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老人の死体は次の日の朝にはきれいに片付けられていた。ほっとしてカジュオウを起こす。そこでふと気になったことを尋ねた。
「どこで怪物たちのこと知ったの?」
カジュオウは首を傾げた。カジュオウの話はいまいち要領を得なかったが、怪物の姿を見たらなんとなくわかるらしい。『糸』の力だろうか。
まあとにかく安全な場所に来ることができてよかった。ここならムラ人も数百人はいるし、怪物に襲われても逃げられるだろう。
しかし、ここに来る途中で何度も川に落ちたせいで食糧や衣類、化粧品がひどい様子になっている。市場で買い足さないといけない。ふとカジュオウの方を見るとカジュオウには汚れひとつない。やはり私が持っている力とは、大きさというより質的にも違うように思える。おそらく私のもつ力は、とりあえず便宜上『糸力』と呼ぶが、これはカジュオウとは異なる力だと思われる。昨夜ムラ人たちよりを見た時に、はっきりと私が持つ力と彼らの持つ力の差がわかった。ムラ人たちも私ほどはっきりとではないが、『糸』の存在を感じ、利用しているのだろう。しかし、カジュオウの力は、その存在は感じるが、私にはその大きさが推し量れなかった。そのため、カジュオウの持つ力はやはり私の持つ力とは異質な力なのだ。
それと、ここのムラ人たちはカジュオウの存在を『糸力』で捉えているようである。まずムラ人たちは私たちが村に近づく前から私たちが来ることを察知し、歓迎の準備をしていた。もっとも、布団を一組しか用意していなかったり、カジュオウの入った籠を背負う私をカジュオウだと認識していたりなどその精度はあまり高くないようではあるが。そこで私はカジュオウをここに残し、市場に買いに出かけることにした。私はお買い物が好きなのだ。それに全員に跪かれても居心地が悪い。私は暴君ではないのだ。
「じゃあカジュ、ちょっとだけでかけてくるね」
そう言い残すと私は裏口からこっそりムラの市場に向かった。
このムラは森の中にしてはかなり大きい。市場を歩いているとよりそう感じる。人で賑わっていて少し歩きづらいと感じるほどだ。衣類を扱っている様子の店があったので立ち寄ってみる。私は少しカジュアルな服装が肌に合っているのだ。服を見ていると店の奥からでっぷりと肥えた、腕が3本ある中背の男がにっこりと笑って声をかけてきた。
「YA!えらくべっぴんさんなお嬢ちゃん!見ない顔だね。今日はどんな服を買いにきたんだい?」
私は自慢の笑顔で答える。
「Hi!でっぷりさんなおじさま!容姿に関しては両親に感謝しています。わたしカジュアルでシンプルな服装が欲しいの。」
おじさんは不思議そうな顔をした。
「カジュアルでシンプル?どうしてだい?君みたいな若くて可愛くてスタイルがいい子なら、どんな服だって似合うだろうに。」
私は、私についてほとんど唯一自慢できない胸をはって答えた。
「若くて可愛くてスタイルがいいからに決まってるでしょう?私みたいな女の子はね、あえて地味な格好をすることで普通の女の子との差を見せつけるのよ!」
小さすぎる鞄を持つ女の子、リップしかつけずに大学に通う女の子、上下ジャージでバイトに行く女の子、その全ての行動はこの考えに基づいている。
おじさんはニヤリと笑った。
「気に入ったぜ。おまえさんには特別に特注で服をプレゼントしてやろう。」
服が完成するには小一時間かかるというため、先に他の店に行くことにした。
隣の店には化粧品、アクセサリーが売っていた。こんな森の中で、よくもこんなに化粧品を集められたものだ。店には品の良さそうな小綺麗なマダムが座っている。マダムは細長い顔を30度傾け、小さい口を尖らせ、目を細めながら近づいてきた。
