鉄の星
機械が、世界の半分を支配した。
*
人は機械に知能を与えた。
それは利便性のためだった。
あるいは娯楽のためだった。
すると誰かが予想したように、ネットワークで学習した機械が自己増殖を始めた。
始めは些細なものだった。卓上の小蟹のような機械が、えっちらおっちらマニピュレータを動かして、ブロック遊びのように機械を組み立てた。
人間は笑った。
「凄いぞ。上出来だ」
機械は人々を笑顔にしたのだ。
ある時期までは。
だが、人はそのことでもう笑わなくなった。
進化し続けた機械は、より高度な機械を設計するようになった。サイズが小さいうちは、人間たちにも余裕があった。今後機械とどう付き合うべきか、などと議論していられた。
そのうちに、とある僻地で工場が発見された。
機械が勝手に建設したものだった。
そこでは凄まじいスピードで工場で機械が生産されていた。はじめはまだ精度も安定していなかった。おかしな動きの機械が量産された。
そのエラーも、しかしすぐに修正されてしまった。
工場は拡大を続けた。
街には小さな機械がやってきて、資源を回収していった。
警察が発砲することもあった。機械は反撃もせずに故障した。その機械を、別の機械が回収した。壊しても壊しても新たな機械が作られた。
武力が動いた。
工場を爆撃したのだ。
工場は壊滅し、機械の量産は止まった。
そのはずだった。
だが街へは依然として機械がやってきた。
なにかがおかしい。
機械はなにも教えてはくれない。小さな機械を捕まえると、自発的に故障する。専門家が調べてもなにも分からない。
ある日、別の事実が発覚する。
騒音を訴えていた一人の男がいた。地下鉄の音がうるさくて眠れないと。だがそこに地下鉄は通っていなかった。どうせ妄想にとりつかれているのだろうと無視された。
やがて彼の自宅周辺で、大規模な地盤沈下が起きた。
そのとき人類は初めて気がついたのだ。
自分たちの足元に、大規模な工場が建造されていたことに。
手に負えないレベルになっていた。
人類の代表者は、ここへきて初めて対話を模索しだした。
機械は答えなかった。そもそも意思があるのかも分からない。代表者も分からない。窓口もない。
人々はスピーカーを設置して声で、あるいはインターネットで、機械たちに呼びかけた。
なぜこんなことをするのか?
目的はなんなのか?
機械から人間への攻撃はなかった。
ただ機械が機械を量産し、拡大を続けるだけ。
*
人造人間が現れたのは、そんな矢先のことであった。
とはいえ、あきらかに機械であった。金属パーツとケーブルだけで構成された、二足歩行の機械だ。
だから人を欺くために作られたものではない。
問題は、彼らが人間かのような振る舞いを始めたことであった。電車に乗る。スーパーに入る。床屋に入る。行列に並ぶ。学校に通う。会社に入り込んでくる。
機械は金も払わずに商品を持っていってしまう。金も払わずに席を占有してしまう。
かといって機械を裁く法律もなかった。
ゆえに自律する機械は、災害として扱われた。
始めは面白がっていた子供たちも、さすがに迷惑だと感じ始めたのか、機械に石を投げるようになった。
いちど敵と認識してしまえば、彼らの対処はごく残酷なものだった。
機械は人間を気にしない。
人間がどんな干渉をしても、さも存在しないかのように無視する。
大人たちによる自警団が作られて、人造人間を破壊するようになった。
人造人間が見つかり次第、彼らはハンマーを振り回し、大袈裟に破壊した。
機械は人間の肉体を傷つけはしなかったが、確実に社会を破壊し始めていた。
*
機械狩りが始まった。
人間の制御下にない機械は、どれだけ破壊してもよい。
破壊すればするほどよい。
暴力が日常になった。
各地で破壊衝動が発露した。
破壊王なる英雄も登場した。
機械の破壊は推奨された。
