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呪われ王女は理を超える  作者: 空史
第一章 目覚め
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第一章 第九話

 鉄の檻がある。一見丈夫そうな鉄柵は既に錆びが回っており、そっと触れると朽ちて下へと落ちた。地面は無機質な灰色で、土とも砂とも似つかない。そこに赤褐色の粉が薄っすらと積もった。

 他の柵も同じように錆びており、触れるとすぐに粉になる。等間隔で並んでいた柵の間には人一人通れるくらいの隙間ができて、檻はすぐに意味をなさなくなった。柵の向こうへ出ても何もなく、空間は柔らかい白で満ちている。果ては見えない。どこまであるのだろうか。


 彼は呟くように教えてくれる。どこまでもあるさ。


 そうかもしれない。だが、彼が私の何を知っているというのだろうか。まずは私で知らなければ話にならない。

 私は壁か、もしくはそれに相当するものを目指して足を動かした。景色は一向に変わらなかったが振り返る度、初めに居た檻からは遠ざかっていった。あれがなければ進んでいる実感を得ることはできなかっただろう。


 彼は静かに笑っている。好きなだけ進むといい。


 何もない場所をこうして歩くのは初めてではなかった。肉体の記憶ではない。となると、自ずと魂の記憶ということになる。そしてこれは直感なのだが、私の経験ではない。私の記憶にあるだけだ。


 彼は黙っている。どうやら図星のようだ。


 彼の見た景色が、懐古という形となって私へ伝わってきている。それは奇妙というか、私では感じ得ない感覚だ。全く変わり映えのしない景色の中に、百様の濃淡がある。私には見えていない、感じていないが、確かに存在する密度の偏りだ。全く違う場所の同じ光景が、私の記憶で重なった。


 それを眺めていると、なんの意思の介入もない偏りに所々美しさがあって、ふと立ち止まってみては吸い寄せられるように意識が持っていかれたりもした。意思の介入がないとはいえ、零から一を感じているわけではない。あくまで極小の一を私なりの一へ変換しているにすぎないのだ。


 彼はそれが理解できないようで、欠伸の出るような退屈を、むしろ楽しんでいるようだった。


 だけど私にしてみれば、彼がその美しさを理解できないことの方が意外だった。美しさというわけではないにしても、記憶に残るくらいなのだから何かしらの感情は付与されているものと思っていた。だが、彼の記憶には濃淡は景色としてしか存在せず、今の態度から見ても何の感慨も無いことは確かだ。

 だけど、暇を楽しむ彼を見ていると、ふと気が付いた。もしかしたら逆かもしれない。彼は何も感じなかったから、無が嫌だったからこそ創り、後悔として記憶に残っていたのではないだろうか。


 彼は静かに肯定した。


 始まりが良い感情ではないと知って、私は少しだけ寂しくなった。そういうものと言えばそういうものなのだけれど、原初の意思ですらそうあったことに、諦めに似た納得を飲み込むしかなかった。


 振り返ってみると、檻は遠く霞んでしまった。ここから先は、なんの目印もなく歩いて行かねばならないようだ。心細いような、それでもどこか楽しみで、空間の偏りは丸に近い歪みを作っている。触れてみても何も感じず、足取りは随分と軽くなった。


 彼はどこまで行くのか、と聞いてきた。行けるところまでだ。それは初めから変わらない。


 彼は頷きながら、ここらで止まろう、と伝えてきた。


 嫌だ。やっと楽しくなってきたところだ。私は意固地になってはいたが、どこかで止まる必要があることは理解していた。


 彼が言うには、ここでの距離とは、時間なのだ。私は彼の想像以上に遠くまで来てしまった。これ以上は、先へ行くしか無くなってしまう、と。


 じかん、というものに心当たりはなかったが、従った方が良いということはよくわかった。歩を止めて高揚した心を落ち着け、その場に腰を下ろした。床はひんやりとしていて、脚が冷たい。


 そのまま上体も倒して寝転がり、上を見上げた。天井は無く、あるのはどこまでも続く柔らかい白だけだった。それを悲観するわけでもない私にとって、限りなく続いているという実感は何者にも代えがたい。


