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呪われ王女は理を超える  作者: 空史
第一章 目覚め
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第一章 第七話

少し凄惨な表現があります。苦手な方はご注意ください。

「わりぃ、辛気臭いな!」


「うん。辛気臭い」


「がっはっは!じゃあさっさと皿ぁ片付けて、聖術やってみるか!」


「うん」


 二人は空になった器を持って立ち上がった。台所の隣の水場で、並んで器を洗う。綺麗になった器は棚に置いて乾かしておく。

 いつも通りに手を動かしていると、二人の調子も戻ってきた。目頭は未だに赤いが、もう涙はない。

 さらにユウリの意識はとっくに水場の聖具の方へ移っており、それに気づいたゴウキがわしゃわしゃと頭を撫でた。



「よし!じゃあまずは体内の神素を自覚するところからだな」


「ゴウキの真似だけじゃ無理?」


 ゴウキもすぐに火の聖術を見せたときのことを思い出した。ユウリは本当に、子供らしからぬ観察眼を持っている。


「ああ。俺と全く同じ動きをしたとしても、そのままだと発動しねえ」


「わかった」


 ユウリも心当たりはあった。指先に神素を集める必要があるのだろう。


「つってもそう難しいことじゃない。飯食った後だしな」


「ご飯?」


「そうだ。飯食うと、腹の底の方があったまるだろ?神素はそこに溜まってる」


 温まる?これまで意識してみたことはなかったが、なるほど、確かに温かい部分がある。手で触れてみても大して温度に差があるわけではないのに、感覚として温かい。


「あった」


「おっ、やっぱり早えな。じゃあ後は、それを適当に動かしてみろ。腹ん中を回す感じでな」


「うん」


 体の奥にあるそれを、言われた通り回すように動かしてみる。先程その存在を認識したときすぐに、手足のように動かせると直感した。認識するまでは全く無かった感覚が、生まれながら持っていたかのように馴染む。

 だが、感覚とは裏腹に、神素は一向に動く気配がない。


「どうだ?」


「動かない」


「うーん、ま、焦るこたぁねえ。こればっかりは才能というか、生まれ持ったセンスがでかい。世の中には聖術なんて使えねえ人間も大勢いるしな」


「うん……」


 ユウリは話を聞きながらも、動かすための試行錯誤を続けていた。向きを変え、動かす軌道を変え、ねじってみたり、もう一度熱を感じ取り直したりと、思いつくことは全て試した。それでも神素は微動だにしない。


「コツとか、ある?」


 わからないことは聞く。聖術への興味と期待が最高潮に達していたユウリは、その前段階である神素の操作で躓くつもりなどなかった。


「そうだなぁ。コツっつっても、俺ぁ感覚でできちまったからなあ。いや、そういや確か、人によっちゃあ神素が体内に固着することがある、てのは聞いたことがあるな。なんとかっていう病気だ」


「そっか。治る?」


「あー、治る、とは思うんだが、俺はその辺詳しくなくてなぁ。いっぺん力づくでやってみたらどうだ?」


「……一回だけやってみる」


 ユウリは性格的に、なんの根拠もない力技が好きではない。まずは達成までの道筋を整えて、最低限の労力でもって、その論理に従って実行したい。それは単純にそういう性格という面もあるが、それだけではない。正しい道が用意してあるのに砂利道を走るということは、無駄な労力がかかってしまう。そして何より、想定外のアクシデントが起きてしまう危険性も高まる。今回はまさしく、なんの根拠もない力技に他ならなかった。

 それでもやってみようと思ったのにはいくつか理由がある。まず、ゴウキが勧めたこと。ゴウキの勘や経験といったものはユウリが持っていないもので、ユウリの論理よりも最短距離で正しさを示してくれることはあった。

 二つ目、それは他ならぬユウリが少しばかり焦っていたことだ。もし自分がその病気だとして、それが治るのはいつになるだろうか。ゴウキが治し方を知らない以上、医者を呼んで治してもらう他ない。だがもし医者も治し方を知らなかったら?そもそも確立された治し方が無かったら?

 ここで意地を張って、ここで過剰な安全マージンをとって、いずれ同じ結論に至るとしたら?ここでの躊躇いが、何年単位の遠回りとなってしまうかもしれない。


 ユウリは焦ってしまった。


「おう!案外あっさりできるかもしんねえな!」


 ユウリは考える。お腹の奥にある熱。体内に固着しているということは、つまり縛られている両腕を動かそうとすることに近いのではないだろうか。神素には筋肉がついていないし、神経が通っているわけではない。それでも感じ取れるなら、同じ要領で力をかけていくことができたっていいはず。

 神素をお腹の中で上方向へ動かすように意識する。色々な方向へ動かすよりも一点突破のほうがまだ動きやすいはずだ。自然と全身に力が入っていく。手がぷるぷると震える。痛くなるほど歯を食いしばる。まだ、もう少し。もう一歩。

 神素は、やはり微塵も動かない。

 無理、か。

 諦めかけた瞬間、一瞬で全身が熱くなった。

 成功、そんなことを考える間もなく、果てしない熱に全身が悲鳴を上げた。数週間前、鍋が倒れそうになって、まだ熱い加熱台に触れてしまったことがある。そのときはちょっとしたやけどになって、数日の間小さな水ぶくれになった。