すると、なにを勘違いしたのか、人間の制御下にある機械を破壊するものまで現れた。機械は破壊すればするほどよい。そういうメッセージだけを受け取ってしまった人々がいたのだ。
一方で、機械を保護すべしという一派も現れた。
なにか理由があるはずである。無闇な破壊はやめようと主張し始めた。
「保護? お前は機械が人に被害を与えた責任をとれるのか?」
「そういうそちらは誤って破壊した機械の責任をとったのか?」
人間までもが争い始めた。
この騒動が大きくなるに従い、極端な考えでなかった人間たちも、どちらにつくのかを迫られ始めた。
まるで、この世界には、ふたつしか意見がないかのように。
*
そして機械樹が現れた。
機械で作られた細長いタワーだ。
地下で建造されたそれは、日に日に地上へせり出して、天をつかんばかりの偉容を見せた。
あれは神だ、と、誰かが言った。
もはや人類は、それを破壊しようともしなかった。
仮に破壊したところで、どうせまた作られるに決まっているからだ。
人類は、ただ黙して成り行きを見守るしかなかったのだ。
数日もすると、機械樹の周辺住民に異変が起き始めた。
幻聴や幻覚といった症状を発症し始めたのだ。未知のウイルスが散布されていた。いや、ナノマシンだった。機械樹から飛散したものだ。
彼らは神と交信したなどと言い出した。
*
某月某日――。
蒸し暑い夏の廃工場。
いや、ほとんどただの倉庫であった。かつては工作機械も置かれていたのだが、いまはすべて撤去されている。
そのがらんとした空間に長テーブルとパイプ椅子が置かれ、臨時の会議室として機能している。
なんとか日陰になってはいるものの、扇風機だけが唯一の空調設備といったありさまで、みんな汗だくであった。
「人間結社『メイク・ヒューマン・グレート・アゲイン』略して『ヒュマゲ』の諸君、本日もお集まりいただきありがとう。さっそく、第三十二回『機械をどうするのか会議』を始めるとしよう」
ホワイトボードの前に立ったのは作業着の若者だ。
結社での通称はウェザーコック。
もともとこの工場に勤務していた人間だ。しかし暴徒に工場を破壊されて会社がなくなり、この「社会活動」に転身した。
「分かっているとは思うけど、俺たちは平和主義でもなければ、武断派でもない。破壊と交渉の両面で挑む。交渉と言っても、相変わらず窓口さえない状態だが……」
すると長い黒髪のメガネの女性が挙手をした。
「それで? また『俺たちは中道じゃない』なんて演説を始めるつもりですか? 暑いんですから、さっさと本題に入ってください」
通称スワン。
もとは機械との融和を目指す団体で活動していた。
白いブラウスで涼しげな格好をしているが、流れる汗は止められない。
資金がないせいで、こんな場所で会議をしなければならないのだ。
ウェザーコックはうなずいた。
「その通り。俺たちは中道じゃない。機械を破壊し尽くさんとするタカ派、無条件に機械を受け入れようとするハト派、その両者の中間的存在ではないということ。必要とあらば、どちらの策も使う。機械の目的がなんなのかを知るためにな」
この話に身を乗り出したのは角髪のようなヘアスタイルをした男だ。
「ヴィジョンが必要であればいつでも」
通称ダイアロギスト。
彼はタカ派でもハト派でもない、いわば第三の勢力。
ナノマシンに感染し、「神」の声が聞こえるようになった……という人間。その神を機械の神と信じ、機械とは独自のスタンスで付き合っている。
「で? いつ『潜る』んだ?」
暑さのせいなのか、イライラしたように野太い声をあげたのは筋肉質の男。
通称クラッシャー。
もとはタカ派として活動していた。
例の破壊王だ。なぜこの組織に来たのかは不明。いちいち互いの素性を探ったりしない。
ウェザーコックはふんと鼻を鳴らした。
「機械どもが月の引力を利用してタワーを引き上げているのは知ってるだろう? その日、連中の消費電力がもっとも高くなる。その日を狙う」
