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第2話 神器錬成と深紅の軽鎧

「こ、ここが……あんたの工房?」


 カイに手を引かれるまま、リゼットは半信半疑で古びた建物の前に立っていた。

 リューンの大通りから少し入った路地裏にある、小さな工房。

 看板も出ていないそこは、お世辞にも繁盛しているようには見えない。


「ああ。まだ始めたばかりで、散らかってるけど……まあ、入ってくれ」


 カイは少し照れくさそうに言いながら、軋む音を立てて扉を開けた。

 中は思っていたよりも広く、壁際には様々な工具や革、金属の素材などが積み重ねられている。

 雑然とはしているが、作業台の上や道具類はきちんと手入れされているのが見て取れた。

 工房特有の、革と油と金属の匂いが微かに漂う。


「それで……本当に、私に装備を作ってくれるの? 最高の、なんて……」


 リゼットはまだカイの言葉を信じきれない様子で尋ねる。


「ああ、約束する。今の俺にできる、最高の装備だ」


 カイは真っ直ぐにリゼットの瞳を見て頷いた。

 その真剣な眼差しに、リゼットは言葉を失う。

 さっきまでの気弱そうな雰囲気とは違う、職人としての強い意志がそこにはあった。


「……わかった。信じるよ、カイ」


 リゼットは小さく息を吐き、覚悟を決めたように頷いた。


「よし、じゃあ早速始めよう。まずは……悪いけど、ちょっと体のサイズを測らせてくれるか? 体に合ったものじゃないと、性能も引き出せないからな」

「えっ!? さ、サイズ!?」


 リゼットが素っ頓狂な声を上げる。

 カイは慌てて付け加えた。


「あ、いや、変な意味じゃなくて! 正確な装備を作るために必要なんだ!」

「わ、わかってるけど……」


 リゼットは頬を赤らめながらも、こくりと頷く。

 カイはメジャーを取り出し、緊張しながらリゼットの肩幅や腕の長さ、胴回りなどを測り始めた。

 間近で見るリゼットは、思ったよりも華奢だったが、剣士らしく引き締まっている部分もある。

 ふわりと香る汗と陽だまりのような匂いに、カイの心臓が少しだけ速く打った。


(……集中、集中!)


 カイは邪念を振り払い、計測した数値を羊皮紙に書き留めていく。

 次に、手持ちの素材の中から、今のリゼットに最適なものを選び出す。

 最高級品とはいかないが、カイがなけなしの金で買い集めたり、ギルドの簡単な依頼で手に入れたりした、質の良い革や軽量な金属板。


「よし、これで行こう」


 素材を選び終えると、カイは作業台に向かい、デザイン画を描き始めた。

 リゼットの動きやすさを重視した、オーソドックスな軽鎧のデザイン。

 防御力を確保しつつ、彼女の俊敏さを殺さないように……。


 デザインが決まると、カイの雰囲気が変わった。

 先ほどまでの頼りなげな様子は消え、真剣な眼差しで素材と向き合う。

 革を裁断し、金属板を叩き、鋲を打つ。

 トントン、カンカン、とリズミカルな音が工房に響く。

 その手つきは驚くほど正確で、迷いがなかった。


 リゼットは、黙々と作業に打ち込むカイの横顔を、いつしか見入っていた。

(なんだか……すごい集中力。さっきまでの人とは、別みたい……)

 彼の作る装備なら、本当に……。

 そんな期待が、リゼットの胸に膨らみ始めていた。


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 鎧の形がほぼ出来上がり、あとは細部の調整と仕上げを残すのみとなった。

 カイは額の汗を拭うと、ふぅ、と息を吐き、完成間近の軽鎧に向き直った。


(ここからだ……!)


 カイは目を閉じ、精神を集中させる。

 そして、ゆっくりと両手を軽鎧にかざした。

 あの、よく分からない力。

 制御できない、得体のしれない力。

 でも、今は……リゼットのために。彼女を守るために!


