第16話 初めてのパーティ戦線と、水濡れハプニング
カイの提案で、初めてパーティとして依頼を受けることになった翌日。
工房『クラフト・クローゼット』の一同は、冒険者ギルドの依頼掲示板の前に集まっていた。
「うーん、色々あるけど……初めてのパーティ依頼だし、あまり無茶はできないよな」
カイは掲示板に貼られた無数の依頼札を眺めながら、慎重に吟味する。
隣ではリゼットとガオが「おっ、ドラゴン退治!」「いやいや、こっちの財宝探しだろ!」などと物騒なことを言っているが、カイは冷静に現実的な依頼を探していた。
「……これなど、どうでしょう?」
静かに依頼札を見ていたシルフィが、一枚の羊皮紙を指差した。
『依頼:月鏡湖における希少薬草「魔水草」の生育調査、及び周辺魔物の討伐。報酬:銀貨30枚。推奨ランク:ブロンズ上位~シルバー下位。パーティ推奨』
「月鏡湖……聞いたことがあります。美しい湖だと。魔水草は高価なポーションの材料にもなりますし、私の知識も活かせます。難易度も、今の私たちには適正でしょう」
シルフィが冷静に説明する。
「湖かー! 景色も良さそうだし、あたし賛成!」
リゼットが乗り気になる。
「魔物退治もあるんだな! よっしゃ、腕が鳴るぜ!」
ガオも尻尾を振って同意した。
「よし、じゃあ、この依頼にしよう!」
カイも異論はない。
四人(と一匹?)はギルドカウンターで手続きを済ませ、初めてのパーティ依頼を受注した。
***
翌日、一行はリューンの街を出発し、月鏡湖へと向かっていた。
馬車を借りるほどの距離ではないが、歩くと半日ほどかかる道のりだ。
先頭を歩くのは、やはりリゼット。
黒曜の剣を背負い、深紅の鎧を輝かせ、意気揚々と歩いている。
その後ろを、カイとシルフィが続く。
シルフィは時折、古い地図を取り出して現在地を確認しているようだ。
最後尾には、元気いっぱいのガオが、道端の花を摘んだり、小動物を追いかけたりしながらついてくる。
カイの肩の上では、ナットが小さな頭できょろきょろと周囲を見渡していた。
初めて「パーティ」として街の外を歩く。
どこか遠足のような高揚感があったが、カイの心には一抹の不安もあった。
リゼットは真っ直ぐすぎるし、ガオは自由すぎる。
シルフィは冷静だが、果たしてこの二人に合わせられるだろうか……。
(まあ、なんとかなるか……)
カイは苦笑し、前を歩く仲間たちの背中を見つめた。
半日ほど歩き、一行はついに目的地の月鏡湖に到着した。
「うわぁ……!」
思わず、カイもリゼットもガオも感嘆の声を上げた。
目の前に広がるのは、どこまでも透き通ったエメラルドグリーンの湖面。
対岸の森や青空が、まるで鏡のようにくっきりと映り込んでいる。
湖畔には色とりどりの花が咲き乱れ、豊かな緑が広がっていた。
「……確かに、美しい場所ですね」
シルフィも、静かに呟いた。
その横顔は、いつもより少しだけ柔らかく見えた。
「さて、感心してる場合じゃないな。依頼の魔水草を探そう。シルフィさん、お願いします」
「ええ。魔水草は水辺を好む性質があります。このあたりを調べてみましょう」
シルフィを先頭に、一行は湖畔での調査を開始した。
シルフィが植物図鑑と見比べながら、一つ一つの水草を丁寧に調べていく。
リゼットとガオは、剣や拳を構え、周囲への警戒を怠らない。
カイとナットは、シルフィが見つけやすいように、邪魔な草を刈ったり、見つけた植物を運んだりして補助する。
しばらく調査を続けた、その時だった。
シルフィが「……ありました。これが魔水草です」と、青白い光を放つ水草を指差した、まさにその瞬間。
ザバァァァッ!!
静かだった湖面が激しく波立ち、中から緑色の鱗に覆われたトカゲ型の魔物が、水飛沫を上げながら複数体飛び出してきた!
さらに、湖畔の茂みからもガサガサと音を立てて同種の魔物が現れる!
