はねにえ夏休み
夏休みが始まる数日前。火華が学園の中庭でゴソゴソと旅行パンフレットを弄っていると、ラズやヨウ、嗣実のいつものメンツがぞろぞろと集まって来た。
「火華ちゃん〜〜僕らに内緒で旅行行くつもりだったの?」
「まぁ…うん。毎年1人で旅行行ってたからね。今年も1人で行く……」
「今年は僕達と旅行行こうよ!!ね!!!」
予定だったと最後まで言う前にラズが一緒に行こうと言ってくれて正直助かった。なんせ、誘い方が分からなかったのだ。
ラズ達はだいぶ前から旅行の計画を立てていたらしく、今年は山も海も行ける田舎……という辺鄙なところに行くらしい。
どんな場所かと訪ねるとここから電車で7時間くらいかかるらしい……とは言え、流石に行きも帰りも電車移動はキツイので夜行バスで近くまで行ってから電車移動して目的地に行く予定だそうだ。
「えーっとね〜〜こんな感じのとこに行くの」
「…………あ〜……そう…やめようここ行くのは」
辺鄙なところ発言は撤回する。行き先は見覚えしかないとこだった。
「え〜やだよ〜だって良さそうじゃない?」
「火華ちゃん。この場所知ってるの?」
嗣実の問いに火華は少しだけ言い淀んだ後、口を開いた。
「私の地元」
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電車を降り、懐かしの……クソみたいな……地元の駅から出た火華は3人の方を振り返り「電車で言ったこと覚えてるよね?」と言う。
「僕は髪を白く染めておく!」
「火華ちゃんを旅行中は華火ちゃんと呼ぶ!」
「後は、火華ちゃんの正体がバレたら別行動だったよね?」
「うん。その3つは絶対守って。特にラズくん!!!絶対蒼い羽根を見せちゃダメ!!!」
ラズと火華は髪を上から下まで真っ白に染めている。火華特製の髪染めは簡単に取れて簡単に染め直せるので、夏休みの旅行後直ぐに蒼髪に戻せるからとラズを説得して、染めて貰った。
確認を終えた後、まずは宿へ向かう。2泊3日だ1日目は海、2日目は山、3日目に街?村?の観光と土産を買って帰るという予定だ。
という事で……
「「海だぁぁぁ!!!!」」
はしゃぐラズとヨウを横目にビーチパラソルを開いて日焼け止めを塗る。嗣実さんも2人に続いて海に向かって行った。ビーチはポツポツと人がいるが、賑わっているとはとても言えないような感じだ。
「か……華火ちゃん!泳ご〜!!!」
ラズが海から叫ぶ。まぁ……せっかくだし多少泳ごうかな
「火華ちゃん水着可愛いねぇ」
「ヨウさんがいるから露出の少ないワンピースタイプにした」
「ちょっと待ってヨウさんがいるからって何?」
「女の子の水着の感想もスっと言えない人に言うことはありません」
「ごめんね!?俺も可愛いと思うよ」
「そう…ありがとう」
ヨウをいつものように扱いながら……ラズを置いて沖の方まで泳いで行く。ヨウもラズも嗣実も顔がいいのだから正直……そう…なんというか……目の毒である。いや保養?
当たり前のように体格も良くて顔もいいヨウと嗣実も、普段無邪気な子供みたいなのにちゃんと男の子みたいな体格なラズも、私には刺激が強すぎるのだ。
一通り泳ぎ終わった後は、海の家で食事を楽しむ。いつものBARや学園とはまた違った感じで楽しかった。
食事が終わると、嗣実が水着などを入れた袋からバレーボールを出す。ビーチバレーに使うような軽いヤツだ。ササッとラズと協力してビーチにコートの線を引き、ヨウがネットを張った……あんな大荷物どこに入れてたのか…
「ヨウさん足引っ張らないでね」
「華火ちゃんこそ頼むよ?」
「嗣実さんよろしく〜!」
「頑張ろうねラズくん」
2対2で始まったバレーボールは、青春漫画のようにいい試合をできる訳もなく、運動神経の悪い火華が足を引っ張ってヨウがボコボコにされ、大敗するという結末を迎えた。
「ヨウさん生きてる〜?」
「……か…華火ちゃん……お願いだからカバーして…」
「いやもう終わったよ〜?大敗北」
ゼェゼェと肩で息をするヨウを連れて、嗣実は一足先に宿に戻る。火華とラズは2人でネットやパラソルの片付けをして、忘れ物がないかを確認してから宿に戻った。
「オレ、復活!!」
宿に戻るとやたらと元気いっぱいのヨウがハイテンションで叫んでいた。何事かと嗣実に聞くと、どうも水と酒を間違えて飲んだらしい。
火華がまだ残っている酒をペロッと舐めると顔をしかめて残りを流しに捨てた。
「かなり度数高いよこれ……不味いし…よく飲んだね」
「火華ちゃん…お酒飲んで大丈夫なの?」
「火華ちゃんはマスターの所でよく味見係してるし…まぁ」
「ん?……ヒソヒソどうかした?」
「いや特に?」
ヨウが高いテンションのままラズに絡み、嗣実と火華がヨウを引き剥がした。
「そういえば!火華ちゃん!!」
「縛れ。簀巻きにしてしまえ」
