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第38話 集まる情報、動き出す影

 王都アヴァロンでの探索は、依然として厚い壁に阻まれていた。

 カイは工房で『太陽の盾(ソレイユ・シールド)』と格闘を続けるが、その古代のメカニズムと魔力抵抗は、現代の知識とカイの未熟なスキルでは解き明かせない。

《神器錬成》の力は盾に触れるたびに微かな共鳴を示すものの、それは扉をノックするだけで、開けてはもらえないような、もどかしい感覚だった。


 リゼットとガオの情報収集も、芳しい成果は上がっていなかった。

「黒の機織り手」の名は、まるで禁句のように王都の裏社会ですら語られず、貴族街での聞き込みも門前払いか、当たり障りのない返答しか得られない。

 組織は巧みにその姿を隠し、水面下で確実に活動を続けている。

 監視の目は常にカイたちに向けられており、息苦しさだけが増していく日々だった。


 唯一、希望の光が見えていたのは、シルフィの文献解読作業だった。

 彼女は王立図書館の膨大な資料の中から、「星見の儀式」に必要とされる「触媒」についての記述を探し続けていた。


「やはり、具体的な物質名は記されていません……」


 ある日の報告で、シルフィは悔しそうに眉を寄せた。


「ですが、いくつかの文献に共通して、象徴的な表現が見られます。『天より降りし星の涙(ほしのなみだ)』、あるいは『心を繋ぐ者の涙こころをつなぐもののなみだ』……と」

「星の涙……? 心を繋ぐ者の涙……?」


 カイはその詩的な表現に首を捻る。

 それは、特定の宝石か、伝説のアイテムか、それとも何か別のものを指しているのだろうか。


「現時点では判然としません。ただ、『心を繋ぐ』という部分が、カイ・クラフト、貴方のスキルや、私たちが使っている『絆のチョーカー』と何か関連があるのかもしれません……」


 シルフィの言葉に、カイは自身のスキルとチョーカーに意識を向けた。

 絆の力。

 それが、古代の儀式にも必要とされていた……?


