第29話 月光、ランウェイを照らす時
装備デザインコンテスト当日。
会場となったリューン城の大広場は、かつてないほどの熱気に包まれていた。
壁には色とりどりの旗が飾られ、磨き上げられた床にはシャンデリアの光が反射している。
会場を埋め尽くすのは、着飾った王族や貴族、ギルドの幹部、名の知れた冒険者、そして有力な商人たち。
誰もが、これから披露されるであろう最新最高の装備に、期待と興奮の眼差しを向けていた。
その華やかな喧騒とは裏腹に、舞台裏の控室は緊張感に満ちていた。
「うぅ……き、緊張してきた……。だ、大丈夫かな、私……」
今日の主役とも言える装備『月光の戦闘乙女』を身に纏うモデル、リゼットは、落ち着かない様子でその場を行ったり来たりしている。
その顔は青白く、手は微かに震えていた。
「大丈夫だって、リゼット姐さん! いつもの元気はどうしたんだよ!」
ガオがその背中をバン! と叩く。
「自信を持ってください、リゼット。貴女も、そしてカイ・クラフトが貴女のために作り上げたあの装備も、素晴らしいのですから」
シルフィも、静かだが力強い言葉で励ます。
ナットもリゼットの足元で「リゼット様、キレイデス! ガンバッテ!」と応援している。
「みんな……ありがとう」
リゼットは仲間たちの顔を見て、少しだけ表情を和らげた。
そして、隣に立つカイへと視線を向ける。
「ああ、リゼットならきっと大丈夫だ。俺が作った最高の装備なんだから。胸を張って、みんなに見せてきてくれ」
カイは努めて穏やかに微笑んで見せたが、内心ではリゼットと同じくらい緊張していた。
自分の作り上げたものが、この晴れの舞台で、そしてあのジン・シルバークの前で、どう評価されるのか……。
その時、会場からひときわ大きな歓声と拍手が起こった。
どうやら、次の出品者の番らしい。
控室の魔道具のモニターに映し出されたのは、自信に満ちた表情で舞台に立つ、ジン・シルバークの姿だった。
「皆様、本日はお集まりいただき感謝する。我がシルバーク工房が、伝統と革新の粋を集めて創り上げた至高の逸品をご覧に入れよう!」
ジンが高らかに宣言すると、舞台袖から、目映いばかりの装備を纏ったモデルが登場した。
男性モデルが持つのは、白銀に輝き、柄には巨大な宝石が埋め込まれた、まさに「宝剣」と呼ぶにふさわしい剣。
女性モデルが纏うのは、その剣と対になるようにデザインされた、精緻な彫刻と宝石が散りばめられた、芸術品のようなフルプレートアーマー。
どちらも、シルバーク工房の持つ最高峰の技術と、潤沢な資金力を惜しみなく投入して作られたことが一目でわかる、完璧なまでの逸品だった。
「おお……! なんと見事な……!」
「さすがはシルバーク工房……!」
「あの輝き、素材も最高級のものだろうな……」
会場からは、感嘆とため息が漏れる。
審査員たちも、満足げに頷きながら評価シートに何かを書き込んでいる。
ジンは、その反応に得意げな笑みを浮かべると、舞台袖で待機しているカイたちの方を一瞥し、挑戦的な視線を送ってきた。
(……すごい、な)
カイも、ジンの作品のレベルの高さに圧倒されていた。
技術、素材、完成度、どれをとっても超一流だ。
果たして、自分の型破りな装備が、これに対抗できるのだろうか……?
