれてしまう。
連携は取れているはずなのに、敵の巧みな戦術と数の力に、徐々に押され始めていた。
特に、仮面の男は別格だった。
彼は直接戦闘には加わらず、後方から不気味な呪文を唱え、仲間たちを強化したり、カイたちの動きを鈍らせたりしている。
そして、その視線は常にカイに向けられていた。
「「「カイ(兄)!」」」
敵の攻撃がカイに集中し始めた。
ヒロインたちが身を挺してカイを守るが、その度に彼女たちの体には傷が増えていく。
「くそっ……! 俺のせいで……!」
カイは自分の非力さを呪った。
だが、ここで諦めるわけにはいかない。
必死に周囲を観察し、状況を打開する糸口を探る。
敵の装備、結界、祭壇の上の遺物……。
(あの遺物……! 敵の魔力供給源になってるのか……? いや、違う……あの結界……術式の中心は……あそこか!)
カイは、広間の天井近くにある、一際禍々しいオーラを放つ宝珠のようなものに気づいた。
あれが、この強力な結界を維持している術式のコアに違いない!
『みんな! あの天井の宝珠を狙うんだ! あれを壊せば、結界が破れるはずだ!』
カイは最後の望みを託し、念話で指示を送る。
『了解!』
『任せろ!』
『……やってみましょう!』
ヒロインたちは、カイの言葉を信じ、最後の力を振り絞る。
リゼットとガオが敵を引きつけ、道を作る!
シルフィが全魔力を込めて、宝珠を狙う!
『貫け! ライトニング・ランス!』
シルフィの杖から放たれた、眩い雷の槍が、一直線に天井の宝珠へと突き進む!
仮面の男が慌てて防御魔法を展開しようとするが、リゼットとガオがそれを許さない!
バキィィィン!!
雷の槍が宝珠を直撃し、甲高い音と共に砕け散った!
同時に、広間を覆っていた赤い結界が、ガラスのように砕け散る!
「なっ!?」
仮面の男が驚愕の声を上げる。
そして、その瞬間を待っていたかのように、広間の扉が外から蹴破られた!
「そこまでだ、黒の機織り手!」
現れたのは、白銀の鎧を纏い、剣を構えたセレスティア・アークライト!
その後ろには、武装した近衛騎士たちが続く!
「ちぃっ……! 騎士団……!」
仮面の男は忌々しげに舌打ちすると、構成員たちに撤退の合図を送った。
「今日のところは退かせてもらうぞ、神器錬成の使い手。だが、いずれまた……必ず……」
不気味な言葉を残し、仮面の男と構成員たちは、煙のようにその場から姿を消した。
おそらく、予め用意していた脱出経路を使ったのだろう。
後に残されたのは、破壊された結界の残滓と、いくつかの古代遺物、そして疲労困憊のカイたちだけだった。
「カイ・クラフト、無事か!」
セレスティアが駆け寄ってくる。
「は、はい……なんとか……」
カイは頷く。
敵の罠にかかり、情報もほとんど得られなかった。
しかし、組織の力の片鱗と、彼らが古代遺物を悪用しているという事実を、改めて目の当たりにした。
そして、セレスティアとの協力関係が、これから不可欠になることも。
王都での戦いは、まだ始まったばかりだ。