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第四章 捕まっちゃったら困るよね

YouTubeにて音声動画上げてます


今回は特殊OP!


OP「星空のエクスタ旧版」


https://youtube.com/shorts/RmZ6Of1TPi4


お手数ですがブラウザでURLをコピペしてお聴きください

 大粒の雨の中、それを厭わぬ勢いで矢がすっ飛んで行く。矢先が貫いた雨粒は次々と切り刻まれ白く霧散し、矢はさながら白い糸を引き連れながら飛んでいるよう。雨に叩かれながらも勢いを失わないまま真っ直ぐ飛ぶそれを見てさすがエアルム、と思ったのだが…機首に弾かれた。普通の矢と同様に、易々と弾き飛ばされた。

 FAQ-41の最高速度はマッハ3.5。換算すれば1.2km/秒。1秒間に1km以上も移動できる物体が僕たちへ向かってきてるんだ、文字通り、あっという間にそれは目の前に。幸か不幸か、FAQ-41は直前で左旋回、僕たちへ向かってきたのはFAQ-41の右翼だ。その翼が…シャッセを直撃。「が ぁッ」という声にもならない声が、最後に聞いたシャッセの声だった。その後どうなったのか…僕も同時に意識を失ってしまったから。



「そうでしたか…」

 現在、僕はブリッジにいる。

 気を失ったとはいえ肉体に損傷があったわけではないから身体はピンピンしている。だから僕も会議に参加して、事の次第を報告したところ。

「エンジンの吸気部に吸い込まれなかったのは幸いだったのかもしれないけど…」

 いくらボディプロテクションが優秀でもタービンに巻き込まれたらどうなるのか想像も付かない。

「今日のシャッセちゃんは精彩欠けてたわね〜」

 ステヴィアの一言。心なしか冷ややかな気がする。

「だよねー。強制交感でエアルムテストした時なんかもっとキレがあったっつーか」

 ミリィまでも。普段のシャッセを僕が知らないからそう思うのか?

「管制に当たったシードルからは平時よりも感化率が低かった、と報告を受けています。緊急だったのでエアルムを承認しましたが、恐らくエアルムとして機能していなかったのでは、と」

 艦長まで? …と思ったけど、これはシードルからの報告を言ってるだけ。他意はないだろう、けど。

「感化率の話をするなら、それは僕のせいになるんじゃないかな。僕がもっとがんばっていれば」

 何かシャッセが責められているように感じて、つい彼女を庇うような口調になる。

「それは違うんよ、だーりん。スロノスドミナントは関係ない」

「でも、ミリィやステヴィアの時とは違って…僕はシャッセを抱きしめてなかった」

 シャッセが何となくそういうのから距離を取りたがっている感じを受けたから、僕は彼女の側にいるだけだった…そう、いるだけで何もしていなかった。

「だからそこは違うんよ。あまり自分を責めないで欲しいなー、っちゅーか」

「あくまで受け手側の問題、という話なのよ〜」

「そもそもデュエノマキア最中のトラブルは自己責任なんだしー。そういうしきたりになってるからねー」

「でも」

「でも、あの戦闘機の出現のし方、変ですよね?」

 平行線になりそうな気配を察知してか艦長が間に入り、メインスクリーンの前へ。

「カプリソーネ、スロノス様にも記録(ログ)を見ていただこう」

「了解。メインスクリーンに出します」

 相模湾の衛星画像からドゥラヤキのレーダー画像へ切り替わった。

「今ご覧いただいているのは昨日の、事件直前からのレーダーの記録です。カプリソーネ、回してくれ」

「了解」

 レーダー波が中心から同心円状に広がっていく以外、何も変化もなかったのだが


ピーン


 画面に光点が現れた。

「これ、FAQ-41?」

「そうです。見ての通り、ドゥラヤキから約20kmの距離に突如。侵攻方向も前回の3機と違い、北西の方角から。そっちにはアメリカ国や自衛隊の基地はないはずなのですが…カプリソーネ、前兆らしいものは無かったのだよな?」