一瞬、不安がよぎる。
だが、隣に立つリゼットの、決意を込めた瞳を見て、カイは再び気を引き締めた。
そして、ついにその時が来た。
「続きましては、新進気鋭の工房『クラフト・クローゼット』より、カイ・クラフト殿の作品です!」
司会者の声が高らかに響く。
カイは深呼吸し、舞台へと歩み出た。
眩しいスポットライトと、会場中の視線が一斉にカイに集まる。
「こ、こんにちは。クラフト・クローゼットのカイ・クラフトです」
少し声が上ずるのを抑えながら、カイは話し始めた。
「私が今回製作したのは、来るべき『新たなる時代の幕開け』を担う、強さと美しさを兼ね備えた女性のためのドレスアーマーです」
カイは、手にした設計図を掲げる。
「素材には、霧の山脈にて仲間たちと共に採取した、伝説の『月光鉱石』を主に使用しました。そして、この装備の真価は、単なる性能だけではありません。装備者自身の魅力、そして……仲間との絆の力によって、その輝きを最大限に引き出すように設計されています」
カイの言葉に、会場が少しざわつく。
月光鉱石? 絆の力? 何を言っているんだ、と。
「それでは、ご覧ください! 我が工房の最高傑作――その名は、『月光の戦闘乙女』!!」
カイが力強く作品名を告げると同時に、舞台の奥から、眩い光と共に一体の影が現れた。
それは――カイが心を込めて作り上げたドレスアーマーを纏った、リゼットの姿だった!
しん、と会場が静まり返った。
次の瞬間、誰からともなく、驚愕と感嘆の声が上がり、それはやがて割れんばかりのどよめきへと変わっていった!
「なっ……!?」
「なんだ、あの装備は……!?」
「美しい……! まるで……女神が舞い降りたようだ……!」
魔法のスポットライトを浴びて、リゼットが纏う『月光の戦闘乙女』が、その全貌を現す。
それは、カイが持てる技術と、リゼットへの想い、そして《神器錬成》の力の全てを注ぎ込んだ、まさに奇跡の装備だった。
月光鉱石そのものを編み上げたかのように、繊細な青白い光を放つドレス部分。
胸元と肩は、白金のように輝くアダマンタイトの装甲で優雅に守られ、ウエストラインには星屑鉄による複雑で美しい紋様が刻まれている。
スカート部分は、幾重にも重なった光の布(魔力繊維)のようで、歩くたびにキラキラと輝き、軽やかさと防御力を両立させていた。
そして――カイのスキルによる「魅力の最適化」は、今回も遺憾なく発揮されていた。
ウエストはきゅっと絞られ、リゼットの女性らしい曲線美を強調。
スカートに入れられた深いスリットは、彼女の健康的で美しい脚線美を大胆に覗かせている。
背中も大きく開いており、鍛えられた背筋のラインが、凛々しさと同時に艶やかさをも感じさせた。
そのデザインは、神々しいまでの美しさと、見る者をドキリとさせるようなセクシーさが見事に融合していたのだ。
手には、同じく月光鉱石から削り出された、月の光を宿したかのような細身の剣が握られている。
「おおおお……!!」
「なんと……なんと美しいのだ……!」
「あの輝き……本当に月光鉱石を使っているのか!?」
「デザインも斬新だ! 見たことがない……!」
会場の熱狂は、もはや最高潮に達していた。
観客たちは身を乗り出し、審査員たちも驚きと興奮の色を隠せない。
特に男性陣は、リゼットのその神々しくも艶やかな姿に、完全に心を奪われているようだった。
リゼットは、降り注ぐ視線と歓声に顔を真っ赤にしながらも、カイが控室でかけてくれた言葉を思い出していた。
――『胸を張って、みんなに見せてきてくれ』
彼女は、ぎゅっと剣の柄を握りしめると、意を決して舞台中央へと歩み出て、凛とした表情で、美しいポーズを決めてみせた。
それはまさに、月光を纏いし戦闘乙女の姿だった。
観客席の一角で、ジン・シルバークがその光景を苦々しい表情で見つめていた。
彼の整った顔には、明らかに動揺の色が浮かんでいる。
「……フン。見た目だけの、ケバケバしいだけの代物だな」
ジンはそう呟いたが、その声が微かに震えていることに、彼自身気づいているだろうか。
会場の熱狂は、しばらく鳴り止むことがなかった。
カイ・クラフトと、彼が生み出した『月光の戦闘乙女』は、このコンテストに、そしてリューンの街に、衝撃的なデビューを果たしたのだ。
果たして、審査の結果は――?
誰もが、その発表を固唾を飲んで見守っていた。