子丑寅卯辰巳午未酉申戌亥
宴会好きな神様の、こんな話が巷で話題になっているそうだ。一年のうちの王様となる動物を、元日に決めようといった。一月から十二月までの、十二種の王が決定するというらしい。集まった順から早い者勝ちだと彼は仰るので、すべての動物が躍起になっていた。おいおい早い者勝ちかね。王様の決め方がそんなふざけた争い方でいいのかね。まあ、いいや。神様のお好きなように。
俺様は王様になるなんてどうでもいいと思っていたよ。あのころまではね。しっかし、あの人間よりも阿呆なワンコロの瞳が輝いているのを見てみろ。人間に媚びへつらうことしかできない生まれついての下等生物に、俺様がしてやられて良いわけが無い。圧倒的に差をつけてやらねばならない。完膚なきまでにぶちのめしてやらなければ、気が済まない。
大晦日から向かい始めたお利巧もいたらしいが、そんなことはする必要がない。当日で間に合うというのに、なんでわざわざ前日から準備するというのだね? こういう努力家がひょんなことから負けるのを見ると、笑いが止まらないものだよ。
順番をもう知っている奴らもいるだろうから、話してやるよ。子丑寅卯辰巳午未酉申戌亥。俺様は、この順だったと記憶しているね。まあこの順を覆してやったのが、俺様だったってわけだが。いいぜ、順番に紹介してやらぁ。
まずはちょこざいなネズミ。一等賞はこのお方だった。どうしてこんな微力なチビが一位なんだとほざいちゃいけねぇ。なんてったって、生来からの詐欺師でおられるからな。俺様も驚く商売上手だ。二位のベコ野郎との掛け合いを見て、紹介してやろうじゃないか。
次におわします頑張り屋なウシ。二等賞はこのお方。先ほど言った努力家の道化だよ。キャキャキャ! 笑われ上手の、自覚がない道化というのはどうも面白くってたまらねえ。奴は前日から会場に向かって、まだ扉の開かないうちに寝ぼけ眼で待っていた。そんな熱心な奴は他にいなかったわけだから、勝ちを確信していたろうよ。しかし彼の頭には、詐欺師のネズミが引っ付いて、今か今かと扉が開くのを狙っていたのだ。どういうことか? ネズ公は自分の足で歩くような真似はせず、鈍足ながら必死で一位になるよう歩いてきたベコ野郎に乗ってきていた。全く策士だとは思わねえか? この詐欺師は最後猫を騙すことになるんだが、ここでは置いておこう。十二のうちにすら入られない間抜けは、生きていないも同然だからな。ベコ野郎の方はというと、まあ、二位でもいいかなァ……。なんてその間抜け面に似合う腑抜けたことをお言いになる。一等賞を目指した癖に、情けねえ言い草だ。それだから、詰めが甘いと言われちまうのだ。いいや、自分で自分の蚤取りすら出来ねえ不器用さなのだから、これ以上手厳しいことは言ってやるまい。
三位のトラは、それはそれは張り切っていたね。傲慢な奴で、俺が一位にならないはずはないとほざいていた。全く持って可哀想なお方だよ。虎の威という奴があるものだから、自分の誇りに嘘は吐けねえ。負けたら嘗められるから、負けられないってわけだよ。だがしかし、番狂わせなレースだったねえ。あのお方は、前日から張り切っている莫迦がいることを考慮していなかったらしい。まったく情報戦に弱い奴だ。負けてから、猫みてぇにしょぼくれちまっているそうだ。ざまを見ろってんだ。狐もこれ以上あいつの後ろを歩くことはなくなってそうだよ。曰く、威勢のない奴は使えねえだとさ。キャキャ! いやあ、調子に乗ってるやつが落ちぶれることほど、楽しいものはないね。
四位のウサギは臆病だ。腰抜けだ。いや、これはこれで世渡り上手と言ったところだがね。こいつはちょっとばかし、立派だぜ。足の速さだって、一時はトラに勝っていたんだから。だがトラはこんな甘っちょろい奴に一位を取られてはならぬと、ウサギを強請ったそうだ。道を開けなきゃ、その白い毛が真っ赤に染まるぞってね。当然ウサギは竦みあがって、おずおずと奴に道を譲ったわけだよ。この根性なしが! って言ってやりたいところもあるが、きっと正しい判断だっただろうぜ。あの見栄張りの基地外ならやりかねない。世渡りが上手いのはいいことだよ。そうやって強者に媚びへつらい、やつらにされるがままに頭を下げていればよい。弱者の生き方の鉄板だろうよ。
さてさて五位は、見たことあるかね。タツとかいうやつが、なぜだか五位になったそうだ。ああ、神様のごひいきだよ。実力もない、コネクションだけの奴だ。奴のそのお姿を拝んだことはないが、どうやら圧倒されちまうらしい。見た目だけは立派ってことだろう。まったく神様のお気に入りってのは楽でいいね。どこに行っても威張り散らしていてよいのだろう? ああ、いけ好かねえ。競争なんてろくに参加もしてねえだろうに、五位なんて大役を貰ってのける。こういう威張り散らすだけで実力もない、努力もできない奴がお偉いさんになると、下々は苦労することになる。見た目の迫力だけは一丁前のくせして、内心は自分の実力がないことに怯えているのだ。だから威張り散らす。能力がないのなら、恐ろしいと思われればいいじゃないかってね。ああ浅ましい。神よ、こんな愚劣な頭脳の生物のどこを気に入ったんだ?
