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呪われ王女は理を超える  作者: 空史
第一章 目覚め
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第一章 第五話

 朝だ。ユウリはそう思いながらゆったりと上体を起こした。


 体を起こしてから数分の間は、朝だ、ということしか考えていられない。辛うじて働く頭の中は、朝という文字がクルクルと回っている。虚弱なユウリは心臓、血管、そういった諸々もかなり弱く、寝起きの悪さは一級品だ。

 だからと言って横になったままでは永遠に続く二度寝に陥りかねない。その結果、なんとか体だけでも持ち上げることは習慣として定着していた。これを身に着けるまでには様々な困難があったのだが、ユウリすら忘れていることなので割愛する。


 暗い室内で分厚いカーテンの向こうに見える微かな日光を眺めているうちに、少しずつ目が冴えてきた。頭が空腹を感じるようになったところで一つ欠伸をして、のそのそとベッドから這い降りた。体質云々を抜きにしてもユウリは眠ることが好きで、ひいてはあのベッドが好きだ。質の高い素材でなくても、あの形、あの匂いであれば十分なのだ。


 二つの理由で重い体を引きずって、なんとかクローゼットを開けた。

 クローゼットの中は、以前より少しだけ服が増えている。といっても色鮮やかなものや、お洒落な装飾がついているものは一つもない。それらは全て、ユウリが肌触りを気に入ったものだ。そして、そういった繊細な服は畑をいじったり、料理をしたりするのには向かない。

 ならばいつ着ているのかというと、必然的に寝る時である。


 ユウリはクローゼットの端の、ごわごわした素材の丈夫な服を取り出した。今着ているものはそっとクローゼットに戻す。そして、その上からいつもの遮光服を羽織った。

 この遮光服はもう長く使っているため、所々生地がへたってしまった。それでも効果が薄れることはなく、ユウリを陽光から守ってくれる。


 下の方で物音がした。恐らくゴウキも起きてきたのだろう。ゴウキは近頃ユウリの体調が良くなったためか、朝早いうちから森へ出るようになった。狩りの時間が増えれば純粋に肉や皮の量も増えるため悪いことではないのだが、その分一日の疲労も溜まりやすい。ゴウキがいくら強い体をしているとしても疲れは消せないし、少なからず危険はある。

 だが、これまでもその程度のことは経験してきたであろうゴウキを無理に休ませることは、ゴウキの努力とプライドを否定することになってしまう。ユウリの一声でゴウキは何が何でも休もうとすることがわかっているからこそ、それを言うことは適わない。

 葛藤した結果ユウリは、毎朝のご飯担当に自ら志願した。ゴウキにもそしてユウリ自身にも無理なく、その上で確実に役に立つことを考えれば家事が精々といったところだ。あくまでゴウキを支えるため、その目的が根底にある以上ゴウキを待たせるわけにもいかない。


 ユウリは早歩きで階段を降りた。下ではゴウキが大きな欠伸をしていた。とてつもなく寝起きの良いらしいゴウキは、欠伸一つで眠気が吹き飛ぶ。らしい。


「おお、今日も早いな!」


「ゴウキも。朝ごはんすぐ作るね」


「ありがとな!あー、いや、今日は俺が作ろう」


「なんで?」


「ちいと空気が怪しい。昼からちょっとした嵐になる」


 ゴウキは外に出た様子もないが、そう断言した。ユウリではわからない、なにかを感じて判断しているのだろう。そして、その予想が外れたことは一度もない。


「そう?じゃあ毛皮?」


 雨で狩りに行けないとき、それまでの狩りで貯まった皮をなめす作業をすることがあった。なめしの作業は工程こそ多いが危険は少ないため、ユウリも手伝っている。


「なめすのは今度でいい。今日は本格的に聖術を教えようと思ってな」


「聖術、私も色々聞きたい」


「そうか!じゃあさっさと飯にしよう!」


「うん。この肉切って」


「おう!」


 ユウリは自分選んだ肉とナイフを手渡した。にこにこと受け取るゴウキに、料理が好きなのかな、としか思わないユウリ。肉を切るのはゴウキに任せ、自分もスープの準備を始めた。

 水を沸かした鍋に、前日切った野菜の余りと、塩やハーブを入れる。このハーブというのが中々に難しく、入れないと薄味になり、入れすぎるとまずくなる。水の量、野菜の種類、肉の部位、その全てを考慮した上での調整が必要なのだ。