「あらあ、あなたそこそこの顔ね。」
「なんですって!」
反射的に答えると同時に気づいた。マダムではない、ムッシュだ。足元を見ると濃いすね毛が生えている。なぜこのような男性は脛の手入れをしないのだろう。きっと筋トレを始めた男性が上半身のトレーニングに集中し、足のトレーニングがおろそかになってしまう事例が多々発生するように、男性というのは自身の上半身までしか意識が行かない性別なのだろう。
「ディ・オールのアディクトリップマキシマイザーが欲しいんだけど!どうせないわよねこんな店!」
自慢の顔を貶されたことでつい攻撃的になってしまった。
「あら、あるわよ。」
なぜ、森の中のムラにアディクトリップマキシマイザーがあるのだろう…。やはりディ・オールは全世界の女子の憧れということなのか…
「失礼なこと言ってしまって本当にごめんなさい。あなたはどんな場所にも女性の憧れを届けようとする化粧品屋の鑑よ。」
私は腰を深くおり、潔く陳謝の意を表した。
「いいのよ、私こそごめんなさいね。かわいい子には意地悪したくなっちゃうの。」
「そんなこと全然気にしてないわ!過去のことじゃない!」
私は気分よく店を出た。こっそりとアディクトリップマキシマイザーの68番をポケットに滑り込ませて。
「ディ・オール!ディ・オール!」
ディ・オールのリップを手に入れたら正直あとは何を買いたかったのか忘れてしまった。
「あとなんだっけっと」
そういえば食料は買い足さなくてよくなった。糸に触れれば食料を取らずとも生活できるからだ。だから私は専ら好物しか食べない。お寿司とかないかなあ。おっと、ディオールのリップつけてお寿司を食べたらパパ活女子って思われちゃう!ぴえん!
魚屋さんに行くと店の前には人だかりができていた。どうしたんだろうと思い、近くにいた私ほどではないが髪の長い可愛らしいおばさんに声をかけてみた。
「ねえねえ、なんでこんなに人が集まってるの?」
「珍しい魚がいっぱい獲れたらしいの!初めて見る魚がいっぱいよ!」
覗いてみるとそこにはアジやサバ、マグロなど、川では獲れない海水魚が飛ぶように売れていた。鱶王の影響かなと思いつつ、なんだかあの川の近くで獲った魚というだけで気分が悪くなるのでその場を後にした。しばらく街をぶらぶらし、一通りムラの様子を見たところで先ほどの太ったおじさんの店に戻った。
「そろそろできた?」
おじさんが汗をダラダラ流しながら近づいてきた。意外と体臭はしない。
「おそかったじゃないの。もうとっくにできあがってるさ」
おじさんが服を取り出すと、そこには理想的な無地の上下ジャージセットがあった。
「す、すごい…」
おじさんが三つある腕を器用に使って頭頂部、鼻の先、マスをかきながら得意げに答えた。
「ふん、こんなもん俺にかかれば朝飯前よっ。いいから早く着てみてくれ。こいつも早くお前さんに来てもらいたがっとるわ。」
私は更衣室を借り、その服を着ると、お店にかかっていた大きな全身6面鏡の中にたった。
「すごい、全身余すとこなく見れる…」
本当にすごい、この店は私のためにあるような店だ。
「おじさん!ほんとうにすごいわ!私のぱっちりとした切れ長のお目めも、高すぎずちょうどいい忘れ鼻も、形がいいふっくらとした唇も、このきれいなフェイスラインも、小さなお顔も、長い首も、骨格ナチュラルの体も、ちょっと癖のある黒髪も完璧に引き立てられてるわ!」
おじさんは自慢げに言った。
「ふんもういいよ、お代はいらねえ。俺のキャリアはこのためにあったのかもなあ」
私はついでに店先にかけてあったベージュのキャップを被りお店を後にした。
「ありがとう!おじさん!」
村長の家(私が殺したから今は私の家?)につくと、カジュオウがにっこりと迎えてくれた。
私は今日の戦果を報告した。
「私ってやりくり上手かも!」