「はい、突然でした。まるでトランスゲートを使って現れたかのように…」

「おかしいのですよ…この星にはそんな技術は無いはずで…」

「そんなことできるの? アレって人の移動で使う物じゃ?」

「出現座標の設定が難しいのでディードでは近距離で小型の物体にしか使いませんが、中には大型のものを軍事技術として使っている星国もあります」

「これってヤダよね。だってウチ、供出連盟軍はともかくそんなことできる星国、一つしか知らないし」

 艦長の言にミリィが続ける。その表情は硬い。

「そうですね…」

 艦長の顔もまた。

「それが事実だとすれば…その星国を相手に戦うことになるかもしれません…」

「戦争になる、ということ?」

「そこまでは至らずとも武力衝突は免れないでしょう。ですがドゥラヤキは駆除艦。戦艦ではないのです。クルーもエクスタ社員、駆除職員であって戦闘員ではありませんから」

 ドゥラヤキが戦闘になって、ケガ人、最悪死者でも出ようものなら…艦の運用を任されている以上、それは避けたいのだろう。それは僕だって同じだ。誰一人、欠けたりなんかしちゃいけない。絶対に。

「それで…シャッセは、行方まだ分からないの?」

「はい…目下捜索中ですが…オムファリックワイヤーが切れていて、認識ビーコンも反応が無く…」

「艦長、ちゃんとだーりんに言っておかないと」

「何を?」

 艦長が沈痛な面持ちで口を開く。

「デュエノマキアの最中、もしもデュエが行方不明になった場合、その捜索は発生から24時間までとなっているのです」

「24時間…って、1日…?」

「はい」

「それって短すぎないか?」

「ですがそういうしきたりに」

「何だよ、それ…」

 僕は艦長の言葉を遮った。手が、肩が、ワナワナと震える。

「何なんだよ、それッ! あれもしきたり、これもしきたりッ! そんなにしきたりが良いなら、しきたりと結婚でも何でもすればいいじゃないかッ!」

 正直、なんて頭の悪いことを言ったのだろう、と後で思った。でも今はダメだ。腹の奥底から、込み上げてくるものがある。苛立ち。怒り。僕はそれを止められない。女の子たち相手に大声出したりして、最低だなって思う。でも、今は止められないんだ。

「何で仲間を探そうとしないんだ⁈ 助けようとしないんだ⁈ 僕は嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ。誰一人だって、欠けていい人なんかいない。いなくていい人なんていないんだ。誰かがいなくなるなんて、もうコリゴリなんだッ! …誰もシャッセを助けようとしないなら、もういいよッ! 僕一人でやるッ! そうやってしきたりなんかにしがみついてまごまごしてる間に、僕がシャッセを助け出してみせるッ!」

 みんなが今どんな顔をしてるのかなんて見ることもなく、僕はスタスタとブリッジを出て行った。



「あらあら。あらあらあら。行っちゃったわぁ〜。ねぇ、ミリィちゃ…」

「う…うっ、ううぅっ…」

「ミリィ、ちゃん? 泣いてるの?」

「だっでぇ! だっでぇ!」

 ステヴィアはミリンダが泣いているのを初めて見た。いつも強気で天真爛漫なミリンダゆえ笑い過ぎて涙を流しているのはともかくとして。

「ウチ、ママに言われたんだもん! 今回こそはカーツウェル家が女王(ドミナンセス)に返り咲くんだって! 期待してるからって! だからウチ、期待に応えなきゃって! でもヤダ! こんなのヤダ! シャッセがいなくなって、だーりんにも嫌われちゃって! こんな誰からも愛されない女王がディードを治められるハズなんかないっ!」

 ミリンダは両拳をギリリと握り肩を震わせていた。真一文字に固く閉じられた目からは大粒の雫がこぼれる。

「あらあら〜。私はちゃ〜んとミリィちゃんの事が大好きよ〜?」

「ズデ姉ェェェェ!」

 よろよろと泣き崩れたミリンダの身体をステヴィアは胸に優しく抱き留めた。

「ハニーは…怒ってたわねぇ…私たち出会ってからまだ間もないけど、ハニーが感情を剥き出しにするの、初めてみたわぁ〜」

「うん…グズっ…顔は…いつも通りなんも変わんなかったけど」

「ねぇ。ハニーの言う通り、私たちはもうしきたりと結婚しちゃってるのかも〜」

「グズっ…何言ってんの?」

「ハニーがしきたりと真っ向対立するっていうのなら、私たちはそのしきたりとお別れしない限り、ハニーとは一緒になれないわよねぇ。もしかして…外惑星からお婿さん取るってゼウスが決めたのって、古いディードを変えていこうって意味があるのかも〜」

「そっかぁ…ウチね、シャッセがこんなんなって諦めてたんよ、しきたりだからって。でもね、ぶっちゃけイヤなんよ。だってほら、ウチら、シャッセともさ、ちっさい時からずっと一緒だったワケじゃない? それがこんなことで…だーりんに言われて、なんか目が覚めた感じ? ウチはシャッセのこと、それと自分の気持ちを、もっと大事にしたいっつーか」