 彼は、聞きたいことはあるか、と聞いてきた。


 私はすぐに、無い、と答えた。進んだ先でどう思うかはわからないが、少なくともここでは聞きたいことなど何一つなかった。知らないことがあったとして、彼がそれを知っていたとして、私がそれを知らねばならないとして、私がここを失ってまで聞き出す必要には全く足り得ない。


 と言っても、彼はなにかを話さないと気が済まないらしい。あまり抑えつけ過ぎるのも、可哀想ではある。


 悩んだ末、会話内容についての情報が対等であれば問題ない、という結論に至った。考えてみれば当たり前のことではある。私が恐れているのは、私にとっての彼の優位性が崩れ、ここが消えてしまうことなのだから。

 テーマは、やはり生み出される前の偏りについてだ。彼も、当然私も、それについての知識はゼロに等しい。お互いに何も知らないからこそ、可能性はどこまでも広がって行く。


 彼は、その偏りは自身の存在と同時にあるものだと考えた。至極当然の考え方だ。全てを創った彼が作っていないのだから。

 だが私は生憎、彼が全てを創ったとは思っていない。彼自身は、彼以外が創ったものだ。ではそれはなんなのか。偏りこそ、その答えだと思う。偏りは彼が生まれる前にあって、彼は偏りによって生み出されたのではないだろうか。


 だが、そうなると一つの疑問が残る。偏りで彼が生まれたのなら、逆方向への偏りでなにかが生まれねばならない。そのことは彼も気が付いていた。でも、彼に相当する存在は今のところ生まれていない。

 当時、なにも無かった頃にも歪みには帳尻合わせが必要だったのかはわからないが、取り敢えず今存在するそれは彼が創ったものではない。偏りがあれば逆への偏りがあるという法則は、やはり存在自体に付与されたものと考えた方が良いだろう。

 かと言って、全てが彼によって創られたという意見には賛成したくない。それに賛成するということはつまり、世界の根幹が自分と同位階の存在ということに認めざるを得なくなってしまうということなのだ。

 彼に創られた存在として、一つの意思として、それには賛成できない。


 だが彼は、他になにが有り得るのか、というなんとも意地の悪いことを聞いてきた。負けたくない私は必死に考える。他の可能性もきっとある。


 考え抜いた末行きついた先は、私たちでは知り得ない法則が存在しているかもしれない、というなんともすっきりしないものだった。これは確かに正しい意見の一つではある。それは間違いない。それでも雑談の結論としてはむず痒く、彼の意見と同じくらいには認めたくないものだ。


 彼もこれには苦笑いをするしかなかった。間違っていることが証明できないという、ただそれだけなのだ。



 散々抗ったが結局のところ、よくわからないということに決着してしまった。心はもやもやするし、なにか新たな一手は無いかと、終わった後でも考えてしまう。

 それが彼にとっては新鮮なようで、ここに来て初めて本格的に困惑していた。そういう感情については、私に一日の長がある。


 すっきりしない彼は、次の議題を求めた。私もまだ足りていない。


 始まりについて話したなら、次は終わりについてだろう。


 そう言うと彼は、終わりについては知っていると言う。


 そうじゃない。その終わりじゃなく、もう一つ先の終わりについてだ。

 私がそう告げると、彼はじっと考えた。なにを悩んでいるのかと見ていると、彼は思いもよらないことを言った。


 終わりなんてないだろう。


 想定していなかった言葉に、思考は飛んだ。意識を失ったという意味ではなく、連続するべき思考が突然とあることに集中してしまったという意味だ。

 彼にとっては終わりが無い。平然と言うそれが意味するのは、永遠だ。

 私は膨大な恐怖に飲み込まれた。とても、とても足らない。私の全てを以てしても、永遠を受け入れて存在することなどできなかった。


 震えている私に彼は一言、すまないと告げた。


 彼は私を持ち上げて、前へと進ませた。私は彼を止めることもできず、一歩前へと出た。



 時間が、進みだす。

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