 今のユウリはそのときの何百、何千倍の熱を全身に感じている。火がついたわけではなく、あくまで神素による幻の熱にすぎない。だがそんな思考をできる余裕はない。

 何も見えない。何も聞こえない。声を上げることすら適わない。死の予感すら感じる暇のない、永遠にも思える苦痛。生命反応が熱源を抑え込もうとするが、人間の体がどうこうできる容量をはるかに超えていた。


 ユウリな何度も気絶し、その度に熱さで覚醒した。一瞬の間にそのサイクルが何度も繰り返され、一秒の経過すらどこまでも遠い。しかも熱は収まろうとはしなかった。それどころか、津波のように内から内から溢れてくる。

 そんなものがユウリの体内に収まりきるはずもなく、濃密な存在感をユウリ達の住む樹海全体に満たした。森の動物達は一匹残らず凄まじい圧迫感に包まれていた。野生動物というのは、どれほどの上位存在、例えば何百年も生きているような龍に睨まれたとしても、逃げるために隙を探し続ける。一瞬でも自身から意識が逸れれば、一目散に走り出す。逃げられると思っているのではなく、反射的にそうしてしまうのだ。

 だがユウリのプレッシャーを受けた動物は、その場でただただ震えていた。呼吸は細く、捕食者から逃げていた小動物、獲物を追っていた捕食者、そのヒエラルキーのはるか上空から踏みつぶされていた。


 そして、何者よりも近くでその圧を感じていた大男は、白目を剥きながらも意識を保っていた。彼は今にもその身を押しつぶさんとするプレッシャーに、十年以上前の邪龍のことを思い出していた。かの龍も凄まじい存在感を放っていた。それこそ正面に立つことすら困難なほどに。

 だが、そんなものとは根本的に別物。そう考えざるを得なかった。それほどに底知れない。

 ユウリが神素を放った瞬間、ユウリの体が爆発したように見えた。あれは恐らく、神素の暴走だ。一部の、常人をはるかに上回る神素量の者は時折、神素が暴走することがあるという。昔の友人もそれを経験したと言っていた。体外に神素が溢れて制御できなかったと。

 だとしたらユウリは、()()()をも上回る神素量ということになる。それは喜ばしき素質と言う他ないが、今はそれどころではない。

 俺程度の神素量でも、初めて体内で動かしたときは焼けるような熱を感じた。それならば今のユウリが感じている苦痛は凄まじいものとなっているだろう。それこそ、いつ死んでもおかしくないほどの。

 反省は後だ。神素を抑え込む、いやそれでは逆効果か。抑え込むには、俺の力はあまりに弱すぎる。ならば。


 ゴウキは震える手足を抑え、ユウリに歩み寄った。そして、そっとユウリの下腹部に手を当てる。

 今ゴウキがしようとしているのは、ユウリの体内の神素を全て排出させることだ。瞬間的な苦痛は現状を上回るだろうが、一度体内の神素を全て無くしてしまえば命だけはなんとかなるかもしれない。上手くいく保障のない、賭けの一手だった。

 と言ってもやること自体は単純で、ゴウキの神素を少しだけユウリの中に流し込む。そしてゴウキの神素でユウリの体内にある源を巻き取り、一気に抜き取ってしまうのだ。

 ゴウキは手のひらに神素を集中させ、ユウリの方へ押し出した。だが、ユウリの体内から溢れ続ける熱によってはじき出されてしまう。それならばと、密度を上げた神素を射出するが、むしろゴウキ側に押し込まれる始末だった。

 全く成功の可能性は見えなかった。それでも不思議なことに、ゴウキの中に諦めの気持ちは湧いてこない。なぜなら、ユウリのことを信頼していたからだ。これまでも困難を乗り越えてきた。ゴウキの想像を超える強かさで、今日まで生きてきた。この程度、不安すら覚えるようなことではない。

 何度も何度も、神素を射出し続けた。漫然と繰り返すのではない。ゴウキはユウリの思考に倣って、毎回射出方法を変えていた。より奥まで、より速く、より効率的に。ゴウキですら信じられないほど集中し、ユウリの熱で肉体を物理的に侵食されることによる痛みは全く感じなかった。

 鋭く、腕の内部全体を使って神素を矢のように細長く尖らせた。先端に、ユウリの神素を引き出す最低限の神素を込め、残りの部分は加速に消費させる。筋肉に神素を添わせ、腕を動かすそのエネルギーを使って射出する。全身全霊で加速した神素の矢が、初めてユウリの体にめり込んだ。が、すぐにはじかれる。

 希望が見えた。それと同時に、ゴウキの神素が尽きた。


 いや、まだある。今体を外側から覆っている神素。これを使えばもう一発分はなんとかなる。肉体を守る鎧は無くなってしまうが、射出に必要な数瞬は耐えるだろう。例えこれで体が消失するとしても。


 ゴウキは全身から神素を収集しようとした。その瞬間、ユウリの体から流れ出ていた圧が霧散した。


「なるほど。()()が恐れているわけですね。凄まじい。ですがそれ以上に、神々しい」


 その声はゴウキの真横から聞こえた。

 ゴウキの肉体は、皮膚がほとんど削れ、所々筋肉が剥き出しになっていた。限界を超えた体は自重を支えられるはずもなく、声の主を見る前に意識を手放した。


「それより、貴方」


「臭いですね」


 ゴウキは地面に倒れ込んだ。消える寸前の視界が、自身の腕の断面を見ていた。

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