 ***


 そんな停滞した状況が、ある日突然動き出した。

 セレスティア・アークライトからの緊急連絡だった。

 カイとシルフィは、騎士団本部の一室へと呼び出された。

 ナットもカイの肩に乗って同行している。


「状況が変わった」


 セレスティアは、地図が広げられたテーブルを前に、厳しい表情で切り出した。


「我々の調査で、『黒の機織り手』が王都の地下に、古い下水道網を利用した秘密の拠点を築いている可能性が浮上した」

「地下に……!?」

「うむ。さらに、奴らが最近盗み出した複数の古代遺物が、ある場所に集められているという情報も入った。おそらく、その地下拠点か、あるいは別の場所にあるアジトだろう」


 セレスティアは地図上の一点――王都の旧市街にある、今は使われていない古い貴族の屋敷――を指差した。


「まだ確証はないが、ここが怪しいとにらんでいる。……そして、これは騎士団の極秘情報だが」


 セレスティアは声を潜め、カイとシルフィにだけ聞こえるように続けた。


「『星見の儀式』に関する、騎士団の記録庫に残る最古の資料を特別に閲覧することを許可しよう。時間は限られている。場所はここ、騎士団本部内の特別書庫だ」


 それは、カイたちが喉から手が出るほど欲していた情報だった。


 ***


 一方その頃、リゼットとガオは、王都の裏通りで情報屋を探していた。

 表通りでは得られない情報が、ここにはあるかもしれない。

 そう考えたのだ。


「なんか、この辺、雰囲気悪いな……」


 ガオが、鼻をひくつかせながら周囲を警戒する。

 薄暗く、入り組んだ路地には、怪しげな店が軒を連ね、いかにもな風体の男たちが壁にもたれてこちらを睨んでいた。


「でも、手がかりがあるかもしれないから……!」


 リゼットは気を引き締め、情報屋がいそうな酒場を探して歩く。

 その時だった。


「……おい、そこの嬢ちゃんたち」


 低い、ねっとりとした声が背後からかけられた。

 振り返ると、そこには黒い外套を目深にかぶった男たちが、三人立っていた。

 その服装、そして隠しきれない邪悪な気配……間違いなく、普通のごろつきではない。


「……何の用?」


 リゼットは警戒しながら、黒曜の剣の柄に手をかける。

 ガオも臨戦態勢をとる。


「ふん、威勢がいいな。少し聞きたいことがあるだけだ。『クラフト・クローゼット』のカイとかいう職人と、一緒にいるようだが……?」


 男たちは、明らかにカイたちのことを知っている。


「それがどうしたってんだ!」


 ガオが前に出る。


「まあまあ、落ち着け。別に喧嘩を売りに来たわけじゃない。ただ……忠告しておこうと思ってな」


 リーダー格らしき男が、歪んだ笑みを浮かべる。


「詮索は、身のためにならんぞ? 特に……『星の力』なんてものに首を突っ込むのはな。お前たちのような小娘には、不相応な世界だ」


 それは、紛れもない脅迫だった。


「……っ!」


 リゼットとガオは息をのむ。

 相手は直接攻撃こそ仕掛けてこないが、その言葉と態度からは、明確な敵意と、いつでも実力行使に出られるという自信が感じられた。


「……忠告、感謝するわ。でも、私たちは私たちのやり方でやるだけよ」


 リゼットは、恐怖を押し殺し、毅然と言い返した。


「ふん……威勢がいいのは結構だが……」


 男は鼻で笑うと、仲間たちに目配せした。


「まあ、いい。今日のところはこれくらいにしておこう。……だが、次はないと思え」


 そう言い残し、男たちは黒い外套を翻し、あっという間に路地の闇へと消えていった。


「……行った、か」

「な、なんなんだよ、あいつら……!」


 リゼットとガオは、緊張で張り詰めていた糸が切れ、その場にへたり込みそうになるのを必死で堪えた。

 組織の影は、確実に自分たちのすぐそばまで迫っている。


 ***


 同時刻、騎士団本部の特別書庫。

 カイとシルフィは、セレスティアに案内され、厳重な警備を抜けて、薄暗い書庫の中にいた。

 空気は乾燥し、古い羊皮紙の匂いが満ちている。


「時間は限られている。必要な情報を探し出せ」


 セレスティアの言葉を受け、二人は早速「星見の儀式」に関する資料を探し始めた。

 王立図書館のものよりもさらに古く、状態の悪い資料が多い。

 ほとんどが暗号や、失われた言語で記されている。


「これか……?」


 シルフィがある古い石版に刻まれた図を見つけた。

 それは、祭壇のような場所で、人々が何かを天に掲げている様子を描いたものだった。

 そして、その傍らには、象徴的な言葉が刻まれている。


「『……天より降りし『星の涙(ほしのなみだ)』、大地に満ちる星の息吹(ほしのいぶき)、そして……心を繋ぐ者の涙こころをつなぐもののなみだ……三つの輝き集いし時、太陽の道は開かれん……』?」


 シルフィが、かろうじて解読できた部分を読み上げる。


「星の涙……心を繋ぐ者の涙……それに、星の息吹?」


 カイは、その言葉の意味を考える。

 触媒は、一つではないのかもしれない。

 そして、「心を繋ぐ者の涙」とは……? まさか……。


 さらに、石版の隅には、儀式が行われる場所を示すと思われる、簡略化された地図のようなものが刻まれていた。

 それは、驚くべきことに、王都の地下深くにある、巨大な空洞を示しているようだった。


「地下の……祭壇……」


 ***


 その夜、宿舎に戻ったカイたちは、それぞれが得た情報を共有した。

 リゼットとガオが遭遇した、黒の機織り手と思われる一団。

 セレスティアから得た、組織の地下拠点と遺物集積場所の可能性。

 そして、カイとシルフィが発見した、儀式の触媒に関する記述と、地下祭壇の存在。


「地下……」


 バラバラだった情報が、「地下」というキーワードで繋がり始めた。

 組織の拠点も、儀式の場所も、王都の地下に存在する可能性が高い。


 議論が白熱する中、セレスティアから緊急の通信が入った。


『カイ・クラフト! 例の組織が狙っていると思われる貴族の屋敷――遺物が集められていると噂の場所に、今夜動きがあるとの情報が入った! おそらく罠の可能性も高いが……奴らの尻尾を掴む好機かもしれん。我々も向かうが、君たちにも協力を要請したい!』


 罠かもしれない。

 しかし、これは大きなチャンスでもある。

 カイたちは顔を見合わせ、そして力強く頷いた。


「行きます!」


 危険を承知で、カイたちは協力することを決意した。

 王都の地下に蠢く陰謀。

 古代から続く謎。

 全ての点が、今、一つの線で結ばれようとしていた。

 カイたちの、組織との本格的な戦いが、始まろうとしていた。

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