プロローグ『昔々、とある語り部の書斎にて』
目の前には重く暗い扉。繊細な細工が彫り込まれた金の取手を捻ると、そこには青年がひとり、背を向けて立っていた。
「やぁ。よく来たね、僕の館にようこそ」
そう言ってくるりと振り返ると、豪奢な肘掛け椅子に腰を下ろしてこちらにも椅子を指してくる。指示のままに柔らかい椅子に座ると、青年が口を開いた。
「僕はどんな場所にでも現れる、語り部、ストーリーテラーさ。ところで君、随分やつれた顔をしているね? さてはよく眠っていないんだろう。存分に寛いでもらうとして、ここに来ているということはそういうことなんだろうが、お話をしてあげよう。うん、まずは短くて単純なお話さ。だけど……君が知っている話とは少し違うかもしれない。なんたって"事実は小説よりも奇なり"っていうだろう?」
ストーリーテラーと名乗った青年は、傍から一冊の分厚い本を取り出す。
「あれを言ったのはバイロン卿だったね。ジョージ・ゴードン・バイロン、確かに彼は類を見ない天才の部類だけど、彼だってどこまでが真実かわからないよ。たいそうな名言を残す割に怠慢だったし、って、話が外れてしまったね」
青年は本を無造作にぱらぱらとめくって、それから最初のページを開いた。
「今日はどんな話をしてあげようかな。やっぱり有名で、ヴィランを倒して平和なお話が良いだろう。実際のところそんなお話はそう無いんだけど……だって悪役は伊達に悪役やってないからね。よし、決めた。今日はこの話をしよう。きっと新しい発見があるはずだ」
青年が手を叩くと、どこからともなくティーセットが運ばれてくる。それらはそのまま1人でにセッティングされ、あっという間に2人分の紅茶が注がれた。
「どうやら目が覚めてしまったみたいだ。語りすぎて却って相手の睡魔を吹き飛ばしてしまうのも僕の悪い癖だよ。でもまぁ、それは君に人並み以上の好奇心があるからだよね。だって好奇心がないのなら、この部屋にいることもないんだから。おっと、君の名前は言わなくて結構。年齢も問題ない。僕には全て分かっているし、口に出す必要が無い言葉は喋らないものだよ。言葉っていうのは恐ろしいものだからね。え? 僕は平気なのかって? そりゃあもちろん、僕だから。なんせこの世界の、っと、危ない危ない」
青年は大袈裟に汗を拭う動きをしてから、手の下からキラリと光る双眸を投げ掛けた。
「まだ、知らなくて良いね。先に言っておくことがあるとすれば、この世の全てのエピローグは既に完成している、とだけ。いつか君も、そうだね、近いうちに分かると思うよ。僕にとっての近いだからきっと数百年かもしれないけれど。エピローグを知っているのは僕だけ。だからこそ君はまだ知らなくて良い。その辺はいずれ分かってくるさ」
紅茶をほんの少し啜って、それからいよいよ語り始めようとする。全てを見透かしたような不思議な視線を本に落として、何かを噛み締めるような、覚悟するような面持ちでしばし固まる。
「歳ってのはなかなかに怖いものだ。真実を語るのに覚悟なんてものを必要とするようになってしまった。だけれど今日は、いつもとは少し違う君がいる。だから語ろう。僕の使命だ」
語り部は語り始める。世界を渦巻く物語の、人々が知らぬ新たな一面を、真実なのか虚なのか、ただひとり、その語り部のみが知る本当の物語を。
"廻る罪禍と相剋の物語"を。
どうも、カツキシオンです。自分の好きな新訳童話シリーズ、ついに連載始めてしまいました!わーいぱちぱちがしゃんがしゃん。
ということで、これからぼちぼち投稿していこうと思います。【狂炎のヴェガ】っていう、自分の書いているメイン長編の合間に投稿しますので、気長に待っていただけるとありがたいです。
新訳シリーズですが、桃太郎なども短編で出しているので、ぜひぜひよろしくです!
ブックマーク、評価、してくれるとありがたいです。
鬼ヶ島 –桃太郎と輪廻の鬼–
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狂炎のヴェガ
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