大声で火華ちゃんと発したヨウを3人で布団に包み、芋虫のように動けない状態にして口を塞ぐ。なんだか犯罪現場みたいだな……
幸い、廊下や外には誰も居なかったため、火華と呼んだヨウの声は誰にも聞こえてなかったようだ。
「はぁ……酔いが冷めるまでとりあえずこのままにして……私はお風呂行ってくる」
「ラジャー!僕達は部屋のお風呂使うからゆっくりしてきて〜」
ラズに送り出されてお風呂に向かった。
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お風呂から上がって浴衣に着替えた火華が部屋に帰るとヨウが
簀巻きから解放されて項垂れていた。まぁ落ち着いてそうだし何も言わない。
ヨウさんは今からお風呂に行くらしい。他2人は浴衣に着替えてゴロゴロ寛いでいる。
「そういえばこの髪の塗料?凄いね。シャワーで勢いよく流しても全く落ちない」
「まぁ……専用の道具というか、液体か。落とすための液体があるんだけどそれ以外では取れないよ」
「そういえば、華火ちゃんとラズくんは、なんで白髪にしたんだい?俺らはそのままでもいいんだろ?」
「あーっと……」
「…………まぁ色々あるんだよ。私の地元は。クソみたいなしきたりというか、白羽根信仰みたいなのが」
苦い顔をした火華の後ろから、タイミングを見計らったかのように食事の準備が出来たと女将が呼びに来た。「はーい」とラズが元気よく返事をして、降りていくのに火華はついて行く。嗣実はあとからヨウを連れていくと言って部屋に残った。
かなり豪華な食事に舌鼓を打ち、4人は満足気に部屋に戻る。火華は部屋に着くとすぐに床についた。男子共は暫くはワイワイはしゃいでいたが、適当な時間になると各々眠りについた。
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次の日朝早く。火華は他3人を叩き起し、山登りの準備をする。手早く4人分にまとめられた荷物をそれぞれに渡していき、宿の裏にある山に向かった。
「結構高い山だね」
看板を見てヨウがそう呟く。まぁ……そこそこの高さはあるが、初心者用ルートで軽い登山にする予定だし、大丈夫だろう。
「お、見てみて初心者用ルートと通常ルート、上級者用ルートがあるみたいだよ!どうせなら上級者用で行かない?」
「危ないからダメ。そのルートはほんとに危険だし今の装備じゃ無理。今日は初心者用ルートで行くの」
「華火ちゃん、めっちゃ詳しいね」
「まぁ……うちの山だしね」
何を隠そう、我が家の所有する山である。無くても困らないし要らないけど。
少し愚図るヨウを引きづって初心者用ルートに入った4人は特に危なげもなく山頂まで辿り着いた。
「「やっほ〜〜!!!」」
「やまびこだ」
ラズとヨウが並んで叫ぶと遠くから同じ言葉が返ってくる。2人が山頂を堪能している間に……3人だった嗣実さんも遊んでるわ。
いい感じの木陰を探してシートを引き、作ってきたご飯を用意する。と言ってもおにぎりやサンドイッチなんかの簡単なものしかないが……あんなはしゃいでる奴らのお腹が脹れるだろうか?無理な気がする。
「……お昼だよ〜ご飯にしよう」
「今行く〜ほらヨウ。ラズくん行くよ」
嗣実に言われてこちらに駆け出して来たラズは「美味しそうだねぇ」と言いながらおしぼりで手を拭いて、近くのおにぎりを食べ始める。ヨウと嗣実は雑談しながらこっちに来て、おしぼりを渡すと同じように手を拭き、ヨウはおにぎりを嗣実はサンドイッチを食べ始めた。
多めに作ってきたつもりだったが、予想通りあっという間に無くなり、少し足りなさそうだった。
「満足したなら帰るよ?」
「まぁ……楽しく遊んだしもう下山でもいいけど」
「さんせ〜」
「美味しかったけどちょっと食べ足りないしね」
という事で少し休憩してから下山した。1時間程度で宿まで戻った4人は荷物を片付けて、ブラブラと村の散策をする。海辺は土産屋などがあって思ったより都会に見えるが、少し村へ入ると田畑や山、小川が目立つ。The田舎といった感じの景色だ。
適当に食べ歩けそうなものを商店で買い、小川でパシャパシャと水を跳ねて遊ぶ。ふと、ラズが不思議そうな顔で顔を上げた。
「華火ちゃん。あれなに?」
「あ〜……廃線になった線路だね。もう列車も通らないし、線路以外ほんとに何も無いよ」
「行ってみたい」
線路まで2人でいく。ラズが線路の上をフラフラと歩いている。なんだっけ……あの…曲の風景みたいな感じ。分かんないや。
「特になんにも無かったね」
「なんにも無いって言ったよ?」
「確かに」
小川に戻るとヨウと嗣実は小さめのスイカを頬張っていた。何でも、通りすがりのおばさんが友達と食べなとくれたらしい。火華とラズも置いてあるスイカに手を伸ばし頬張る。甘いスイカが夏を引き立てる様な気がした。