 カイが強く念じると、掌から淡い光が溢れ出した。

 それは以前経験したものよりも遥かに強く、工房全体を白に近い光で満たしていく。


「きゃっ!?」


 リゼットが驚きの声を上げる。

 光の中心で、軽鎧がカタカタと震え、その表面に複雑な紋様――古代文字のようなものが明滅し始めた。


(う……来る……!)


 カイは歯を食いしばる。

 力が暴走しないように、ただ一点、「リゼットを守る最高の鎧」をイメージする。

 だが、力はカイの制御を超え、奔流のように鎧へと注ぎ込まれていく。

 光はさらに輝きを増し、カイの意識まで飲み込もうとするかのようだ。


(まずい……! でも……リゼットのためなら……!)


 その思いが通じたのか、暴れていた光が、ふっと収束していく。

 眩い光が収まった後、作業台の上には、先ほどまでとは全く違う様相の鎧が鎮座していた。


 それは、夕暮れの空のような深い赤色をしていた。

 滑らかな曲線を描くフォルムは、まるで芸術品のよう。

 驚くほど薄く、軽いのに、指で弾くと硬質な金属音が響く。間違いなく高い防御力を秘めているだろう。

 だが……。


「な、なんで……こんなデザインに……!?」


 カイは自分の目を疑った。

 確かに機能美は追求したはずだ。

 しかし、完成した軽鎧は、胸元がやや大きく開き、脇の部分も大胆にカットされ、腰回りはリゼットの体のラインを強調するような、明らかに意図しないセクシーなデザインに変貌していたのだ。


「こ、これ……鎧、なの……?」


 後ろで見ていたリゼットも、呆然と呟いた。

 その頬は、先ほどよりもさらに赤く染まっている。


「その……なんだ、リゼット。俺が意図したわけじゃ……その、力が勝手に……」


 カイはしどろもどろに言い訳をするが、説得力は皆無だ。


「ちょっと……恥ずかしいんだけど!」


 リゼットは顔を両手で覆ってしまう。

 しかし、彼女もまた、その深紅の鎧から放たれる尋常ではない気配――力がみなぎっているのを感じ取っていた。

 そして、そこにはカイの「リゼットを守りたい」という強い思いが込められていることも。


「……着て、みる」


 しばらくして、リゼットは意を決したように顔を上げた。

 カイから軽鎧を受け取ると、工房の隅にある衝立の向こうへと消える。

 衣擦れの音が聞こえ、カイは落ち着かない気分で待つしかなかった。


 やがて、リゼットが衝立から姿を現した。


「……どう、かな?」


 深紅の軽鎧を身に纏ったリゼットの姿に、カイは息をのんだ。

 セクシーなデザインは確かに健在だが、それは決して下品なものではなく、リゼットの活発な魅力と力強さを引き立てているように見える。

 鎧は彼女の体に寸分違わずフィットし、まるで第二の皮膚のようだ。

 そして何より、鎧を着たリゼットからは、以前とは比べ物にならないほどの力が溢れ出ているのが感じられた。


「……すごい」


 カイは素直な感想を口にした。


 リゼットは自分の体を見下ろし、鎧にそっと触れる。


「うん……すごく軽いし、なんだか、力が湧いてくるみたい……。でも、やっぱり、ちょっと……」


 視線を感じて、改めて自分の姿に気づき、リゼットは再び顔を赤らめた。


 カイは一歩前に出て、力強く言った。


「大丈夫だ。きっと、その鎧がお前を守ってくれる。俺が保証する」


 その言葉には、先ほどまでの自信なさげな響きはなかった。

 自分の力が、確かに形になったことへの確信が込められていた。


 リゼットはカイの目をじっと見つめ返す。

 そして、ふわりと微笑んだ。

 それは、カイが今まで見た中で、一番綺麗な笑顔だった。


「……うん。信じるよ、カイのこと」


 深紅の軽鎧を纏い、決意を新たにする赤毛の剣士。

 その隣で、自らの力に戸惑いながらも、確かな手応えを感じ始めた落ちこぼれ職人。

 二人の物語は、まだ始まったばかりだ。

 明日は、この新しい装備を試す最初の日になるだろう。

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