「そ〜ね〜。私たちはしきたりに甘えていたかもしんな〜い。都合の悪いことはみ〜んなしきたりに押し付けて、自分で考えて行動するということをしなくなってたかも〜。それをハニーは教えてくれたんじゃないかなぁ〜」

「そっか。はぁぁぁ…なんかだーりんにわからされちゃってるぅ。あのさ、昨日精神交感でだーりんと触れ合ってさ、あ、なんだかこの人、魂が熱いな、って感じたんよ」

「あ〜分かる〜。ゼウスのシミュレーションとはなんだか感じ違ったよね〜」

「そうそう。うわヤバ。ウチ、だーりんのこと、ますます好きになっちったかもしんない」

「今さら〜? 私はすでに身も心も委ねて良いよ〜って言ってあるよぉ〜?」

「マジか⁈ 先越された感マシマシ! ウチもしゅきしゅきだいしゅきしてこないと!」

「いやいや、今はそれどころじゃないから〜」

「そりゃそーだぁ。ねぇ艦長。リミットまであとどんくらい?」

「先ほどスロノス様が出て行かれた時で18時間を切っていましたから、あと17時間少々です」

「そっか。今はまず、やれることを精一杯やって、その先のことは先で考えよう。クルーのみんな、一緒にがんばろ!」

「はい!」

「がんばります!」



 ブリッジの自動ドアを出るとすぐは少し薄暗い廊下。少し進んだところ左手に緊急用の階段があって、そこは普段使われないこともありさらに薄暗い。

「ほぇあああぁぁぁぇあぇぁぁぁぁぁ…」

 珍獣の鳴き声ではない。これは僕の声。

 ブリッジを出てすぐに気付いた。一人でやるって大見え切ったけど、一体どうするんだ? 全くノープランの自分の浅はかさ。それに女の子たちに大声出しちゃった自己嫌悪。シャッセがいないという虚無感。そんな感情が混ぜこぜになっちゃって、なんだか声を出さずにはいられなかった。でもそんな負の感情ばかりが渦巻いているから出てきた声には力が入らず、珍獣化してしまった。

「あの、スロノス様」

 階段踊り場の暗がりから声を掛けられビクッとする。

「君は…シードル?」

「はい」

 珍獣ボイスを聞かれちゃったかな。恥ずかしい。

「どうしてこんなとこで」

「デーリィさんからスロノス様の御休憩の御部屋を案内差し上げるよう、事づかりました。今夜はこちらでお休みになられてはいかがでしょうか」

「うん…」

 家に帰るって気分じゃない。やっぱりシャッセのことが気になるからね。何か変化があればすぐに動けるようにしていたいから。

「そうするよ。案内、お願いできるかな?」

「はい。喜んで」

 言葉とは裏腹にシードルの表情は暗い。無理もないけど。



 例によってドゥラヤキ内を大移動…かと思いきや、トランスゲートを使ったのであっという間。移動した先は雰囲気が全然違う。さっきまでのいかにも宇宙船、みたいな様子とは違い、廊下にはフワフワな絨毯が敷き詰められ、ドアも大きく立派。荘厳という言葉が相応しい。

「こちらになります」

 シードルがその立派なドアを開ける。え? いいのこんなとこ入って。

 入ってまず思ったのは…どこが部屋だ?と思うくらいの広さ。ここは体育館か?と思うほど。見渡すと遥か彼方にベッドがある。

「これ、何人部屋?」

「お二人です」

「二人?」

「ご結婚されればご一緒に過ごされるのは当然でしょうから」

 これ、そういう部屋か。いや、あまりに大きな部屋だから50人くらいで雑魚寝する場所かと思ったよ。

「あの、スロノス様。少しお話し、よろしいですか?」

「うん、いいよ。で…どこに行けばいいのかな?」

 広すぎてどこに何があるやら。

「そちらに応接セットがありますので、そちらへお掛けください。今、お茶を淹れて参ります」

「うん。分かった」

 見るからに豪華なソファーに沈み込んだ。



「それで」

 本題に入ろうとしたのだが、シードルはテーブルの傍でお盆を抱えて立ったまま。

「…あの、座ったらどうかな」

「いえ、そんな!? スロノス様と真向かって座って話すなど、畏れ多いです!」

 あー、またそういうヤツか。どうにか座ってもらう理由を探す…

「あの、そこで立ってられると僕、首が痛くなっちゃうんだよね。ずっと上見てなきゃならないから」

「そういうことでしたら…」

 と静々と僕の前に座った。まぁ首が痛いのは本当なんだけどね。オタのザコ体力を舐めてはいけない。

「僕はさ、みんなと仲良くしたいんだ。理由はどうあれせっかく知り合ったんだし。デュエの3人はもちろん、ドゥラヤキのクルーのみんな、シードルたちヴァレットの子とも、みんなね。だからあまり距離取られちゃうと話しづらいなって。スロノスって立場振り翳して仲良くしろっていうのもなんか変だし。だから、ね?」

