第27話 リューンへの凱旋、そして白銀の挑戦者
霧の山脈での死闘から数日後。
カイ、リゼット、シルフィ、ガオ、そしてナットの一行は、疲労の色は濃いものの、確かな達成感を胸に、リューンの街へと続く道を歩んでいた。
カイの背負う袋の中には、あの神々しいまでの輝きを放つ「月光鉱石」が、ずっしりとした重みをもって収まっている。
リューンの街の門が見えてきた時、門番たちが一行の姿を認め、驚きの声を上げた。
「お、おい! あれは……『クラフト・クローゼット』の連中じゃないか!?」
「まさか……あの霧の山脈から、本当に生きて帰ってきたというのか!?」
街へ入ると、その噂は瞬く間に広まった。
やつれてはいるが、どこか自信に満ちた彼らの雰囲気、そしてカイが大事そうに抱える袋に、街の人々は驚きと賞賛の視線を送る。
一行は、まず冒険者ギルドへと直行した。
カウンターで依頼達成を報告し、採取した月光鉱石の一部と、ゴーレムのコアだったひときわ大きな鉱石を提示すると、対応したギルド職員だけでなく、居合わせたギルドマスターまでもが目を剥いて絶句した。
「こ、これは……間違いなく最上質の月光鉱石……! それに、この大きさは……まさか、山頂の守護者を……!?」
「ええ、まあ。ちょっと手強かったですけど」
シルフィが事もなげに言うと、周囲から「おお……!」というどよめきが起こった。
もはや、彼らを単なる新人と侮る者はいない。
パーティ『クラフト・クローゼット』の名声は、この一件でリューン中に轟き渡ることになるだろう。
依頼の報酬も、危険度と成果を考慮され、当初の額から大幅に上乗せされた。
「やったね、カイ! これでまたリリアに良い薬を送れるよ!」
リゼットが満面の笑みでカイに抱きつく。
ガオも「へへん! あたしたち、最強じゃん!」と胸を張る。
カイは仲間たちの笑顔に、これまでの苦労が報われた気がした。
ようやく工房に戻った一行は、文字通り泥のように眠りについた。
数日ぶりの、安全で温かい寝床だ。
深い霧の中での緊張感、古代ゴーレムとの死闘、そして伝説の素材の入手……濃密すぎた数日間が、心地よい疲労感と共に彼らを深い眠りへと誘った。
***
数日後。
旅の疲れもすっかり癒え、工房『クラフト・クローゼット』には、いつもの少し騒がしい日常が戻っていた。
しかし、以前と違うのは、工房に持ち込まれた月光鉱石の存在だ。
「すごい……本当に、桁違いの魔力だ……」
カイは、作業台の上で青白い光を放つ月光鉱石のかけらを、食い入るように見つめていた。
この未知の素材をどう加工し、どんな装備に昇華させるか。
考えるだけで、職人としての血が騒ぐ。
カイは寝る間も惜しんで、鉱石の性質を調べ、新しい装備のデザインを羊皮紙に描き殴っていた。
リゼットとガオは、霧の山脈での経験を経て、さらに鍛錬に熱が入っていた。
工房の裏庭で、二人の激しい打ち合いの音が響く。
シルフィは、カイが持ち帰った月光鉱石に関する資料や、洞窟の壁画のスケッチなどを、工房の隅で熱心に研究している。
ナットは、カイの作業を手伝ったり、ヒロインたちにお茶を淹れたり、相変わらず健気に働いていた。
そんな、平和で充実した時間が流れていたある日の午後。
工房の扉が、静かに、しかし確かな存在感を伴って開かれた。
カイが顔を上げると、そこには一人の青年が立っていた。
歳はカイと同じくらいだろうか。
陽光を反射して輝くプラチナブロンドの髪、彫刻のように整った顔立ち、貴族の正装のように仕立ての良い、しかし動きやすそうな白い服。
腰には、美しい装飾が施された細剣を佩いている。
そして何より、その立ち姿からは、揺るぎない自信と、どこか他者を見下すような傲慢さが滲み出ていた。
青年は、値踏みするような冷たい視線で、工房の中を一瞥した。
雑然とした素材棚、使い込まれた工具、そして作業台で手を止めたカイへと、その視線はゆっくりと移動する。
「……君が、カイ・クラフトか。噂は色々聞いているよ」
その声は、涼やかだが、どこか棘を含んでいた。
「あなたは……?」
カイは、相手から放たれるただならぬプレッシャーに、警戒心を抱きながら問い返した。
青年は、ふん、と鼻を鳴らすと、カイの作業台に近づき、そこに置かれていたリゼットの鎧やガオの道着の設計図、そして月光鉱石のかけらを勝手に手に取って眺め始めた。
「あの赤毛の剣士の、奇妙な鎧と大剣……。獣人娘の、体に張り付くような道着……。そして、エルフが着ているという、妙に魔力を秘めたローブか」
彼は、まるで鑑定でもするかのように呟く。
その言葉には、カイたちの装備に関する詳細な情報を持っていることが窺えた。
「なかなか面白い発想だ。素材の使い方も……まあ、悪くはない」
一見、褒めているようにも聞こえるが、その口調は完全に上から目線だ。
「だが」
青年は、月光鉱石のかけらを弄びながら、嘲るような笑みを浮かべた。
「所詮は型破りなだけの、素人の遊びだ。基礎がまるでなっていない。真の職人技とは、長年受け継がれてきた伝統と、緻密な理論に裏打ちされたものだ。君のような思いつきで作られたものが、本物のはずがない」
その言葉は、カイの、そして仲間たちのこれまでの努力を、真っ向から否定するものだった。
カイはカッとなり、反論しようとした。
「あなたは、一体……!」
「ジン・シルバーク。――シルバーク工房の者だと言えば、さすがの君でもわかるかな?」
青年――ジンは、誇らしげにそう名乗った。
シルバーク工房。
それは、この大陸でも五指に入ると言われる、歴史と格式を誇る名門中の名門工房だ。
「シルバーク工房……!」
その名を聞いて、資料を読んでいたシルフィが顔を上げた。
その表情には、驚きと、わずかな警戒の色が見える。
リゼットとガオも、ただならぬ相手の登場に、カイを守るようにジンの前に立ちはだかった。
「なんだ、アンタ! カイに喧嘩売りに来たのか!?」
「いきなり来て、失礼な人ですね」
ジンは、三人のヒロインを一瞥すると、興味なさそうに肩をすくめた。
「君のような新興の職人が、どれほどのものか、少し興味があってね。この目で確かめに来ただけさ」
そして、カイに向き直ると、挑戦的な笑みを浮かべて言った。
「近々、このリューンで王家主催の『装備デザインコンテスト』が開かれる。そこで、どちらの技術が、どちらの装備が本物か……はっきりさせようじゃないか」
それは、一方的な挑戦状だった。
「まあ、君がこの私――ジン・シルバークに挑戦する勇気があれば、の話だがね」
皮肉な言葉と、見下すような視線を残し、ジンは踵を返すと、嵐のように工房を去っていった。
「…………」
後に残されたのは、唖然とするカイたちと、新たな緊張感だった。
ジン・シルバーク。
名門工房の若き天才。
そして、カイの前に立ちはだかるであろう、強力なライバル。
カイは、ジンの去っていった扉を睨みつけるように見つめていた。
胸の中には、悔しさと、反発心、そして……静かな闘志が燃え上がっていた。
「……受けて立つ」
カイの呟きは、工房の中に決意となって響いた。
装備デザインコンテスト。
それは、カイ・クラフトの名を、そして『クラフト・クローゼット』の実力を、世に示す絶好の機会となるだろう。