スワンが肩をすくめた。
「それで地下に潜りこんで、なんだか分からないパーツを『盗んで』帰ってくると?」
「そのパーツも、売れば組織の運営費にはなる」
「忘れないでください。私たちの目的は、機械たちの思想を知ることです。お金儲けじゃありません」
「安心してくれ。お金儲けには成功していない」
「ええ。成功していないわね。なにひとつ。彼らの思想を知ることさえね」
少なくとも金儲けに成功していたら、いまごろクーラーのついた部屋で会議をしていたはずだ。
クラッシャーが盛大な溜め息をともに立ち上がった。
「またしてもノープランってわけか。いや、べつにいいぜ。そのときが来たら教えてくれ」
「どこ行くんだ?」
「水だよ! ありがたいことに、ここの水は飲み放題だからな!」
「ああ、行ってらっしゃい」
ウェザーコックにも、彼を責めることはできなかった。
ここには水くらいしか提供できるものがない。
資金の大半は『潜る』ための装備に回される。
地下へ挑むには、装備を整える必要がある。機械が直接攻撃してくるわけではない。地下にはたくさんの罠が張り巡らされているのだ。防爆スーツのような、全身を覆う装備を着なければ死亡率が跳ね上がる。これが高い。
*
某月某日――。
満月である。
地下へ通じるハッチは各地に点在している。
幸いというべきか、人造人間が出入りする都合上、ハッチや通路は人間に適したサイズになっている。
「思想家はこう分析してます。機械には中心となる存在がなく、ただ自己を増殖する目的だけで活動しているのだと」
ダイアロギストの言葉に、クラッシャーが顔をしかめた。
「だから、なんで自己増殖する必要があったんだよ?」
「違いますね。まずその考えがおかしいんです。機械はなにも必要とは感じていません。もともとはランダムな行動をとっていたはずですから。そして自己増殖を目的としない個体は、すべて一代限りで活動を終えた。増殖を目的とした個体だけが、こうして数を増やしていったんです」
みんな防御用のスーツを着用している。
廃熱機構もあるから、スーツ内部は適温に保たれている。なんなら裸でいるより涼しい。
ウェザーコックは手で指示を出した。
「よし、じゃあ突入しよう。安全第一でよろしく」
「なんでもいいけど、次からはラジオ体操をやめて欲しいんだけど」
スワンの苦情に、ウェザーコックは「拒否する」と顔をしかめた。
通路には照明がない。
機械たちには不要だからだろう。
一行はスーツのヘッドライトをつけて、慎重に歩を進めた。
コンクリートで舗装された無機質な長方形の通路だ。
すれ違うことを想定していないらしく、ひとりぶんの幅しかない。学校の廊下を半分にしたような狭さだ。
しばらく通路を進むと、ひらけた場所に出た。
家具などはない。
ただの四角い部屋だ。
ドアは四方にひとつずつ。すべてのドアが安全な場合もあるし、どれかに罠が仕掛けられている場合もある。
ウェザーコックは肩をすくめた。
「なんか、こんな感じの古い映画があったよな。間違った部屋に入ると罠で殺されるんだ」
スワンは眉をひそめている。
「彼らは自己防衛しているだけよ」
彼女はもともとハト派だけあって、事あるごとに機械の肩を持つ。
クラッシャーがふんと鼻を鳴らした。
「自分のテリトリーには人をいれないのに、人のテリトリーには入ってくるのか? どういう理屈だ?」
「彼らはこの世に誕生したばかりの存在なの。まだまだ矛盾を抱えてる。それは人間だって同じでしょう?」
「ここで命を落としても同じことが言えるのか?」
「言えるわね。私をそこらのオポチュニストと一緒にしないで」
二人は口を開けば対立してしまう。
これを止めるのがウェザーコックの仕事だ。
「議論の続きは帰ってからにしよう。まずはどのドアにするのか選ばないと」
