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第8話 敵を見る眼差し

 満身創痍のマクシミリアンと共に、私は闘技場から出て暗い通路を進んでいた。

(それにしても)

 私は隣を歩く獅子獣人を横目で見る。

(大きい……)

 背を丸めているのに、マクシミリアンの身長は軽く2mを超えている。闘技場にいる彼を遠目で見ていた際に、アナウンサーやスタッフとの体格差に気付いてはいたけれど。彼らが小柄だったんじゃない、マクシミリアンが大きかったのだ。


 顔に血をこびりつかせたマクシミリアンはべたりべたりと重い音を立て、一歩ずつ通路をゆっくり進む。肩を貸してあげたい気持ちはあったけれど、『ニナ』のやせ細り衰えた体で彼の巨体を支えるのはまず不可能だった。やがてマクシミリアンは苦し気に壁に寄りかかると、片膝をつきくずれ落ちた。

「マクシミリアン!」

 私は慌てて駆け寄る。

「痛いよね? どこか休める場所は……」

 私はおろおろと辺りを見回す。ソファのようなものがないかと立ち上がった瞬間、手首をがっしりと捕らえられた。獣毛の覆う武骨な指で。

「……お前は誰だ」

「え?」

 ぐいと乱暴に引き寄せられ、私は膝をつく。ぐるんと壁際に追い込まれ、挑むように目をのぞき込まれた。乱れた(たてがみ)がマクシミリアンの顔に降りかかっている。その隙間から覗くサファイア色の眼差しは鋭く、私を刺し貫かんばかりだ。殺気を宿した肉食獣の瞳だった。

「ニナ様ではないな」

「っ!」

 咄嗟に私は手を引こうとする。けれど逃すまいと力を籠められ、腕は高々と捻り上げられた。

「痛ぁっ!」

「答えろ、お前は誰だ」

「わ、私は……っ」

「何が目的でニナ様のなりをしている」

「いっ、痛い……!」

 ぎしぎしと骨がきしむ。

(痛い、んだけど……)


 複雑な感情が胸を満たしていた。

(ヤバイ、かっこいい。怖い顔した流血イケ獣人、ワイルドで良き! 声も良き! うっ、痛っ! 『デミファン』のライアンは主人公に超忠実キャラだから、こんな険しい顔は絶対主人公に見せなかったよね。まなじり上がってるの精悍でかっこよすぎる! 敵にしか見せない顔をこんな間近で、神ファンサ! サファイア色の瞳はライアンとお揃い! いたた、指がめり込んでて、痛っ! あと乱れ髪! ライアンはこんな風にたてがみが乱れたことなんて一度もなかったから新鮮! 色っぽい! って、骨折れそう、痛い! あと上半身モロ脱ぎでこんな至近距離なんて『デミファン』にはなかった! 立ち絵なら海水浴イベントであったけど。いや、だから痛いって! ライアンの吐息かかる、尊い! あ、ライアンじゃなくてマクシミリアンだった。雄フェロモン全身から立ちのぼってて、犯罪的にセクシー! てか、痛いっ! いや、ちょ、いだだだだだだ!!!)


 割とシャレにならない痛みに、呻いた時だった。私のドレスの右袖が肘までずり下がる。腕に残る薄桃色の傷跡が露わになった。

「っ!」

 ギクリ身を震わせ、マクシミリアンは目を見開く。手首の拘束がスッと解けた。

「マクシミリアン?」

 私は握られていた手首を軽くさする。そこには腕の半ばまでごつい指の跡がくっきりと残されていた。

「……ニナ、様?」

 困惑した表情で、マクシミリアンは私の目をのぞき込む。

「見た目も、匂いも、お前はニナ様に相違ない。なにより、その傷は間違いなくニナ様のもの。この俺自身がつけた、罪の証。だが……」

 マクシミリアンは小さく首をふる。

「俺の本能が訴えている。お前は、ニナ様ではないと」

「……」

「誰だ、お前は。答えろ」

「……。信じてくれるかどうかわからないけど」

 私はこれまでのことを正直に説明した。


「つまり、別世界にいたお前にニナ様が助けを求め、受け入れたらお前の魂がニナ様の体に乗り移ったと?」

「……多分」

 私たちは元いた屋敷に戻ってきていた。がらんとして火の気のない、寒々とした貴族屋敷に。ともに直に床へ座り、私はマクシミリアンの傷の手当てをする。よく見れば、この屋敷はマクシミリアンの体格に合わせてか、天井が非常に高かった。

「多分、とは?」

「私にだってよく分からないもの」

 いぶかるマクシミリアンに、私はため息をつく。

「こっちこそ、この状況を誰かに説明してもらいたいくらい」

「……」

 眉間にしわを寄せて目を伏せ、ふむ、と思案顔になるマクシミリアン。

(よし、かっこいい)

 思わず一つ頷く。心の声が聞こえたのか、マクシミリアンが蒼色の目を上げ、私を見た。

「はいっ?」

 つい裏返った声が出てしまう。マクシミリアンの手がこちらに伸びたかと思うと、私はいとも軽々と抱き上げられた。

「うわわ!? 何? なに!?」

 マクシミリアンは私をベッドまで運ぶと、その端にそっと腰かけさせる。そして自らはその足元へ膝をつくと、恭しく頭を下げた。

「えっと……?」


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