 シードルは真っ直ぐ僕を見ながら話を聞いている。僕もそれに応えてシードルの目を真っ直ぐ見つめて話す。ちょっと照れ臭いけど。

「シャッセ様の仰ってた通りでした。スロノス様はとてもお優しい方だと」

「え? シャッセとそんな話もするの?」

「はい。私の家は代々フェアライト家にお仕えしていまして、私も小さな頃からシャッセ様にお供させていただいてきました。小さな頃は遊び相手として接していられましたけど、10歳の時にシャッセ様専属のヴァレットとしてお世話をさせていただくことになりまして。それでもシャッセ様は以前とお変わりなく私に接して下さいました。とてもお優しい方です、シャッセ様は。だから…だから…」

 シードルのクリっとした丸い目からボロボロと大粒の涙が溢れてきた。

 気持ちは痛いほど分かる。まして僕なんかよりずっと長くシャッセと一緒だったシードルなら尚更だろう。

「そうなんだ。でも探すにしても時間があまりにも…なんで24時間しかないんだ…」

「スロノス様。それにはちゃんとした理由があるのです」

「そうなの?」

「はい。デュエノマキアは通常御三家から一人ずつがデュエとなっておこなわれます。デュエにトラブルがあった場合、同一家からすぐさま新たなデュエが参加します。もしも補充が効かなかったらその家はリタイアなので、円滑なデュエノマキア運営のため24時間の制限は止むを得ないことなのです」

「そうだったのか…」

 あー…そうとも知らず、僕、酷いこと言ってきちゃったんだな…しきたりにはそれなりに歴史があって理由もあるんだな。明日、みんなに謝ろう…

 とはいえあとどれほどの時間が残っているのか…携帯の画面で時刻を確認して、軽く絶望感に包まれる。僕はどかっとソファーにもたれ掛かり、天井を見上げた。とてもとても高い天井。どれだけ手を伸ばしても届きそうにないや。

「一体どこをどうやって探せばいいんだ…手掛かりすら無いのに…」

「それなら…」

 と、カッと頭をもたげ

「寝ましょう!」

 と、すっごい笑顔。

「はぁっ?」

「人は疲れているとダメダメなものです。なんだかダメダメな時は迷わず寝ましょう! しっかり寝て、スカッと起きて、スッキリした頭で考えましょう! その方がいい考えが浮かぶってものです! …って、これ、シャッセ様からの受け売りなんですけどね。私もよく言われたのです。失敗して落ち込んでいる時に、もう寝ちゃいましょう!って。目が覚めてみると頭がとってもスッキリしてて、昨日の失敗を取り返すぞ!って気持ちになれたんです。だからスロノス様も、今日は寝ちゃいましょう! 今日はとっても大変な一日だったんです。お休みになればきっと良い考えも浮かびますよ!」

「そうか、そうだね。分かった。僕はもう寝ることにする。シャッセのことは心配だけど、疲れてヘロヘロだったらいざという時に困るだろうからね」

「そうそう。そうなのです!」

 すごいな。シードルだって辛いに違いない。それでもこの笑顔。多分日頃から笑顔でって躾けられてる賜物なんだろうけど。でもピンチな時にこそこんな笑顔が出せるなら心にだって余裕が生まれるだろう。もっとも僕は笑顔以前の問題だけどね。

 でもそれ以上にすごいと思ったのは主たるシャッセだ。ヴァレットへの気配りってのはもちろんだけど、なんだかシャッセはとんでもない大物というか、肝が据わっていそうな感じ。現王家の姫というのはそのくらいじゃないと務まらないのかもしれない。

 シードルはおやすみのあいさつをして部屋を出て行った。僕も寝る準備に入り、服を脱いでいるところへ携帯が鳴る。メールじゃなくて通話だ。

 …綾香の家から?