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昨日と同じように宿に帰ってお風呂を終えた火華達は布団を引いてカードゲームを楽しんでいた。
「そういえば、華火ちゃん彼氏できた?」
「急にそんな話する?」
「夏休みの学生の定番だろ。恋バナは」
それは女子だけとか男子だけとかの泊まりでする事であって、こういう時にはしないと思うのだが?まぁそれはいい。問題はどう答えるべきか、だ。
「彼氏なんか居ないよ。てか要らない」
「ほーん……そんなもんか」
「そんなもんだよ。あとヨウさんそれダウト」
「待って!ストップ!!」
トランプを無駄口叩きながらやるとこうなるのだ。ヨウは一気に増えた手札を抱え、ついでに頭も抱え始めた。
「華火ちゃんありがと〜僕はアガリ!」
「俺もアガリだから後は頑張ってね華火ちゃん」
「オレの味方は居ないのか……」
「いやその手札量じゃ上がれないでしょ。あと残りの私の手札2枚ともジョーカーだから勝ち確だよ」
「グハァ!!」
ヨウさん、割と顔に出るから分かりやすい……まぁ1番顔に出るのはラズくんだけど、そこはみんな手加減して上手くバランスが取れていると思う。
とは言え負ける気は無い。本気でやるのだ。
この夜は火華の勝ち越しでカードゲーム大会は終わった。悔しそうなヨウさんを横目に久々に優越感に浸れた。
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3日目はそれぞれがのんびりと起きてきた。火華が1番最初に起き、みんなが起きてないうちにと、お風呂に入ってのんびりスマホを弄る。
暫くすると嗣実、ラズ、ヨウの順に起きてきた。暫く4人ともスマホをポチポチ触り、9時頃の朝ごはんを食べて、村に出かける。村をぶらぶら歩いていると、「そういえば……」とヨウが口を開く。
「華火ちゃん。なんでここ来るの反対したの?いいとこじゃん」
「表面上はね。あと、ラズくんと私の髪がこうだからいいの。初日にちょびっとだけ話したけどこの村には白羽根信仰的なのがあって……」
知らぬ間に村の奥まで来ている。この先は山道のようで、周囲に家屋は見当たらない。確か山道を登ると神社があるとか……観光名所的なものに書いてあった覚えがある。
「まぁ……要は白い羽根以外の羽人は迫害される村なんだよここ。ヨウさんたちは羽根じゃないから羽人も歓迎って感じのいい村に見えるけど、仮に、もし、私とラズくんがいつもの髪で来てたら酷い目にあってるよ」
見たことも無いような澱んだ目で火華が話すのを聞く。ようやく電車内で話してた事の合点がいった。
そうこうしている内に神社に着いた。見上げるほど長い階段を並んで歩いていく。1番上にはそこそこの大きさの鳥居と本殿。少し横に逸れたところに家があった。
「一応縁結びの神社だよ。ここ」
「へぇ〜」
火華以外は財布から5円や10円を取り出してお参りをする。火華は鳥居を潜らず、階段の上で待っていた。人のいない神社のなんとなく神秘的な雰囲気を暫く味わい、4人は階段を降りていく。
火華は村の方に戻るまで終始ソワソワしていたが、まぁそんな日もある……
「いや、神社実家だから。なるべく親には会いたくないし、本殿にも行かなかったんだよ」
「あー……」
ヨウさんが少し苦い顔をする。大体の羽人が実家に帰ったりしたくないだろう。というか、学園に居る人は大体家に帰りたくない人達だと勝手に思ってる。
私は帰りたくないのであの学園を卒業したら……一人暮らしでもするかな。出来れば、みんなとの繋がりが残ればいいなぁ…
「宿のチェックアウト12時だけど……これ間に合う?」
「……あと5分しかないね?」
「走れ〜〜〜!!!!」
ラズの合図で4人とも走り出し、なんとか時間に間に合った。出かける前にチェックアウトしておくべきだった……疲れた…
海辺へ行き、そこらの定食屋さんで昼食を食べる。田舎特有の本数の少ない電車を待ちつつ、撮った写真などを眺めている。
電車に乗り込んだ4人は、あれが楽しかった。あそこも見に行けばよかったなど写真を見ながらわいわい話しながら帰って行った。
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夜行バスからおり、午前5時頃の夏にしては涼しい風が吹く中、3人と別れ、火華は帰路につく。カバンから取りだした小瓶の蓋を開け、髪にパシャパシャと小瓶の液体をかけると真っ白だった髪がいつもの赤色に戻り始める。
「ラズくんには多めにあげたけど足りるかな……?」
まぁ足りなければ連絡来るだろう。それにほっといても2週間もすれば元に戻るから大丈夫だ……大丈夫だよね?若干心配しつつ、家に着いた火華は片付けも程々にベッドにダイブしてスヤスヤと眠りについた。