聖女だって恋がしたいっ!
◇◇◇
「おめでとう!」
「おめでとうリーナ!ジャック!」
「幸せになれよ!」
沢山の祝福の声を前に幸せそうに微笑む若い二人。普段は厳かな雰囲気の大聖堂も、今日は喜びと祝福の声で溢れていた。
「それでは、本日めでたくご夫婦となられたお二人に、光の大聖女セレスティーネ様から聖なる祝福が授けられます」
司教の声を合図に参列者の目が一斉に祭壇に向けられる。祭壇の扉の奥から聖女の正装である白一色のドレスに身を包んだ少女が現れると、誰もがその美しさに息を呑んだ。
腰まで伸ばした艶やかなプラチナブロンドに柔らかな菫色の瞳。凛とした佇まいは、まさに聖女と呼ぶに相応しく、どこかあどけなく夢見るような瞳は天上の女神を思わせるほど麗しい。
参列者が見守るなか、大聖女は両手を天に捧げ、ゆっくりと口を開いた。
「永久の愛を誓う二人に愛の祝福を……」
大聖女の言葉と共に眩い虹色の光が大聖堂に降り注ぐ。
「おお、なんと美しい……」
「これこそまさに愛の奇跡じゃっ!」
「ああ、これで私たち、神様から祝福を授けられたのね……」
荘厳な奇跡の光景を前に口々に感動を述べる参列者たち。うっとりと光の中で佇む人たちをセレスティーネはダラダラと冷や汗を流しながら見守っていた。
(ごめんなさいごめんなさいっ!それ、単にピカピカ光ってるだけなんですっ……)
内心の声などおくびにも出さず、美しい笑みを浮かべるセレスティーネを皆が口々に褒め称える。
「ああ、奇跡の聖女様!」
「大聖女様万歳!」
(でも、いいなあ、結婚式。私もいつかできるのかな……)
幸せに輝く二人を見て、セレスティーネはちょっぴり羨ましく思うのだった。
◇◇◇
「ああ、また今日も皆を騙しちゃった……」
シンッと静まり返った大聖堂の片隅で一人ぼやくセレスティーネ。
「まーたぼやいてんのか?」
そこにやってきたのは聖騎士のラインハルトだ。両手にお祝いで出された骨付き肉を持っている。
「ほれ。どうせ今日もまともに食ってないんだろ?」
ラインハルトが差し出した肉を躊躇することなく受け取るセレスティーネ。
「ありがと。朝からお祝いが続いてたから、お昼ごはん食べる暇なくって」
さっきからセレスティーネのお腹の虫は鳴りっぱなしだ。
「全く、神殿の奴らも気が利かねーよな。これだけお祝いの料理が準備されてて、誰もお前に料理の差し入れしないなんてよ」
そう。神殿で結婚式が行われるときは結婚する両家が用意した心尽くしの料理が神殿関係者にも振る舞われるため、この日は神殿で料理を作らない。
通常世話役の人たちが神殿関係者に料理を運ぶのだが、セレスティーネの分はなぜか忘れられることが多かった。決して意地悪をしているわけではなく、あまりに人間離れした美貌に、普通に飲食するイメージがわかないらしい。せいぜい飲み物を運んでくる程度なのだ。
「あはは、なんか、花の蜜とか霞とか吸ってるイメージみたい」
「虫じゃねーんだからよ」
「同感……」
そう言うなり持ってきてくれた骨付き肉にかぶり付く。特にこうしたワイルドな料理はめったに口にすることができない。田舎で育ったセレスティーネは肉や魚が大好きなのに、食卓にはいつも野菜サラダや野菜スープ、果物ばかり用意されるのだ。
これもまたセレスティーネの儚く可憐なイメージがなせる業なのであろう。人の好みをイメージから勝手に推測するのはやめて欲しいと思うのだが、田舎者のセレスティーネは口にする度胸がなく、どうもそのイメージで定着してしまったようだ。
「はぁ、美味しい」
うっとりと目を細めるセレスティーネをラインハルトはにこにこと見守っている。
「そうかそうか、良かったな。酒も飲むか?」
そう言うと腰に下げていた酒の瓶を差し出してくる。
「ん。一口頂戴」
「よしよし、飲め飲め」
「ありがと」
セレスティーネは受け取った酒瓶を口に含むとコクコクと飲み干し、ふう、と溜め息を吐いた。
なかなかの飲みっぷりである。
「いつまでこんなこと続けないといけないのかなぁ」
普段は聖女のイメージを壊さないように心掛けているセレスティーネだが、こうして気安く声をかけてくれるラインハルトの前でだけ、つい本音をもらしてしまう。
「大聖女様も大変だな」
「私の魔法なんて、ちょっと周囲が明るくなるだけなのに。あんなに有り難がって貰うと申し訳なくって……」
「まぁ、皆喜んでるからいいんじゃねーの?」
