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呪われ王女は理を超える  作者: 空史
第一章 目覚め
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第一章 第二話

「……うり……」


 遠くから誰かの声が聞こえる。いくつもの壁を挟んだことで曇ってしまったのだろうか。言葉の輪郭が曖昧になり、何を言っているのかはっきりしない。


「……ユウリ」


 頭の中で何度も反芻し、気づく。これは、私の名前だ。ならばこの声は私を呼んでいるのだろう。


「ユウリ!寝るんなら家の中ぁ入りな!」


「おかえり。今日はいつもより、大量?」


「おうよ。なかなか珍しいやつがとれたぞ」


「すごいね」


 いつも小動物を入れている麻袋はパンパンに詰まっており、牛のような大きな動物を抱えている。それは二メートル以上の身長のゴウキよりもかなり大きく、多分二倍はあると思う。

 ゴウキはそれらを小屋へと持って入る。解体し、物によっては長く保管できるよう下処理しているのだ。私だってその程度なら手伝えるのに、やめたほうがいいと一蹴されてしまう。少し試すぐらいさせてくれてもいいものだが、それについてはゴウキなりの何か考えがあるのだろう。

 試しに作業中の小屋に入ってみたこともあるが、見たことがないほど真面目な表情で叱られてしまった。何か大切なことを言われたのだろうが、そのときの話を思い出すことができない。いつも思い出すのは、心が凍りついてしまうようなあの表情だけだ。


 寝そべったままで最後の一伸びを堪能し、のそのそと立ち上がる。風は疾うに止んでおり、沈みかけの太陽が薄い青色を纏っている。確かに、少しだけ体が冷えた気もする。背中に付いた土を払い落しながら家のドアに歩く。

 小屋の前を通ると、分厚いドア越しに様々な音が聞こえてきた。恐らく生き物の体を解体しているのであろう音は、小気味いいリズム感があってゴウキの手際の良さを実感した。


 さて、夕食の準備をしなければならない。目標はゴウキが作業を終える前に完成させること。これまで成功したことがないからこそ、挑戦に意味がある。

 台所へ行き、野菜を保管している棚を開ける。少し前に採れた葉物がたくさんと、昨日ゴウキが買ってきた根菜やら豆やらがある。手を入れると空間そのものがひんやりしている。見た目が似ている野菜は味も似ているので、適当に葉物っぽい野菜を取り出す。隣の棚は肉が詰まっている。私が料理をするときはちゃんと白い紐の量を見て選べるため、ご飯の支度はできるだけ自分でするようにしている。


 透明な膜で覆われた生肉を取り出し、台所のまな板に置く。麻縄に繋がれたフックから垂れているナイフを取り、私でも食べやすいサイズに切り分ける。一つ一つが小さければ味がどうであれ、飲み込みやすくはなる。大体同じくらいの大きさに切り分け、肉用の鍋に加える。肉用の鍋、といっても野菜を入れてはいけないわけではない。ただ、肉を焼くときは必ずこっちを使わないといけないのだとか。肉の質を保つための膜を飛ばす必要があるから、らしい。

 一目見ただけでは普通の鍋との違いなどわからないが、じっと見つめていると薄っすらとオーラを放っている。気がする。まな板から肉を鍋に移し、加熱台の円陣に触れて火をつける。私は聖具を使えない体質らしいが、設置型のものであれば人間でなくとも使えるのだ。

 肉の表面が茶色がかってきたところで、取り出しておいた葉物をちぎりながら加える。野菜はナイフで切るよりもちぎったほうが美味しい。それに、あの硬い繊維に刃を通すのは中々大変だ。

 野菜を加えるとその水分で料理らしい音が鳴り始めた。この音にも慣れたもので、今では驚いて涙を零すこともなくなった。

 軽く塩とハーブを和え、器に盛りつける。簡単シンプルで食べやすい。最近辿り着いた料理の最適解だ。あとは穀物を練り上げてできたパンで夕食の出来上がりだ。


 かなり集中して作業していたため、いつもよりも早く終わらせることができた。皿をテーブルに運び、窓から外を見る。もうかなり日は傾いているようで、影は長く伸び、空は薄暗くなっている。これだけ暗ければゴウキも引き揚げるだろうが、一応声をかけておいた方がいいだろう。


「おっ、飯できたか!」


 キッチンの奥の部屋から、ゴウキがのそのそと歩いてきた。


「びっくりした」


 いつの間にか小屋から戻っていたらしい。一声かけてくれればいいのに。


「ん?まだ外にいると思ったか?これだけ暗けりゃ、流石になーんも見えんわ!」


「明かり、点ける?」


「おう!」


 窓を閉め、出入口にある円陣に触れる。じわじわと家の中の空間そのものが明るくなっていく。それはどこからともなく始まり、気づけば部屋全体に満ちる。

 その不思議な様子が子供に喜ばれると思ってか、小さい頃からよく明かりを点ける役を任されていた。だがユウリは、その光で満ちる感覚を好きにはなれなかった。どこから生まれたのかもわからない光が自分の体の中に流れ込んでくる、そんなイメージが拭えなかった。

 とはいえ明かりがないと生活できないこともわかっている。慣れてしまえば何でもないことなのだ。


「ゴウキ、いつ戻ってきたの?」


「ユウリが肉切ってる時だな!」


 想像よりも早い段階で帰ってきていたらしい。


「でも、なんでこっそり」


「あっはっはっ、そりゃあ、ユウリが集中しすぎて気づかなかったんだろ!」


「そう、かも」


 早く終わらせたと思っていたが、時間の流れに気付かなかっただけかも。


「いいことじゃねえか!」


「そう?」


「おう!じゃあ、ユウリ渾身の飯なんだし、さっさと食おう!」


「うん」


 できたてのご飯はまだ温かく、狙った味とは程遠かった。今回もどこかで間違えてしまっていたらしい。

 反省の念をゴウキに伝えようと思ったが、美味しそうに食べているゴウキを見て忘れてしまった。

 この森は年中気候が変わらない。穏やかで心地良い夜が、私たちを包み込んでくれた。

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