「もしもし」

〈和津樹君かい? 夜遅くにすまない、うちの娘はそっちにいるのかな?〉

「いえ。こっちへ来て早々に帰ったって聞いています」

〈それは何時頃?〉

「多分10時くらい。午前の」

〈午前…〉

「あの、綾香がどうかしたんですか?」

〈ああ。まだ家に帰っていないみたいなんだ〉

「えっ…?」

〈てっきり和津樹君と一緒なのかと思っていて、それで電話してみたんだが…あのバカ娘め、一体どこをほっつき歩いているやら…いや、夜分にすまなかった。もう少し探してみるよ〉

 綾香がまだ帰ってないって…いや、そこは綾香のお父さんにお任せだ。刑事さんだものプロだしね。

 心配事が増えてしまったけどシードルのアドバイスは的確だったようで、疲れていたんだろう、僕はベッドに入った途端眠りに落ちたようだ。横になってからの記憶が無い。



 午前3時。依然シャッセの捜索は続いていた。ミリンダとステヴィアはラムネに促されすでに就寝。現在艦長席には艦長代行を務める副長のパンピーが収まっている。日付が変わり交代してからずっと、艦長からの引継報告書を何度も何度も読み返していた。ミリンダの言った「人為的」という言葉が引っ掛かっているのだ。

(人為的…ウィルスをばら撒く以外、人為的にできることって…)

 パンピーは報告書を置き艦長席から立ち上がるとメインスクリーン前へ。

「…ネーポン。シャッセ様の事故の直前からのデータを見せてくれるかしら」

「はい。何を出しましょう?」

「ヒマワリからの、雲の動き、気圧配置、風向きを順に。それとウィルスの濃度分布も」

「了解です…出ました」

「…変ね。なぜこの条件で積乱雲がそこにあるの?」

「言われてみれば…そうですねぇ」

「このデータ、コゼウスに送って解析を。これが自然現象として起こりうるのかどうか」

「了解です…副長、コゼウスの解析出ました。結果…自然現象では起こり得ない。人為的なものと推測。進言。対象をより詳細に観測すべし」

「人為的…ますますミリンダ様の推測通りになっていくわね…」

 パンピーは艦長席へ戻ると内線受話器を上げる。少し長めの呼び出し音の後。

〈ラムネだ〉

「艦長、お休みのところ申し訳ありません。緊急連絡です」

〈何があった?〉

「近くに発生している積乱雲に不審な点があります。ブリッジへお越し願えますか」

〈了解。すぐ行く〉



 慌しくブリッジへ入ってきたラムネにパンピーは事の次第を伝える。

「なるほど」

 ラムネは短く答えると艦長席の内線通話の受話器を上げた。

〈こちらストレージ〉

「ラムネだ。今すぐ出せる観測ドローンはいくつある?」

〈えー…30です〉

「よし。それらを今から送る座標へ向けて出してくれ」

〈了解〉

 ラムネはチラリと時計を見て一旦置いた受話器を上げ直す。

「まだお休みいただきたいが…こちらブリッジ。デーリィさん、すまないがミリンダ様とステヴィア様にブリッジへ上がって頂くよう伝えて欲しい。」

〈承知しました〉

「スロノス様は、今夜はこちらでお休みなのだな?」

〈さようで〉

「スロノス様にもこちらへ来て頂くよう伝えてもらえるか」

〈承知しました〉



(…けて)

(助けてください)

(私、こんなところで朽ち果てるのは嫌)

(助けて…)

(カヅキさんっ!)

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 ガバッと起き上がる。夢…? なんだかずっとシャッセの声を聞いていた気がする。助けを求める、か弱い声。

 コンコンとドアをノックする音に続き、シードルが入ってきた。

「失礼します。スロノス様、ブリッジから、あ、もうお目覚めでしたか」

 今何時? 携帯の画面を見ると…AM4:00⁈ ここの人たちはみんな早起きなのか?

「あの、ブリッジからすぐ来てくれとのことで」

「すぐ? 何か分かったのかな?」

「分かりかねますが、そうであったらいいな、と思います…」

「そうだね。服を着たらすぐ行くよ…って、シードル、ブリッジまで案内してくれるかな?」

 多分迷子になったらミイラになって発見されるだろうな。

「はい! 喜んで!」

 服を着ている間、シードルには部屋の外で待っていてもらう。僕は気にしないんだけど、やっぱりレディの前では気を付けないと、なんて、綾香の教育の賜物だ…綾香、どうだったんだろう? ちょっと家に電話という時間じゃないし。



