表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【ギリシャ物語】失恋。  作者: 銀糸雀
2/3

-2-

避けられている。

アポロンは、人々が挙って賞賛する完璧な造形の眉を顰めた。

完全に避けられている。

アルテミスを除けは一番親しい兄弟であり、彼にとってただ一人気の置けない友人でもあるヘルメスに。

心当たりは全くと言っていいほど無い。

…いや、本当は一つだけ、心の奥に引っかかるものがあるが、それはあえて見ないフリをした。

オリンポスで顔を合わせれば挨拶をするし、特に表情を崩すわけでもない。

しかし、二人の間に目に見えない障壁があり、ヘルメスがそれ以上踏み込んで来ないのを、アポロンは感じた。

「悩んでいても始まらない、か…」

アポロンは取り合えず、彼を呼び出す手段を考えた。


「…アポロン!お届けものだよ」

机に向かって羊皮紙にペンを滑らせていたアポロンは、久々に聞く懐かしい声に振り向いた。

息子さん(アリスタイオス)から、珍しい蜂蜜だって。いや~、親孝行だねぇ」

楽しそうにくっと帽子のつばを持ち上げるヘルメスの笑顔は、まさに完璧に自然体であり、異常などないように見える。

多分、自分以外には。

「ああ、ありがとう」

立ち上がって、一歩そちらに近付く。

目に見えないほど僅かに、彼が体を強張らせる。

ああやはり、相変わらず、か。

アポロンは歪んだ笑みを浮かべる。

その手から蜂蜜の入った壷を受け取ると、ふっとその力が抜けるのが判った。


「じゃあ、僕はまだ他の仕事があるから」

くるり、と踵を返そうとしたヘルメスは、ケリュケイオンを持っていない方の手をアポロンに捕まれて、ギクリと立ち止まった。

「な、に…?」

「ヘルメス…私は何かしたか?」

サファイアのような青い瞳が、憂いを込めて自分を見つめる。

「気に障ることがあったなら謝る。正直、お前にそういう態度を取られると…その、困惑する」

「…えっ?」

「いや、心当たりがないなら別にいいんだが…」

視線を逸らしてもごもごと言い募るアポロンに、ヘルメスは大きく瞳を開いた。

謝る、と言われたのも驚いたが、それよりなにより。

……覚えて、ない?

いや、もしかしたら、そうじゃないかと思ったけど。

あの後、ディオニュソスにもエロスにもはたまたアフロディーテにまでさりげなく探りを入れたが、自分に悪戯を仕掛けた形跡はなかった。

だが、アポロンが覚えていないとしたら、やはり魔法の力か。

彼も望まぬ行為をさせられたことになる。

「…なんだ、やっぱり」

くくく、と腹の底から笑いがこみ上げる。

「ヘルメス?」

「いや、君のせいじゃない、君のせいじゃないから。あっはっはっはっ…」

笑いが止まらない。

あの、情欲を宿して自分を見た男は。

…アポロンじゃ、ない。

笑って、笑いすぎてひぃひぃと痛む腹を押さえるヘルメスを、アポロンの白い腕がそっと支えた。

「…お前、大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫。ってか、はっ…息が、でき……」

やばい、と思った時はもう遅かった。

ヘルメスの意識は、ふっと闇の中に沈み込んでいた。


「彼…最近…無理を……」

「すまないが…に頼んで…」

若い女性と、男性の声が交互に聞こえる。

水中をゆらゆら漂っているような、覚束ない頭でヘルメスは考えた。

あれは、アポロンの声か。

そう、自分が気に障ることをしたなら謝る、と言っていた。

君が謝る必要なんて、全然ないのにね。

あ~あ、なんで妙なところ真面目なんだろう。

ヘルメスはうっすらと瞳を開いて、自分がアポロンの寝室にいることに気付いた。

やがて、心配を押し隠した白い彫像のような面が、自分を覗き込む。

「なに、笑いすぎて酸欠で倒れちゃった?僕」

みっともないな~とヘルメスが笑うと、アポロンは眉間に微かに皺を寄せた。

「過労だ、寝ておけ」

「いやいや、それはないって。まだ伝令の仕事残ってるし」

「…医療の神たる私の見立てを疑うとでも?」

親父ゼウスにはイリスに伝言を頼んでおいたし、休まないなら寝台に括りつけるぞ、とアポロンが言う。

「はいはい、恐いな~アポロン様」

とふざけた返事を返して布団に潜り込む。

やがて、ヘルメスの耳に、紙を積み上げるパサリという音が響いた。

首を起こすと、寝室の隅にある机に、アポロンが書類を運び込んでいた。

「…まさか、ここで仕事する気?」

「見張っていないと心配だからな。もし…私が傍にいると気が休まらないと言うなら別だが」

そこまで気を回すなよ、と言ってやりたくて、でも、やはり休まらないのは本当だろう、とヘルメスは思う。

「ただ寝てるの退屈だからさ。寝物語でもしてよ」

「子供か、お前は」

「いいじゃん。…じゃあさ、この間まで付き合っていたニンフっていうのは?」

アポロンの様子がおかしかったことの手がかりになるかも、とヘルメスは話を進める。

「ねぇねぇ、どんな子?美人?」

「変な興味を持つな」

さらさらと手を滑らせながら、アポロンが返す。

「君に振られたのを慰めるフリをして…っていうのもいいだろ?」

「……」

「あ、もしかして、アルテミスに似てる?」

「…いや、姉上には似ていないな」

アポロンはゆっくり呟いた。

「髪の色は?」

「薄茶。ちょっと灰色掛かって、綺麗な癖のない髪が腰まであって…」

「ふ~ん。確かに君の好みとしたら珍しいねぇ」

「肌が白くてすべらかで。それに瞳がとても美しかった。あんなに透き通った宝石のような目はそうはないよ」

それは本人を探すのに役立ちそうだ、とヘルメスは目を細める。

「それは、何色の…」

ガタン、と音に言葉が遮られる。頭を捻って見ると、アポロンが椅子から立ち上がって机に手を付いていた。

「…この話は、やめよう」

悪いこと聞いたみたいだな、とヘルメスは苦笑する。


「ねぇ、アポロン。もしも、記憶がない間に酔った勢いで僕を押し倒した、って言ったら信じる?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