セレスティーネはもともとさほど豊かではない子爵家の娘として生を受けた。しかし、小さい頃に珍しい光属性の魔力を発現したせいで、あれよあれよと言う間に聖女として祭り上げられてしまったのだ。
使える魔法と言えば、周囲を照らすだけの魔法で、実際何の役に立つのかも良く分からない。鉱山にでも行けば明るくなって便利かもしれないが、それほど長時間光を出し続けられるわけでもない。
こうして結婚式の余興となるのがせいぜいの力なのだ。
本人はさして力もない自分が大聖女として扱われることにプレッシャーを感じているが、セレスティーネの人気は留まるところを知らない。
民からの支持に加え貴族からの人気も高い。セレスティーネからの祝福は大変縁起が良いとされており、結婚式などのお祝い事には引っ張りだこの存在なのだ。財政難に苦しむ教会にとっては金の成る木であり、国にとってはいい広告塔となっている。
「お前も苦労するよなぁ」
優しく頭を撫でられ、じわりと涙が滲む。
「私にもハルみたいに強い魔力があったらなぁ……」
伯爵家嫡男のラインハルトは、領地が隣同士ということもあり、セレスティーネとは幼馴染の関係だ。同じく幼いころに強い魔力を発現して聖騎士に任命され、いまや国一番の勇者として名を馳せている。
大聖女として任命されたあとも変わらず気さくに接してくれるラインハルトは、セレスティーネにとって唯一心を許せる相手だ。
本来内気なセレスティーネが神殿で何とかやっていけているのは、いつも明るく励ましてくれるラインハルトの存在が大きかった。
(ハルがそばにいてくれて本当に良かった……)
特にこうしてたびたび食べ物を差し入れてくれるのは本当にありがたい。そう思っていた矢先、おいしそうに骨付き肉にかぶりつくセレスティーネを見守っていたラインハルトが、意を決したように切り出した。
「実は俺さ、今度実家の伯爵家を継ぐことになったんだよね」
「えっ!そうなの?」
予想もしていなかった話に思わず声を上げる。
「ああ、先日の魔物討伐の功績が認められて、正式に伯爵家を継ぐことが認められたんだ。親父も早く引退したがってたしな。聖騎士としての仕事もあるから、今後は王都と領地を行ったり来たりする生活になると思う」
セレスティーネは幼いころラインハルトとともに駆け回った領地を懐かしく思い出す。咲き乱れる花の香、頬をなぞる優しい海風。何よりおいしい海の幸……。海が近いので特に新鮮な魚を使った料理は絶品だった。ああ、おいしい魚が食べたい……。
「ああ、いいわね……私も帰りたいなあ……」
おいしい魚料理に想いを馳せるセレスティーネ。
が、続いた言葉に息をのんだ。
「で、当主になるにあたって、嫁さん、貰わないといけないんだよね」
「そ、そんなっ!」
セレスティーネは絶望した。愛とか恋とか一番無縁そうなラインハルトでさえ私より先に結婚してしまうのだと。ラインハルトは太陽のように輝く黄金の髪に紺碧の瞳を持つ美丈夫だが、今まで浮いた噂一つ聞いたことがない。そのため、突然の結婚報告に戸惑いが隠せなかった。なんとなく、このままずっと二人でいられるものだと思っていた。
セレスティーネだって年頃の娘だ。自分の恋愛や結婚に興味がないわけではない。しかし、大聖女という立場から、それが叶えられないかもしれないと半ばあきらめてもいた。それでも、ラインハルトがそばにいてくれるなら、それでいいかもしれないと思っていたのだ。
「……おめでとう。ハルの結婚式はいつもよりはりきって光らせてあげる」
「そうしてくれると嬉しいな」
嬉しそうに微笑むラインハルトに胸が締め付けられるような痛みを感じた。
(ハルが、結婚、かあ……)
もしいつか、自分が結婚することがあったなら、相手はラインハルトがいい。小さいころからずっとそう思っていた。知らず知らずのうちに目に涙が浮かぶ。
(いけない、ちゃんとお祝いしてあげなくっちゃ)
「で、その幸せな花嫁は誰なの?私の知ってる人かしら」
努めて明るい声を出すとラインハルトは不思議そうに顔を傾けた。
「そんなのお前に決まってるだろ?」
「はっ……?」
いきなりの言葉に目が点になる。
「お前、なんで俺が聖騎士になったと思ってるんだ?聖女は聖騎士としか結ばれないからわざわざ聖騎士になって今まで頑張ってきたんだろう?先日の魔物討伐の功績が認められてようやく陛下からお許しが出たから、早速お前に結婚を申し込みにきたんだよ」
「そ、そんなの、聞いてない……」
