命短し恋せよ乙女と君は言ったから、怖くなった
男視点ですが、異世界転生者がおります。ちょっと拗らせかもしれません。
俺の名前はクライス・シルフィールド。シルフィールド侯爵家の嫡男として産まれた。
両親は政略結婚だったが、そこまで仲も悪くない。俺には兄弟は居ないが、一つ年下の従姉妹が居る。
名前はヴィーラ。両親に連れられて我が家に来ると、彼女は金色の巻き髪を揺らしていつも走ってくる。
「クライスお兄さま!」
そして会えた喜びを伝える様に俺に抱き着いてくる。俺は「お兄さま」と呼ばれる事を嬉しく思っていたし、彼女を本当に妹の様に思っている。
ヴィーラは客観的に見てもとても可愛く、いずれ婚約者候補の釣書が山の様に来るだろう。少しモヤッとしなくもないが、ヴィーラにとって俺はあくまで兄で。だからこそ俺は絶対ヴィーラに恋はしないようにと誓っていた。
「ヴィーラ、もうそろそろお淑やかにならないとね」
「…あら、知らないんですのお兄さま。命短し恋せよ乙女、と言う言葉があるそうですよ」
そう言って笑ったヴィーラに、俺はドキリとした。彼女を女として見てしまった自分に気が付いたが、軽く頭を振って、その事に蓋をした。
「それなら俺はヴィーラに恋なんかしないで欲しいな」
命が短いなんて嘘でも、冗談でも聞きたくなかった。それは本当だ。でもそれがどうしてだったのか。この時の俺は分かって無かった。
「……やっぱり、運命は変えられないんですのね」
「…?ヴィーラ?」
俺は表情がゴソッと抜け落ちたようなヴィーラに焦った。良くない事を言ったんだと分かったが、ヴィーラはその日から俺を追いかける事は無くなった。
仕方ないと思う様に努力した。俺達は本当の兄妹じゃない。いつまでも子供の頃の様にベタベタしては居られない。
だけど、他に未来があったんじゃないかと思う自分が居る。あんな風に別れる事になったのはきっと俺が何かを間違えたからだって。ずっと悔いている。
そんな俺が魔法学院に入り1年が経っていた。
『新入生代表ヴィーラ・ファルント』
壇上に現れた女性は、金色の緩やかなウェーブの入った髪を静かに揺らして歩く。
男子達がざわつく。仕方ない。だって、大人になった彼女は、とても綺麗だったから。
凛とした姿で挨拶をすると、ヴィーラは一礼して幕に下がって行った。
俺は、自分でも理不尽だと分かっていたが、寂しさを感じていた。
ヴィーラが魔法学院に来るなんて誰も教えてくれなかった。当然だ。今の俺達はそんな仲ではない。
だけど思った。制服に袖を通した彼女を誰より先にエスコートしたかった、なんて。
身勝手な願いをした自分の額をゴチっと鈍い音で叩いた。
「ヴィーラは選びたい放題なのにどうして恋人を作らないの?」
ある日、カフェテラスで偶然聞こえた言葉に思わず足を止めた。
「あら、人聞きが悪いこと」
「私知ってるよ〜。何人に告白されてもヴィーラ同じ事言って断ってるって」
「知ってるならわざわざ聞くことでもないでしょう。そう言う事よ」
俺は今更出ていく訳にもいかず。何より会話の内容が気になって仕方ない自分の事を分かっていた。噂くらいは聞いている、ヴィーラ・ファルントは高嶺の花だと。
「大事な人と約束したから。なんて意味深じゃない!だ〜れ!?ヴィーラの大事な人って!」
『それなら俺はヴィーラに恋なんかしないで欲しいな』
思わず俺は席を立った。その音に驚いたらしいヴィーラと友人と目が合った。ヴィーラは俺が誰だか分かったのか、気不味そうに俯いた。
俺はヴィーラの席まで歩いて、その手を取った。
「ちょっと!」
「いいの、フィー。知り合いだから」
知り合い。
そう、俺と今のヴィーラの関係なんてそんなものだろう。
だけど、傷付いた自分に、そんな資格なんか無いくせに。吐き気が、した。
ヴィーラを連れて歩くとどうしても目立った。人目の少ないガゼボに連れて来た。ハンカチを出してベンチに敷くと、ヴィーラは戸惑いながら、しばらくして観念したように座ると口を開いた。