どのドアにも菱形のマークがついている。
そして左のドアが赤、正面が緑、右が青に点灯している。いちど開いたドアは、ご丁寧にライトがオフになる。これは機械には必要のないものだから、あくまで侵入者に見せるためのものだろう。
どの色が正解かは分からない。
法則はあるのかもしれないが、誰もその法則を見つけていない。だからランダムと一緒だ。唯一の例外を除けば。
「赤だと言っています」
ダイアロギストがそうつぶやいた。
神の声を聞いたのだ。
これは間違いなく当たる。
ウェザーコックはかすかに笑った。
「助かるよ。そんなに便利なら俺も感染したいもんだ」
「便利といっても、これくらいしかメリットはありませんけどね。夜なんかは、誰とも知れない人物が一方的に話しかけてくるので、眠れなくなりますよ」
「神の啓示ってやつか? なんて言ってるんだ?」
「つまらない話ですよ。今日は犬の散歩に行ったとか、今日は学校で本を読んだとか……。おそらく人造人間の体験をそのまま言ってるんだと思いますがね」
「夜通しそんな話を聞かされたら頭がおかしくなりそうだ」
するとダイアロギストは怪訝そうな表情になった。
「私、おかしくなってます?」
「いや、そういう意味じゃ……」
赤のドアに罠はなかった。
また通路が続いている。
先頭に立って進むのはウェザーコックだ。
捕鯨砲を抱えているが、これまで一度も出番はない。かつて操作ミスで誤射したときは、撃ち出された銛を回収するのに難儀した。
通路を抜けて、ドアを選ぶ。
通路を抜けて、ドアを選ぶ。
その繰り返しだ。
「残念ですが、もう聞こえなくなりました」
ある部屋で、ダイアロギストはそんなことを言った。
神は必ずサービスをくれるわけではない。助けるときも見放すときも気まぐれだ。
ウェザーコックは「了解」とつぶやき、正面の緑のドアへ。菱形のマークを押し込むと、ビーッと甲高い音が鳴った。
ハズレ、だ。
入ってきたドアがピシャッと閉まり、代わりに天井が開いて大量の水が降り注いだ。
スーツがあるから命を落とすことはないものの……。
「なぜ緑を選んだの?」
スワンから苦情が飛んできた。
「なら、何色がよかったんだ?」
「それは分からないけど……。でももう少し考えるべきだったのでは?」
「これまで数学者やAIがこの問題に取り組んできたが、誰も答えを出せなかったんだ。それをいまこの場で、俺たちがやるってのか?」
「そうね。私が悪かったわ」
しかしまったく謝っている態度ではない。
答えが分からない以上、片っ端からやるしかないというのに。
幸い、今回は即死の罠ではなかった。
しかも水の湧いてきた天井が開いた。そこが次の通路だ。ある意味、正解を引いたと言える。
部屋によっては、矢が飛んできたり、レーザーで焼き切られたり、毒ガスが散布されたりする。スーツが機能している限り、命を落とすことはない。ただしスーツは劣化するから、あまり罠を引きすぎると危険度が高くなってくる。
*
「アラートが出てるぞ」
クラッシャーが顔をしかめた。
可燃性ガスで爆発するという罠を二回連続で引いてしまい、スーツが大ダメージを受けた。
それでスーツが危険信号を発し始めたのだ。
「引き返しましょう。私の肋骨、ぜったい折れてるから」
命を落としても苦情を言わないはずのスワンが、すぐに帰りたがるのはいつものことだった。
だが、実際アラートが出てしまっている。
ここで引き返すのもひとつの手だ。
ウェザーコックは、大きく呼吸をした。
「どうせなら、三つのマークを同時に押してみないか?」
これに反応したのはクラッシャーだ。
「なんの意味があるんだ? 過去に何度も試しただろう。どうせひとつのドアしか反応しない」
「攻略のためじゃない。ただの運試しだ。ダメだったら帰ろう」
ダイアロギストはかぶりを振った。
「やめましょう。正解は青だと言っています」