「いや、小さいころさんざん『ハルのお嫁さんになってあげる』って言ってたの忘れたのか?」
確かに言っていた。言っていたけど、そんなの聖女として選ばれる前の話だ。
「え、え、え。いや、言ってたけども」
「花冠を頭にのっけて二人きりで結婚式もしたよな?そのときお前、初めて光の魔法を使ったの、覚えてない?」
ああ、そうだった。神様に祈ったのだ。どうか二人を祝福して欲しいと。夫婦として認めて欲しいと。そうしたらまばゆい光が溢れて、慌てて駆け付けた大人たちにあれよあれよという間に教会に連れて行かれ、聖女として認定を受けたのだ。その後ラインハルトもまた魔力を発現し、追いかけるようにして聖騎士になり、セレスティーネのもとに現れた。
「お前知ってる?聖騎士って聖女の祝福を受けたやつだけがなれるんだぜ?あのときお前が俺を生涯の伴侶として選んで、俺がそれを受け入れたことで、俺は魔力を発現したんだ」
「へ?そ、そうなの?」
「ああ。あの瞬間頭の中に『我がいとし子を生涯かけて守る力を授けよう』って声が聞こえたからな。俺の力は本来お前を護るためのものなんだよ」
「し、知らなかった……」
ずっと自分は落ちこぼれの聖女だと思っていたのだ。神様の存在なんて考えたこともなかった。全くダメな聖女である。
「お前は間違いなく神に選ばれた大聖女で、俺はお前に選ばれた聖騎士だ」
ちょっと照れたように微笑むラインハルトの眩しい笑顔にくらくらする。
「そ、それじゃあ、私がハルのお嫁さんになるのね?」
「ああ。セレス、どうか俺と結婚してくれ。この時を待っていた。ずっと、お前だけを見つめてきたんだ。愛してる」
「ハルっ!」
セレスティーネは片手に骨付き肉を握りしめたままラインハルトに抱き着いた。ラインハルトもまた、肉を片手に酒瓶を片手にした状態でセレスティーネを優しく抱きしめてくれる。
「う、うわーん、嬉しいよぉ。もう、もう大聖女ごっこやめていいんだよね?一緒に領地に連れて行ってくれるんだよねっ!」
「ああ。今までよく頑張ったな。これからは二人でのんびり暮らそう」
「おいしいもの、いっぱい食べたい!」
「よしよし、俺がいっぱい食わせてやるからな」
「ハル大好き!」
「俺も愛してるよ」
歓喜の涙を流すセレスティーネを優しく見つめるラインハルト。セレスティーネの心は喜びに満ち溢れていた。
────その一か月後
「う、ううっ、なんで私まだこんなことやってないといけないの……」
「あ~、まあ……」
今日も今日とて結婚式で祝福を授けるセレスティーネ。
だが、今日のセレスティーネは一味違っていた。
「おお!長年悩まされていた腰痛が治った!」
「ああ!わしの禿が治ったぞ!」
「きゃ~、お肌のシミが消えたわっ!」
口々に歓喜の声を上げる民衆たち。
そう、あの瞬間愛の喜びに満ち溢れたセレスティーネに、もうひとつ「回復魔力」という奇跡の力が宿ってしまったのだ。セレスティーネの光を浴びると小さな病気や怪我など瞬く間に治ってしまう。
そのため、セレスティーネの大聖女としての価値はますますうなぎ上りになってしまった。そうなってしまうと、一度はラインハルトとの結婚を許した国王陛下も神殿も、セレスティーネの大聖女引退を渋るようになってしまった。
しかし、
「この力は俺との愛を喜んで神から授けられた新たなる力です。俺を失えばたちまち失われてしまうでしょう。また、俺も聖騎士としての力を失うかもしれません」
とのラインハルトの言葉によって二人の結婚はそのまま許されることになった。ただし、当分の間神殿勤めは続ける約束だ。
「やっとのんびりできると思ったのに……」
しょんぼり肩を落とすセレスティーネをラインハルトは優しく抱き寄せる。
「よしよし。よく頑張ってるな。今日は肉にするか?」
「……おいしいステーキが食べたい……」
「まかせとけ」
こうしてちょっぴり食い意地の張った大聖女は彼女を心から理解する聖騎士と生涯仲睦まじく暮らすことになった。ちなみに聖騎士との愛が深まれば深まるほど聖女の持つ愛のパワーは留まることを知らず、ますます聖女としての地位を上げてしまい、最終的には伝説の大聖女として名を残すことになるのだが……
それはまた別の話である。
おしまい
素敵なFAをいただいております!
キャラデザイン:四月咲香月さま(カスタムキャストにて制作)
「手を広げた大聖女」イラスト:童晶さま(絵画風・色鉛筆画)
読んでいただきありがとうございます♪