「スロノス様はいつもこんなに早起きなのですか?」

 ブリッジへ向かう途中、シードルに話しかけられるが…そんなわけがない。

「いつもは遅刻ギリギリまで寝てるよ。なんだか夢…を見たのかな?」

「夢、ですか」

「うん。なんか、シャッセが呼んでいるような…名前も呼ばれたよ。助けて、って」

「そう、ですか…あれ?」

 一瞬表情が曇ったように見えたんだけど、立ち止まると同時にコロッと思案顔に変わる。

「…スロノス様。シャッセ様を助ける手立てがあるかもしれません」

 今度は真剣な表情。

「なんだって?」

「もしかすると、近接接続は生きているかもしれません」

「そう言われても…その辺の仕組み、僕、全然分かんなくて」

「それは失礼しました。えっと…近接接続というのは心と心の繋がり、なんと言いますか、こう、長年連れ添ったご夫婦が互いの心が何も言わなくても分かる、と言いますか」

「以心伝心、みたいな?」

「そうです! そういう感じです!」

 なぜ日本の四字熟語が通じるのだろうか。

「それで近接接続は互いに近くにいれば強く繋がって、離れるほど弱く細くなるのです。なんかこう、つきたてのお餅を引っ張るとうにょーんってなる感じで」

 つきたてのお餅を知ってるって…どうなってんの、ディードの文化。

「お餅は引っ張りすぎると切れちゃいますが、近接接続はかなりの距離まで伸びることが分かっています。もしもどちらかがそれを切ろうと思わなければ切れず、むしろ相手のことを想うほど、細くても強い繋がりになるのです。ですから、スロノス様もシャッセ様も、お互いを強く想い合っていれば…」

「それを手掛かりに助け出せるかもしれない!」

「そういうことです! さすがです、スロノス様!」

「それでどうすれば近接接続の状態を知ることができる?」

「スロノス様に玉座に着いていただき、前回のシャッセ様とのセッティングをリロードすれば」

「なるほど。それならなおさらブリッジへ急がないとね!」

「はい! 急いで参りましょう!」

 シードルに笑顔が戻った。駆け出した僕たちの先にある艦内通路が、心なしか明るくなった気がする。



「ハァッ ハァッ す、スロノス様をお連れしました!」

 トランスゲートの移動中ですら駆け足していれば息が上がるのも無理はない。

「おはよーっ! だーりんっ♡」

「待ってたよ〜」

 クルーはもちろん、ミリィとステヴィアもすでにブリッジに集合していた。

 用があって呼ばれたんだけど、僕にはまず最初にやることがある。

「ごめなさいでしたっ!」

「は?」

「な、何〜⁈」

 いきなりの行動に二人ともたじろいでるけど、構わず僕は下げられるだけ下まで頭を下げた。

「あの、昨日、おっきな声出しちゃって、それから、あの後シードルから色々話を聞いて、その、みんな、デュエって大変なんだなって知って、その、ごめんなさいでしたっ!」

 しーん…あれ? なんだこの空気…

「ゴルァッ! 顔を上げんかぁいッ!」

 ミリィ⁈ なんか怒られた!?

「…ぷふっ」

「ク…ククク…」

「ん?」

 恐る恐る頭を上げる…と。

「ぷははははは」

 ミリィもステヴィアも大笑いしてる。なんで?

「なんでだーりんが謝るんだかワケわかんなーい。だってあの後反省会になったのはこっちだよ?」

「ハニーの言うことはもっともだよね〜って。私たちはしきたりって古いルールに拘りすぎたよね〜って」

「それでなに? 悩んでくれちゃったワケ? んもー、だーりん良い人過ぎィ♡」

「うわぁっ⁈」

 ビョーンと跳ねるようにミリィが僕に抱きつく。

「そんなわけだから〜お互い様というか、気にしないでいこ〜? むしろしきたりとかハニーが気になったことはどんどん言って欲しいな〜って。そんなくだらないことで揉めたくないし〜」