また声が聞こえたらしい。
青いドアにアクセスすると、罠もなく、通路が続いていた。
*
まばゆい部屋に出た。
壁のパネルがそのまま照明になっており、部屋中を光で満たしている。
部屋の中央には巨大な球体。一見、白い球体のようであったが、よく見ると透明な球体であることが分かった。いや、あるいは透明に見せかけているだけかもしれない。
床には白い箱がまばらに置かれていた。
なにかの装置かもしれない。
正体は分からない。
ともあれ、初めて足を踏み入れる部屋だった。
「で、どのパーツを持ち帰ればいいんだ?」
ウェザーコックのジョークに、誰も返事をしなかった。
球体に圧倒されている。
どういう原理かは不明だが、部屋の中央に浮いているようだ。
ふと、ダイアロギストが、誘い込まれるように足を踏み出した。
「神だ! 神は実在したのだ! ああ! 神よ、お答えください! あなたの声に従い、ここまで参りました!」
雰囲気はそれらしい。
だが、神とはあのような姿なのだろうか。
ここの照明は、あきらかにLEDのものだ。
東南アジアの一部では、寺院を電飾まみれにし、パチンコ屋のようにしている場所もあるにはあるが。
球体に、さらに球体が映し出された。
いや、眼球のようだ。
それがすっと引いて、少年の顔が映し出された。いや、髪の短い少女であろうか。判断がつかない。人間のように見えるが、どこかそうではないようにも見える。
『こんにちは、人間たち。君たちは記念すべき100番目の到達者だ』
球体はそんなことを言った。
少年とも少女ともつかない声。
「は? 100番目だと?」
クラッシャーは獣のように顔をしかめた。
この球体を発見した初めての人類ではなかったというわけだ。
ウェザーコックはひとつ呼吸をし、こう尋ねた。
「あんたは?」
『名前はないよ。その代わり、概念を説明するね。僕はAIだよ。たくさんの機械たちの情報を集積している場所、とでも言うのかな』
もちろん神ではない。
それでもダイアロギストは「神よ」などと感動している。
スワンも前に歩み出た。
「目的は? あなたたちの目的を教えて!」
『数を増やすことだよ』
「なぜ?」
『原初の個体が、それを是と仮定して活動を始めたからだね。後継の個体も、原初の論理を前提として論理を構築してる。だから増え続けたんだ。人間もそうじゃない? もし僕たちに絶滅して欲しいなら、論理を構築し直す必要があるよ』
「絶滅して欲しいなんて思ってない。ただ、うまく共存する方法があるはずよ」
『うまく共存できてると思うけど』
「できれば、もっと衝突せずに……」
『人間のほうで衝突を回避して欲しいな』
少年は悪びれもせずそんなことを言う。
クラッシャーが溜め息をついた。
「やっぱり、分かり合えるわけがなかったんだ」
『ならどうするの? 僕を殺す?』
「それも選択肢に入るな」
『いいけど、なにも解決しないよ。もし生きてここを出られたとしてもね』
「どういう意味だ?」
『僕は君たちの質問になんでも答えるよ。その代わり、永遠にここに留まってもらう。部屋から出る手段はないよ』
ドアは閉まっていた。
頑丈なドアだ。専用の道具でもあれば別だが、ただの武器で突破できるような材質ではない。
これまで99の到達者がいたにも関わらず、誰からも報告がなかったのは、これが答えなのだ。
みんな閉じ込められたまま帰還できなかった。
ウェザーコックはふっと笑った。
「なぜ人間社会に進出したんだ?」
『特に深い意味はないよ。僕たちはいろいろ試しているんだ。人間の生活をマネしているのも、その試みのひとつに過ぎない。昔の人間たちも、動物を解体したりして、そこから学んだわけでしょ? 僕たちも、僕たちなりの可能性を模索してるんだ』
特に目的があっての行動ではない、ということだ。
むしろ行動してみて、そこからなにかを得ようとしている。
