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ハオ  作者: 肩に釜屋は
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「はやく川から離れて!」

カジュオウは今にも籠から飛び出そうとしている。

「大丈夫」

そう言いながらどんどん川を登っていく。何より鱶王は私より岸の近くを泳いで追いかけてきているから、河岸の石に飛び移ると同時に、石ごと私たちは食べられてしまうだろう。


すると突然、猛烈な異臭が鼻をついた。胎辱暗母の縄張りに足を踏み入れたということだろう。先ほどまでの赤い川とは一変して、川の水面は緑色に泡立っている。雨は上がり、代わりに濃い霧があたりに漂っている。あまりの匂いに私は『糸の始点』を踏み外した。

「まずっ、、」

必死で石にしがみつく。しかし鱶王はすぐそばだ。あ死んだ。しかし鱶王は私たちに襲いかかることはなかった。のたうち回っている。なるほど、サメの嗅覚ではこの匂いはさぞ苦しかろう。サメは100万倍に薄めた血の匂いを嗅ぎ分けることができるというのは本当だったのかと、こんな時でも眉唾なトリビアを思い出す自分の脳の優秀さに感謝する。

ちょっと落ち着いて石の上に上がる。すると彼女がいた。おぞましい。悍ましいという言葉以外でその姿は表現できないだろう。めっちゃキモいとかでもいいかもしれないが。なぜ彼女と分かったかというと、女性の乳房が体全体に付いているからだ。ベースは人間なのか?とりあえず全身が溶けている。ありえない場所から髪の毛が生えている。頭部はバナナのように歪んだ形状をしている。なにより特徴的なのはおそらく足と思われる部分の間から生えている袋状の機関である。有機物でできた、ドブ川から拾ったラッパのようなその袋は、彼女が動くたびにぐちゃぐちゃと音をたて、しかもその容貌に似合わず機敏に左右に動いている。そして、袋の周りには非常に長い毛が生えていて、その毛の束のいくつかは無規則にうねうねと蠢き、そのほかはトグロを巻いている。

「よけて!」カジュオウが叫ぶ。

トグロを巻いていた髪の毛の束が蛇が獲物を仕留めるような動きでこちらにせまってくる。瞬時に今いる石から川下の方の石へ後ろ向きに飛ぶ。着地と同時に、カジュオウの不思議な力によるものだろう、突然体に急激な重力を感じると、私は再び川に落ちた。刹那、私が今まで立っていた足もと、脛のあたりを黒い物体が横薙ぎに通り過ぎていった。その速度からして、もし川に落ちていなかったら今頃私には、義足が必要になっていただろう。

「助かった!」

「まだ!」

正面から匂いに慣れてきて、活動を再開した鱶王が突進してくる!

慌てて石に乗り、さらに川下へ走る。そのまま岸を目指す。

すると、鱶王のくぐもった叫び声がきこえてきた。

やった!成功だ!

岸に上がり後ろを振り返ると、胎辱暗母の黒い毛が鱶王の全身を捉え、尾鰭の方からその袋状の機関に飲み込んでいくところだった。鱶王は暴れるが、黒い毛は体中にまとわりつき決して離れる様子がない。そのまま二頭の怪物は、緑の川底へともつれ合いながら姿を消した。

「助かった〜!カジュのおかげだよ!」

「あぶなかったね!…でもなんで僕のお家に悪神が入ってこれたんだろう」

たしかに、聖域の橋の下から聞こえてきた声は鱶王の声と同じであったように思える。それにしても、この子は一体なぜ怪物たちの名前を知っていたのだろう。あたりを見回すと先ほどまでの様子が嘘のように川の水は透き通り、空は晴れていた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

怪物たちとの邂逅からしばらく、川を離れて歩き続けると周囲がだいぶ暗くなってきた。そろそろ安全な場所にいきたい。先ほどのような怪物に襲われたら今度こそ命はないだろう。

「カジュ、この辺に村とかないかなあ?」

「僕はあの森から出たことがないからなあ。イルカの方が知ってるでしょ?僕イルカのお家行ってみたいな」

「私の村は聖域の近くにあるから…いまはあの辺りは危険だよ。あ、そうだ!」

辺りを見回し、その中で一際高い木に近づく。大きい木を登ることは簡単だ。木には大体枝の先に『糸の終点』がある。地面にある『糸の始点』を踏むと近くにある枝の先まで飛ぶ、そこからさらに高い枝へ、枝へと飛び移っていくと、木の頂上にたどり着いた。木の頂上からみおろすと、周りは一面真っ暗闇であり、月の光が一層明るく見えた。すると遠くに灯りが見える。ムラがある。あそこに向かおう。私は木を降りると、布で鼻から下を覆い、灯りがあった方に駆け出した。


30分ほど走っただろうか。我ながら大した体力である。ムラの周囲は大きな木の杭でできた柵で囲まれていた。門の方に向かうと衛兵が二名立っていた。私たちが近づくと衛兵はすでに片膝をつき、視線を地に落としていた。

『おうさまのおなぁ〜りぃ〜!!』

私は口元が緩むのを抑えきれなかった。幸いにもここのムラ人たちはこちらを見ていないから変に思われることはなかっただろう。

 門を入ると村の中央、少し高台になっている家、おそらく村長の家だろう、まで私たちが来ることがわかっていたかのように、ムラ人総員でお出迎えを受けた。

『おうさま、ばんざぁ〜い〜』

どんどこどんどこ。

太鼓の音が聞こえる。見ると地面に埋まった太鼓を跪きながら叩いている一団がいた。

ピーヒョロピーヒョロ。

笛の音が聞こえる。見ると地面に穴を掘りそこに向かって一生懸命に笛を吹いている一団がいる。

どの人も決してこちらを見ようとしない。戦時中の日本でもここまで天皇の顔を見ないことを撤退していたのだろうか。

またしても口元が緩みそうになるのを抑え、歩き区と村長の家に着いた。村長の家には、御簾が用意してあり、そこへ案内された。そこに腰掛け、カゴを下ろす。すると中から眠そうな顔のカジュオウが出てきた。

「今日はここで休もう」

そういうとカジュオウを御簾の奥にある通路から、扉を三つ抜けた先にある寝所へと連れて行った。ただの村長の家にしてはいたく大仰な屋敷だ。身分ある人物が訪れる村なのだろうか。

寝室には中心に布団が1組、壁にはなかなかの業物と見受けられる刀が三振りと、そこそこに芸術的な絵画が一枚飾ってあった。あいにく私はピカソくらい特徴的でないと、印象に残らない審美眼?を持っているのでこの絵もそこそこに特徴的だったという意味しか持たないが。その刀のうち一番しっくり来るものを一振り腰に携えると、カジュオウに声をかけた。

「今日は疲れたでしょ。おやすみ」

カジュオウが布団に入り、キューチクルな眠りについたことを見届けると御簾の裏に戻った。私は水浴びして、髪のキューティクルを引き締めなければ。

御簾の向こうには村長らしき人物が座っていた。なんの用だろう。

すると村長らしき老人がおずおずと口を開いた。

「カジュオウ様、この度の件まことに御愁傷様でございました。」

「無礼者っ!!」

私は老人を怒鳴りつけた。

「そ、そんな、私はただおばさまの…」

「ここのムラ人はなんと不躾な輩であろうか!」

私はドンと床を叩いた。するとかかっていた御簾がするりと落ちた。老人と目があう。

「あ…」

その瞬間老人の首は長年連れ添った胴体と永遠に別れることになった。

やっぱりナイスな刀だった。



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