「大事な人と言うのは確かにクライス様の事ですが、それだけと言う訳ではないんです。ですから、クライス様が責任を感じる事はありません」
「…だけど俺があの日…」
あんな事を言わなければ、ヴィーラは今頃誰かと幸せに恋をしていたんじゃないか。そんな俺の考えを読んだ様にヴィーラは深いため息をついた。
「私の言った言葉を曲解しておかしな事を言われた事は確かにショックでしたけど。私、どのみち好きな人とは結ばれない運命ですの」
「……運命?」
「はい。そう言う呪い、と言っても」
「呪い…解く方法は無いのか?」
俺の問いにヴィーラは驚いた様に顔を上げた。
「信じてくれますの…?」
「当たり前だろう。お前がそんな嘘をつく訳がない。なんでもっと早くに言わなかったんだ?そうしたら俺は…」
「クライスお兄さまのそゆとこ、ですわ」
「うん?」
「にっぶいのに!変なとこで鋭くて!でもやっぱりにっぶいとこです!!」
「うわぁ」
にっぶいって2回も言われた。
「私が悪役令嬢だからですの!?だから大好きなのに恋をするななんて言われるんですの!?あんまりです!!」
「あくやくれいじょう?」
「言われたとおり恋してません!私、もう恋が出来る相手、おりませんもの!」
ヴィーラはぽろぽろと涙をこぼすものだから俺はぎょっとして思わず抱き寄せた。
「泣くな、な?俺が悪かったよ。お前に泣かれると昔から困るんだ」
「困るなら離して下さいませ!にぶちん!もう絶対好きになんかならない!!」
背中をバシバシと叩かれても、俺は離す気にちっともなれなかった。だって、凄く可愛い。泣いて、怒って、俺を好きにならないと、そう言ってるヴィーラは。
あの頃『どうしてお嫁さんにしてくれないの!?』と泣いてしまったヴィーラと、ぴったり重なってしまうからだ。
「俺は好きだよ」
「嘘つきに成り下がりましたの!?」
「なんでそうなる」
「私、好きにならないと申しました!ですからお兄さまも無理しなくてよろしいですわ!」
「うーん、先に謝っておくな。ごめん」
「っほら!お兄さまはまたそうやっ…んっ」
俺が素直じゃない唇を塞ぐと、ヴィーラは目を見開いた。
「え…、な、に」
「好きだよ。だから、好きになってくれないか」
そうだ、あの時だってただ俺はヴィーラが消えてしまうんじゃないかって。
「兄でも良いから、ヴィーラには笑顔で長生きしてほしいって、そう思ったんだ」
「……私、ずっと、クライス様が好きでしたのよ。クライス様が思いつかないくらいずっと前から」
命が短かったのはその頃の話ですわ、とヴィーラは何処か寂しそうに言うから、俺はその背中にトントンと優しく擦る様に触れた。
「でも私はもうヴィーラ・ファルントですもの!身体も丈夫ですのよ、だからきっと、クライス様を置いて逝ったりしませんわ」
意外と寂しがり屋さんですものね、と今度はヴィーラが俺の背を擦る。
「…そうだよ、寂しがり屋だ。だから絶対、置いて逝ったりしないでくれ」
「仕方ないですわね。恋した弱みですわ。約束、です」
後に聞いた話だが、この世界はヴィーラが生まれる前にやっていた『恋する魔法と呪いの魔女』と言う『ゲーム』を模した世界で。
『悪役令嬢』の『ヴィーラ』は『クライス』に『ヒロインに恋が出来ない呪い』をかける魔女と言う立ち位置なんだそうだ。
確かにヒロインらしき人物は居たが、入学挨拶をしたのがヴィーラの時点で話が破綻したらしく、王子殿下に見初められる事も無ければ、宰相の息子と意識を高め合う事も無く。当然俺にはヴィーラと言う最愛が既に居る訳で。
「なんだか気の毒な事をしてしまいましたわ…。希望の芽は騎士のクラッド様くらいかしら」
「…………いや」
アイツはお前に憧れているんだが、と言ってやれない狭量な俺を許してくれな。
晩年もおしどり夫婦だった二人は、孫、曾孫達に囲まれながら、約束を守るように小指を絡め、息を引き取った。
「お前の方が早くなかったか?」
「言いがかりです!私の方が貴方を絶対に看取りました!」
読んで下さってありがとうございました!