その後を追う狂信者のヘビは六位だった。こいつは悪戯好きでね、俺様のお気に入りでもあるんだぜ。悪魔と呼ばれちまうくらいの口達者でおられる。甘美な言葉で莫迦どもを惑わして、道を踏み外させるのが大得意なお方だ。ああ、そんな口達者のあいつが道を踏み外したのだから、失望したものだね。自分はタツの似姿であるから、偉いのだなんてほざいていやがる。自分が六位で居られるのは、神が私をタツに最も似た存在であると分かってくださるからだなんてほざいていやがる。言論の達人はしょせんその程度ってことか。見た目の立派さにはかなわない。見た目がカリスマ的であれば、すぐそれに迎合する。そのカリスマに圧倒されちまう。ああもったいねえ。あんなに俺様のお気に入りの、面白い生物だったのに。いいや、もういい。壊れた玩具は捨てるに限る。
七位八位は、同時に発表することにしよう。なあに、その方が楽でいい。あいつらは大して違いのない愚劣な面持ちなのだから、同類扱いしたって何も問題はあるまい。ウマとヒツジが、同時発着だったわけだ。馴れ合いが好きなあいつらは、いつも肝胆相照らした気でいる。傍から見れば、大親友と言ったところか。仲がよろしいようで何よりと言ったところだが、本当の奴らの姿は、それはもうおぞましいと形容するに足るわけだよ。互いに相手の方が上手だと称賛し合うが、腹ん中ではまったく違う意見を鞘に納めている。自分の方が、一歩も二歩も優れていると思い込んでいるのだ。親友の皮を被った腐れ縁ってわけだ。ヒツジが八位になったとき、あいつはどう考えたと思うね? 一歩分だけウマに譲ってやったんだ。僕の方がウマよりも大人びた対応ができるんだなんて言って、ほくそ笑んでいただろうよ。互いを称えるのは表面上で、腐った柿のようにドロドロの妬みが、今にも千切れてしまいそうな彼らの縁を取り持っている。いやぁ嫌だねえ。こんなお友達は作りたくないやい。大して実力もない癖に、くだらんことで妬みを剣にして争っておられる。そのまま同類の拙い頭で競っていなさい。こういう相思相愛気取りは、救いようのないほど可笑しいものだ。井の中の蛙大海を知らずとはまさにこれだよ。揃いも揃って莫迦なお二人ってわけだ。他の能力あるやつらを見て、見習ったらどうだい。
さあて、本題に入る。言っておくが、イヌ以下の順位には興味がないね。無駄口は叩かないようにしよう。語る価値もない奴らだ。その一生涯の時間を食うことと寝ることと女の尻を追っかけることで潰す、最も低俗で愚劣な生物の集まりなんかの話をしてやるものか。イヌカスやらブタカスやらの話をしようものなら、まずは俺様の尊厳が汚れる。
九位は誰だったか。何を隠そうトリだったんだよ。ってな訳で、ここまでの順を確認しておこうじゃねえか。子丑寅卯辰巳午未酉申。俺様が、トリ公に負けちまったんだよ。いやあ、可笑しいねえ。まったく悔しいとは思わなかった。だがしかし、この結果に甘んじるわけにゃいかない。言ったろ? イヌと差をつけてやらなきゃ、あいつの悔しがる面を拝めねえって。だから交渉したんだよ。森の賢者とも呼ばれる俺様が、トリ公と直々に約束事をしたわけだ。
「トリさんや。ちょいと待ってはくれねえか。もしよろしければ、九位を俺に譲ってはくれないかい」
「なぜ私がそのようにせねばならんのです。公正な試合を、君は穢すのか?」