「シャッセを救いたいのはウチらも同じ。だから、一緒にがんばろ♡」

「ミリィ…ステヴィア…」

 やば。涙出そう。やっぱりこの人たち、良い人たちじゃないか。いや、良い人たちだからこそ、僕の良心が痛んだわけで。

「ほらほらほら。だーりん、しんみりしてないで。で、艦長、見せたいものってなーにー?」

「はい。メインスクリーンをご覧ください」

 出たのは空の写真。

「これはミリンダ様が出撃された際の記録映像から抽出したものです。次を」

 切り替わって…やっぱり空の写真。いや

「…積乱雲?」

 これ多分僕が引っ張られてる時に見た雲だ。

「そうです。これはステヴィア様が出られた時のもので、次がシャッセ様が出られた時のもの」

 やはり空の写真だが、雨のせいで霞んでいる。

「これら3つの写真の状況、データで見るとこうなります」

 天気予報でよく見る雲の映像。それに風向きと…

「風向きともう一つのは何?」

「エレクトロファージの濃度分布を表したものです。垂直と水平のデータを組み合わせて立体的に表示してあります」

「ああ、そうなんだ」

 ミリィは分かったみたいだけど僕にはさっぱり。

「これがどうかしたの?」

「これさ、ウチらがここへ来てからウィルス濃度にムラができてんのね。この辺だけやけに濃いのよ」

「そして先程写真でご覧いただいた積乱雲、この位置からずっと動いていないのです。それ以前に、こちらを」

 画面切り替わっていま見ていた画像が時間経過と共に変わっていく。

「あ!」

「お気付きになられましたか?」

「積乱雲が突然出てきた」

「そうなのです。そしてウィルスの濃度分布を見ますと、その積乱雲が発生したのが一番濃度が高い場所なのです。ミリンダ様、これをどうみますか?」

「まずウィルス濃度からしてエレクトロファージでこっちを監視してたのは間違いないね。それでウチらデュエの存在と力量を確認すんのに戦闘機を飛ばしてきたんだと思う。雲は多分、ファージに蓄えられてる電気を使って磁場を発生させて発熱させたんだろうな。ファージ一つ一つは小さくてもこんだけ集めればそれもできるんじゃね? ん? どったの? だーりん♡」

「すごいなミリンダは。よくそんなこと思い付くな、って」

「でしょでしょ? もっと褒めちゃっていーよ♡ 惚れちゃってもいーよ♡」

 さっきまでの真剣そのものな表情がもう崩れた。僕は話し掛けない方がいいのかな?

「それで〜? 調査の方は〜?」

「すでに30機のドローンを飛ばしてあり、間も無く到着すると思われます」

 スクリーンは現在の雲の様子の光学映像に切り替わる。外はまだ雨が降っているようで積乱雲は霞がかかったような状態。

「ドローン到着。データ来ます」

 積乱雲の画像の横に、矢継ぎ早に数字がスクロールしていく。何を意味しているのは分からないけど。

 そして間も無く異変が起こる。

 カッ カッカッ…と積乱雲のあちこちが光り出した。

「積乱雲に強力な電気エネルギー発生! ドローンが!」

 画面の数字の合間合間に次々とエラー表示。

 スクリーンを注視していたミリィがニヤリ。

「アヤシイね」

 映像がズームアップされた。木炭のように真っ黒な積乱雲の表面から青白い稲妻が鋭い棘のように飛び出す。ドローンたちは電気の棘に貫かれると、あるいは煙を上げ、あるいは炎を上げて木炭色の表面からパラパラと落ちていった。

「拾えるデータは全部拾って随時コゼウスの解析に回せ!」

 雲の映像横の数字が目まぐるしくスクロールしていく。

「コゼウスから解析途中経過来ました! 映像化できます!」

「スクリーンへ!」

 雲の中に重ねられた3Dの画像。それは時折歪みながらも立方体の形を維持している。

「あの物体はファージ同士が結び付いて物質化しているとコゼウスは言っています!」

「にゃぁ〜るほどぉ〜」

「何か分かるの〜?」

「多分、シャッセはあの中だね」

「マジで⁈」

「多分だけどねー、アレ、大量のエレクトロファージをコイル状に集めて電気流してるんだわ。コイルに電気流すと磁場が発生すんじゃん? その磁場で通信なんかは遮断。そんで分厚く集まったファージのせいで光も音も通さず、不安定な形状で音が吸収されて内部は無音状態。電源は雲の中で発生した雷ってとこでしょ。オムファリックワイヤーが切れてビーコンも通信も届かない理由がアレだと思う」

 この情報でそこまで…今さらながらミリィの賢さに感服する。僕ときたら、すぐ目の前でそれを見ていたというのに。

「…あれ、多分僕が見てた雲だと思うんだよね」

「なんのこと?」

「ステヴィアとのテストの後、引っ張られながら、おっきな雲だなぁって。それがあんな凶暴なものだったなんて」

「何それ! めっちゃ伏線回収してんじゃん!」

 伏線て。

「それにあそこからシャッセの声が聞こえるような気がするんだ」

「何それ。今度はポエム?」

 ポエムて。

「ミリンダ様、そうではなくて」

 シードルがことのあらましを説明してくれた。

「なるほどぉ〜! 近接接続が生きている可能性があるのね〜!」

「そーゆー大事なことは早く言わなくちゃー!」

 ミリンダがプンスコしてるが、僕がそれを話すスキがあっただろうか?

