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第37話 動き出す歯車、王都での探索行

 セレスティア・アークライトという強力な協力者を得てから数日。

 カイたちは、王都アヴァロンでの新たな活動を本格化させていた。

 工房『クラフト・クローゼット』一行は、それぞれの役割を胸に、巨大な都市の謎と脅威に立ち向かい始めていたが、その道のりは平坦ではなかった。


 ***


「……やはり、一筋縄ではいきませんね」


 王宮の奥深く、一般の立ち入りが厳しく制限された「秘匿書庫」。

 その薄暗く、古書の匂いが立ち込める空間で、シルフィは巨大な書架に立てかけられた羊皮紙の巻物を広げながら、ため息をついた。

 隣では、カイも山積みになった文献と格闘している。

 ナットは、小さな体で埃っぽい書架の上を走り回り、カイたちが指示した番号の書物を健気に見つけ出してきていた。


 セレスティアから得た立ち入り許可証のおかげで、カイとシルフィ(そしてナット)は、この禁断の知識が眠る場所へのアクセスを許されていた。

太陽の盾(ソレイユ・シールド)』、『星見の民』、『星見の儀式(ほしみ  ぎしき)』、そして『黒の機織り手』。

 それらに関連する情報を求めて、二人は膨大な量の古文書や記録を読み解こうとしていた。


 しかし、作業は困難を極めた。

 文献の多くは、現代では使われていない古代語や、複雑な暗号で記されている。

 シルフィの持つエルフとしての知識や魔法言語の素養をもってしても、その解読には膨大な時間と集中力を要した。

 カイも、文献に描かれた図面や紋様から、盾の構造や自身のスキルとの関連性を探ろうとするが、抽象的で難解なものが多く、なかなか具体的なヒントは得られない。


「この紋様……どこかで見たような……」


 カイは、ある文献に描かれた星のような紋様に、見覚えがある気がした。

 それは、自分が《神器錬成》を発動した時に、一瞬だけ現れる光の紋様に似ている……?


「カイ・クラフト? どうかしましたか?」


 シルフィがカイの様子に気づき、声をかける。


「あ、いえ……なんでもないです。それより、そちらはどうですか?」

「少しだけですが……。『星見の儀式』に関する記述を見つけました。非常に断片的ですが……どうやら儀式には、特別な『触媒』が必要となるようです」

「触媒……?」

「ええ。しかし、その触媒が具体的に何を指すのか……その部分は、またしても記述が欠落しているか、あるいは意図的に消されています」


 シルフィは悔しそうに唇を噛んだ。

 やはり、誰かが情報を操作している可能性が高い。


 二人は顔を見合わせ、ため息をつく。

 それでも、諦めるわけにはいかない。

 地道に調査を続けるしかないのだ。

 膨大な書物に囲まれ、黙々と作業を続けるカイとシルフィ。

 時折、意見を交換したり、ナットが淹れてくれたお茶を飲んだりしながら、二人の間には静かな協力関係と、ほんの少しの親密さが生まれつつあった。


 ***


 一方、リゼットとガオは、王都市内での情報収集と鍛錬に励んでいた。


「うーん、やっぱりダメかー。黒の機織り手なんて名前、誰も知らないって言うし……」


 冒険者ギルドの王都支部で、リゼットはカウンターに突っ伏してため息をついた。

 ガオも隣で「盗難事件のことも、騎士団が調べてるからって、全然教えてくんねーしなー」と不満げだ。

 セレスティアから紹介された連絡役の若手騎士に協力してもらってはいるものの、組織の情報は巧妙に隠蔽されており、有力な手がかりは一向に掴めない。


「こうなったら、体を動かすしかないっしょ!」


 ガオは気分を切り替えるように、リゼットを引っ張って騎士団の訓練場へと向かった。

 そこでは、王都の騎士たちが厳しい訓練に励んでいる。


「おーす! 稽古つけてくれよ!」


 ガオは物怖じせず、近くにいた騎士に勝負を挑む。

 獣人ならではの俊敏さと、カイが作った『瞬足獣道着』の性能も相まって、並の騎士ではガオのスピードについていけない。

 訓練場では、ちょっとした有名人になりつつあった。


 リゼットは、ガオほど積極的ではないものの、連絡役の騎士や、他の女性騎士たちに混じって、真面目に剣の稽古に打ち込んでいた。

 深紅の鎧と黒曜の剣は、ここでも注目の的だ。

 特に、彼女の装備に見慣れない紋様が刻まれていることに気づいた、武器に詳しい騎士などもいた。


「なあ、嬢ちゃん。その剣、どこで手に入れたんだ? 見たことのない紋様だが……」

「え? あ、これは、その……カイが作ってくれたんです!」


 リゼットが誇らしげに答えると、周囲から「へぇー、あの噂の職人が…」「なるほど、ただの飾りじゃなさそうだ」といった声が上がる。

 地道な交流の中で、少しずつだが、カイや工房への理解も広まっているようだった。


 ***


 その日の夕方。

 カイは一人、館の工房で『太陽の盾』と向き合っていた。

 書庫での調査と並行して、盾そのものの解析も続けている。


(この抵抗感……まるで、盾が俺を選んでいるみたいだ……)


《神器錬成》の力を注ごうとすると、盾は依然としてそれを弾き返す。

 しかし、以前よりはその抵抗が弱まっているような気もする。

 特に、盾の中心部――微かに温かい魔力を放つ部分に意識を集中させると、カイの力に呼応するように、盾の表面の紋様が一瞬だけ輝きを増すのだ。


(この紋様……やっぱり、俺のスキルと何か関係が……? それとも、あの星屑鉄(ほしくずてつ)と……?)


 新たな疑問が次々と湧いてくる。

 修復への道はまだ遠いが、カイは諦めなかった。

 この盾の謎を解き明かすことが、きっと組織との戦いにも繋がるはずだと信じて。


 ***


 それぞれの場所で、カイたちが奮闘を続ける一方で、「見られている」という不気味な感覚は、常に彼らに付きまとっていた。

 図書館の書架の影から、シルフィを監視する視線。

 街角で、リゼットとガオの後をつける怪しい人影。

 工房の窓の外を、時折横切る黒い外套。


 直接的な妨害はない。

 だが、組織は確実にカイたちの動きを把握し、その一挙手一投足を監視しているのだ。


「カイ様、マタ、イヤナ感ジシマス……」


 工房で盾と向き合っていたカイの肩の上で、ナットが小さな声で警告を発した。

 カイは窓の外へと鋭い視線を送るが、そこには夕暮れの王都の街並みが広がっているだけだ。


(……気のせいじゃない)


 カイは気を引き締める。

 敵はすぐそばにいる。

 そして、いつ牙を剥いてくるかわからない。


 それでも、彼らは進むしかない。

 シルフィが発見した「触媒」というキーワード。

 カイが感じ始めた盾との微かな「共鳴」。

 リゼットとガオが築きつつある王都での「繋がり」。

 今はまだ小さな点かもしれないが、それらをつなぎ合わせれば、きっと道は開けるはずだ。


 カイは、仲間たちの顔を思い浮かべ、決意を新たにする。

 守るべきものがある限り、立ち止まるわけにはいかないのだ。

 王都アヴァロンでの、光と影が交錯する日々は、まだ始まったばかりだった。

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