「いやいや、公正な試合だって? キャキャキャ! 笑わせてくれるなぁ。こんなものに本気を出してやってんのかい?」
「私は常に全力で事に臨んでおりますからね。君も飄々とした態度を改めてはどうです?」
「たまにはお気楽もよかろう。肩の力を抜けぃ。そうだそうだ、約束をしよう。俺様に勝たせてくれたら、ああ。海を泳がせてやるさ。泳ぎ方を教えてやる」
「また非現実なことを。トリが海を泳いだ例は、聞いたことないですね。私に、それができると」
「出来るさ。卑屈になっちゃいけない。俺が教えてやるよ。もし泳げるとなったら、ほれ、どうだ。陸海空すべてを、お前さんは支配し得る。欲しくはないかい? この世界を」
「いいえ、まったく。悪い方だ。騙されるところでした。あなたが、海を泳げるわけが無いじゃないですか。泳げないのに、どうしてあなたが泳ぎ方を教えられましょうか」
「べらぼうめ! 俺様が泳いでみせたことを、覚えとらんのか!」
「……はて、そのようなことはありましたっけ」
「もちろんだよ。かぁーっ。鳥頭ってのは、こうも会話がかったるいのか」
「……そうですか。じゃあ、君に九位を譲ってやるのなら、私は制海権を手に入れるということですね」
「そうだぜぇ? 悪くない条件だろう」
「それだけで、私に勝ちを譲ってもらおうとお思いなのですか?」
「なんだってえぃ?」
「海を泳ぐことと、王座につくこと。私にとっては、王座の方が魅力的に思われますがね」
「おいおい馬鹿言っちゃいけないよ。君は以前、海を泳ぎ、魚を喰らいたいといっていたじゃないか。美味いぞぉ魚は。お前さんにも、食わしてやりたいね」
「じゃあ私は、猫にでも頼んで魚を貰ってくることにしましょう」
「ええい! 面倒だ、さっさと退きやがれぃ! 俺様を誰だと思ってんだ? 天下をもぎ取る男だぞ!」
「急に声を荒げないでくださいよ。驚いてしまうじゃないですか。で? 君が九位になったら、私に泳ぎを教わる以外に何か得があるのですか?」
「ああもちろんだ。贅沢を知らぬ貴様が望むことなら、何だって叶えてやろう」
「本当ですか」
「嘘は吐かねえ! 約束しよう! ほら、だから九位を俺様に寄越せ、ほら、寄越せ?」
「それが、空を飛び越えようという願いであっても?」
「もちろんだよぉ! 空を飛び越えていった動物と、俺様は親しいんだ」
「そうですか。それなら、良いでしょう。あえて、君に九位を譲ってやります」
さて、しっかり九位をもぎ取ってやったんだから、俺はあのくそったれのイヌカスに差を設けて勝ってやったわけだ。だが俺様は、とんでもねえ約束をしちまったらしい。空を飛び越えるだってえ? そんなこと誰ができるだろう。無理だ無理だ。俺様は、無理なことを約束してやったね。
やっちまったとは、思っちゃおらんよ。トリ公の頭が湧いているのを知っている。だからあんな無責任なことを言ってのけたのだよ。子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥。さあ、君たちご存じの干支の完成だ。申と戌の間に酉があるだろう? 俺様があいつと契約して得た九位だ。さて、あれから俺様は、トリ公に何かしてやっただろうか? いや、何にもしていないよ。あいつ鳥頭だから、お願い事を忘れちまってんだ! ああ、ざまあねえな! イヌよ見てるか? これが俺様の強みだよ。イヌになくて、俺様にあるものが分かったな? そうだ『知性と狡猾さ』だろうぜ。