「それならそれですぐやんなくちゃ! ほら乗った乗った! かんちょー! ハイクミン呼んでー! 大至急ー!」

 と背中をグイグイ押されて僕は玉座に収まった。



〈スロノス様、聞こえますか?〉

 シードルの声が脳に直接響く。相変わらず真っ暗な場所だけどもう慣れたもんだ。僕は思いの外落ち着いている。

「よく聞こえてるよ」

〈了解! ではエアルムの管制システムを玉座に繋ぎます!〉

「はい」

〈接続確認! どうでしょう? 何か変化などは?〉

「…特には、何も」

〈了解です! それではシャッセ様を探してください!〉

「? 探すために僕はこれに乗ってるんじゃなかったっけ?」

〈すみません、言葉が足りませんでした! 現在接続が残っていると仮定して、接続の向こうにいるシャッセ様を意識してみて下さい!〉

「具体的には?」

〈そうですねぇ…シャッセ様を思い起こせる何か。例えば声ですとか、肌の温もり、匂いとか〉

「わ、分かった。やってみるよ」

 温もりとか匂いはとかなんか変態チックな気がするけど…でもそれらを知らないわけじゃない。空中で衝突した時に不意に抱きしめた身体の温もり、優しい匂い、とても華奢な身体つき。男に抱きつかれるのが嫌なのかなって手を引いちゃったけど、今思えば僕の方が怖かったのかもしれない。なんだか儚げで壊してしまいそうで。

〈ありました。近接接続のスレッド、残っています〉

 とハイクミンの声。

「ほ、ホント⁈」

 シャッセの身体の事を思い浮かべてた時に声が聞こえたものだから狼狽えてしまった。僕の思考が漏れてるってこと、ないよね?

「それで、僕はどうすればいいの?」

〈呼びかけてみて下さい!〉

「どうやって?」

〈さっきと同じです! シャッセ様を思い浮かべて念じてみて下さい!〉

「分かった!」

 念ずるはいいとして…やっぱり身体のことを思い浮かべて? いやいや…でも…いや、なんでもいいっ! シャッセ! 返事をしてくれッ!

「…なんだろう、この感じ…」

〈何か感じられますか⁈〉

「あー、うん…」

 なんというか、小さいけど温かい人のカラダのようなものを感じるんだけど…ちょっと言葉にするのは躊躇われるというか…

〈…スロノス様からのシグナルは確認できますが、シャッセ様からはとても微弱なのか計測機器には出ていません。近接接続そのものは使えていますが、おそらくシャッセ様の意識が落ちているのかと思われます〉

〈どうしましょう…〉

 シードルの声に不安の色が大きく混ざる。

「ねぇ、強制交感ってできないの? こっちから刺激を与えて起こしてあげる、みたいな」

〈…できます。ただし今の状況ですとドゥラヤキから信号を送っても通りません。ですがスロノス様を中継するなら可能です。近接接続のスレッドは太い方が有利になりますので、できるだけシャッセ様のお近くに行かれる必要があるのですが〉

 なんだかハイクミンの言葉のキレが悪い。

「できるならやればいいんじゃないかな?」

〈スロノスドミナントを介した強制交感はお互いの記憶を共有することになります〉

「記憶の共有?」

〈知られたくないことをシャッセ様に知られることになりますが…シャッセ様も同様にそのご記憶をスロノス様に知られることになります。それでもよろしいですか?〉

「構わないよ」

 こんなの即答だ。

「今はそんな個人の事情を云々言うよりシャッセの救出が最優先だと思う。僕の記憶なんて大したことないし、シャッセの記憶については帰ってきたら謝るよ。何万回土下座したって構わない」

〈分かりました。それではこれよりスロノス様を介した強制接続を軸にシャッセ様の救出作戦のプランを組みます。少々お待ち下さい〉

「分かった。でも急ごう。シャッセが心配だ」

〈了解です〉

 ハイクミンの返答で音声が途切れ、玉座に無音の静寂が訪れる。慣れたものではあるけれど、今はその静けさが逆に焦りを掻き立て落ち着かない。

ED「勝ち組決定!」


https://youtube.com/shorts/ZpbnXe0bLmQ

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