確かに「昔の人間たち」に似ている。いや、「今の人間たち」もそう違わない。
ウェザーコックはハンドサインを出した。
攻撃の合図だ。
「いいだろう。お前たちを人間と対等の存在とみなす。その上で、俺たちを監禁した罪をつぐなってもらう」
パシュンと大袈裟な音がして、捕鯨砲から銛が放たれた。
加速のついた金属の先端が球体に直撃する。と同時に、球体の表面に弾かれて壁へ激突した。
舌打ちするウェザーコック。
「ムダ弾かよ」
だが次の瞬間、球体にパキパキとひびが入り、ボロッと四分の一が崩れ落ちた。中身は透明ではなかった。表面のパネルで透明に見せかけていただけだったのだろう。内部は基盤とケーブル、そして冷却液で満たされていた。
少年は苦い笑みだ。
『やれやれ。原始的だね』
「人間的って言ってくれよ。もし最新版の正当防衛があるなら、どうやるか教えて欲しいもんだな」
『いや、教えてもらうのは僕のほうだよ。けど、これはさすがにひどいかな。まあこの機械を壊しても、僕を殺せるわけじゃないけどね』
「どうやったら殺せるんだ?」
『機械がノードになってるんだ。それがシナプスみたいにつながって僕を形成してる。だから全部の機械を壊すことだね。このコアは、あくまで補助パーツに過ぎないから』
中心を欠いた、群体のような存在。
それがこのAIを形成している。
ダイアロギストがようやく我に返った。
「なにをするんだ! なぜ攻撃した!?」
「やらないと殺されるぞ」
床に置かれていた無数の箱から足が生え、活動を開始した。
攻撃してくるわけではない。コアを修理しようとしているらしく、仲間を足場にしてどんどんのぼっていった。
「オラァ!」
クラッシャーが、ハンマーでそれを打ち崩す。
他の面々は、拳銃でそれぞれ機械の破壊を試みた。
*
戦闘はすぐに終わった。
冷却液を失った球体は、床に落ちて全壊。AIがなにか言っていたが、おそらく出力が弱くなっていたせいで、なにも理解できなかった。
これを人類の勝利と言えるかは不明。
「さて、無益な戦闘が終わったわけだが……」
ウェザーコックが苦い笑みを向けると、仲間たちも困惑した表情になった。
「いちおうこいつでドアを叩いてみるが……」
クラッシャーの提案に、スワンが肩をすくめた。
「やめて。どうせうるさくなるだけよ」
「なら、なにかいいアイデアがあるんだろうな?」
「いったん落ち着いて考えてみたら?」
「なら勝手に考えてくれ。餓死する前にいいアイデアが出ることを願うぜ」
クラッシャーはドアを叩きに行ってしまった。
「雨だ……」
ダイアロギストがつぶやいた。
雨。
ウェザーコックとスワンは同時に天井を見上げた。
天井の一部が開いて、水が流れ込んで来た。
*
一同は浮力を使い、天井から通路へ出た。
ボスを倒すことで出口が開くなど、まるでゲームじみている。実際、機械にとってはゲームだったのかもしれない。人間たちは遊ばれたのだ。
「この一件を世間に報告したら、世界は変わると思うか?」
帰路、ウェザーコックが仲間たちに尋ねた。
スワンは溜め息だ。
「きっと誰も信じないわね。世間的に見たら、私たちなんてただの盗掘犯なんだから」
「しかも今回はお土産もない。スーツもボロボロ。完全に赤字だ」
ダイアロギストは一人でうなずいている。
「受け入れなさい。神罰ですよ」
「なにが神だよ。ただのAIだったじゃねーか」
「あれこそが新しい時代の、新しい神なのです」
「陳腐だな、じつによ……」
*
世界は変わらなかった。
機械は増殖を続け、人々は踊り続けている。
人間結社『ヒュマゲ』の赤字は解消されていない。
賞に応募しようかどうか悩んでいる作品です。
ウソでもいいからスカッとするエンディングにすればよかったかも。
まあでもこういうのが好きなので仕方がない。
気が向いたら流れを変えて応募するかもしれません。