「!?」
「敵襲!」
「ウォーターリザードです! 数は……八体!」
シルフィが叫ぶ。
ヌメヌメとした体表、鋭い爪と牙、そして口元には水滴が溜まっている。
水ブレスを吐くタイプの魔物だ。
「よし、行くよ!」
リゼットが黒曜の剣を抜き放つ!
「あたしに任せろ!」
ガオが瞬足獣道着の動きやすさを確かめるように、軽くステップを踏む!
「集え、風の刃――カマイタチ!」
シルフィが素早く詠唱し、風の刃を放つ!
『クラフト・クローゼット』、初めてのパーティ戦闘が始まった!
「はあっ!」
リゼットが先陣を切って一体に斬りかかる! 深紅の鎧と黒曜の剣が、緑の魔物の中で一際目立つ。
「おりゃ!」
ガオが目にも止まらぬ速さで別の個体に接近し、強烈な蹴りを叩き込む!
シルフィの放ったカマイタチが、さらに別の個体を切り裂く!
(いける!)
カイは後方で拳を握った。
個々の戦闘能力はやはり高い。
このまま押し切れるか――!?
だが、そう甘くはなかった。
「うわっ! 多すぎ!」
リゼットは敵を倒す勢いのまま、敵陣の奥深くまで突っ込みすぎてしまった。
たちまち他のウォーターリザードに囲まれる形になる。
「へへん、こいつらノロマだぜ!」
ガオも持ち前のスピードで敵を翻弄するが、リゼットやシルフィとの連携を全く考えていない。
シルフィが次の魔法を準備しようにも、ガオが射線上に飛び込んできてしまい、詠唱を中断せざるを得ない。
「リゼット、下がりすぎだ! 囲まれるぞ!」
「ガオ、単独で突っ込むな! シルフィさんと合わせろ!」
カイが必死に指示を送るが、戦闘の喧騒の中ではなかなか届かない。
そして、連携の乱れは致命的な隙を生んだ。
「キシャァァッ!」
一体のウォーターリザードが、リゼットに向かって口から大量の水を発射した!
「きゃっ!?」
リゼットは咄嗟に腕で顔を庇う。
鎧は水を弾いたが、勢いでインナーシャツがびしょ濡れになり、薄い生地の下の肌がくっきりと透けてしまう。
「な、なによもう! 冷たいじゃない!」
リゼットは顔を真っ赤にして抗議するが、敵は容赦ない。
今度は、別の個体がガオに向かってネバネバした緑色の粘液を吐き出した!
「うわっ! 気持ち悪ぃ! ベタベタする!」
粘液がオレンジ色の道着に絡みつき、ガオの動きが鈍る。
体にぴったりフィットした道着は、粘液で濡れたことでさらにラインが強調され、健康的というかなんというか……。
「くっ……!」
シルフィもまた、詠唱中に側面から迫る敵に気づき、咄嗟にバックステップで回避する。
しかし、近くにあった木の枝にローブの袖を引っ掛けてしまい、ビリッ! と大きな音と共に破れてしまった。
白い滑らかな腕が、大きく露わになる。
シルフィは忌々しげに破れた袖を一瞥し、わずかに眉をひそめた。
(うわわわ……! み、みんな大変なことに……! っていうか、なんか色々見えてるけど!)
カイは後方で、ヒロインたちの思わぬハプニング姿にドギマギしながらも、戦況が明らかに不利になっていることに冷や汗を流していた。
個々の力でなんとか持ちこたえてはいるが、このままではジリ貧だ。
(まずい……! このままじゃ押し切られる……!)
カイは必死に頭を働かせる。
なぜ上手くいかない?
原因は分かっている。連携不足だ。
声での指示だけでは限界がある。
もっと直接的に、みんなの意思や状況を共有できるような……そんな方法があれば……!
(今は無理だ……! 一度引かないと!)
カイは決断した。
このまま戦い続けても、被害が増えるだけだ。
「みんな、撤退だ! 無理はするな! 一度距離を取って、体勢を立て直すんだ!」
カイは力の限り叫んだ。
リゼット、シルフィ、ガオは、悔しそうな表情を浮かべながらも、カイの指示に従い、ウォーターリザードから距離を取り始めた。
初めてのパーティ戦闘は、ほろ苦い結果に終わりそうだ。
だが、この失敗から学ばなければならない。
カイの頭の中では、既に次のステップ――仲間たちの力を一つにするための、新しい装備のアイデアが生まれ始めていた。