 今日のスープは葉物野菜がかなり多い。ハーブは少なめでもしっかりと味が付く、ような気がする。ぎゅっとした味になる小さな木の実のようなものを、皮を剥いて三粒。ピリピリと辛くなる小さな葉をそのまま。最後にすっきりした味になる手のひらほどの大きな葉。どれも名前はわからないが、商人から買った物らしいので毒はない。


 ユウリがハーブを少しずつ千切り入れている横で、ゴウキは分厚い肉をなんの抵抗もなく切っていた。精神的にではなく、物理的な抵抗である。なにもないところでナイフを下ろすのと全く同じ速度で切っているのだ。切った肉の幅はどれも一定で、断面は完全に平らになっている。筋なんかの処理も事前にしているわけではないため、ユウリが同じように切ろうと思えば倍以上の時間がかかるだろう。


「肉切り終わったぞ」


「うん。置いといて」


「他切るもんあるか?」


「あー、今日パン焼く?」


「おう!」


「お願い」


 ゴウキは作業台の裏の棚から冷えたパンを取り出した。保存が効くように乾燥させているため硬くなっており、そのままだとユウリでは食べられない。ユウリでは。ともかく、通常あのパンを食べるときは、スープやお茶に浸して食べる。それでも十分柔らかくはなるのだが、乾燥している分水分を吸いやすいらしく、ふやけきって食感は無くなってしまう。

 そこで、あのパンを味はそのままでふかふかにする方法がある。湿らせたパンを鍋に入れ、蓋をして温めるのだ。これをするだけでユウリでもそのまま食べられるくらいの硬さになってくれる。


 この方法は何年か前にゴウキが商人から聞き出したもので、その頃は体の弱いユウリに食べさせるために色々と工夫していたらしい。というか、体が弱い弱くない関係なく、普通の人間はあのレベルの硬さのものを易々噛み砕けたりしない。多分そこらの樹木よりも圧倒的に硬い。



 ゴウキがパンを加熱するところを無心で眺めていると、一つだけ奇妙なことに気が付いた。ゴウキは加熱台を使うとき、円陣に触れていない。

 色々教えてくれる日らしいのでせっかくならゴウキに理由を聞こうと思ったが、先にこちらを確かめるべきだ。一応鍋から手を離し、瞼を閉じた。すると予想通り、ゴウキの指に紐が集まっていた。昨日聖術を使ったときと同じ状態だ。やはり、聖具と聖術、そしてあの紐は深い関係がある。具体的になにかと聞かれれば、少し困ってしまうけど。

 そして紐を使って遠隔で聖具を使ったのだとすればもう一つ疑問が生まれる。それは、言葉と指の動きは必要ないのか、というものである。あれがなくとも紐を操れるのであれば、わざわざあんなことをする必要はないはず。


 次から次へと疑問は湧き出てくる。それらを少しでも理解すべく、ユウリは自身の持つ経験をフル活用して考えた。その結果一つの結論に至る。

 ギブアップだ。


「ゴウキ、加熱台触ってない?」


「加熱台?ああ、円陣にってことか。そりゃ触ってないが、待てよ。そうか。ユウリ!お前は本当に賢いなあ!」


「う、うん?」


 いつも唐突に大声を出すゴウキではあるが、慣れているユウリでも流石に驚いた。


「聖術と聖具のこと、もう気付いてんだろ?」


 ゴウキは物凄く嬉しそうに、そう聞いてきた。ユウリはここ数日で考えていたいくつかの疑問と気づきを思い浮かべ、曖昧に頷く。


「なんとなく」


「かぁー!お前は間違いなく天才だ!」


 ゴウキはわしゃわしゃと頭を撫でた。いつもよりも強くて、頭が揺さぶられる。若干目が回り、危うく熱湯が入った鍋を落とすところだった。


「おっと、悪い」


 ゴウキは頭から手を離す。余韻の眩暈がなくならない。


「それにしてもなぁ、そこに気が付くか!」


「そんなに、すごいこと?」


「あったぼうよ!まだ神素のことすら知らねえだろ?」


「なに?しんそ?」


「そこが凄いって言ってんだよ!」


 ゴウキは一層強く頭を撫でる。撫でるというよりも、頭を掴んで振り回している、の方が近いかもしれない。


「痛い」


 いつもは大人しく為されるがままになっているが、流石に抵抗した。


「おっと」


 見覚えのある展開がもう一度繰り返されることを防ぐため、ユウリが先に口を開いた。


「しんそって、なに?」

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