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永訣の朝 遠くへ行ってしまう妹よ

作者: attoh

 永訣の朝 2009.7.12.初稿

 ○1


 自転車に二人乗りしている、ヒロトとアスミ

 バット・ボール・グローブが入った鞄を背負いながら公園へと向かっている


アスミ「お兄ちゃん、『時間メール』って知ってる?」

ヒロト「なんだそれ?」

アスミ「時間メールってホームページに、たとえば3日後って設定したら、メールが3日後に

    届くんだって」

ヒロト「つまりあれか。メールが届く時間を遅らせることができるのか?」

アスミ「そういうこと。面白いでしょ?」

ヒロト「まあ俺にはそんなメール送る奴はいねえよ。メールはすぐ届くからメールだろ?」

アスミ「そうかな? ちょっとロマンチックじゃない?」


 ホワイトアウト


 出演者・スタッフ・監督・タイトル(「永訣の朝」)を表示


 ○2

 自宅の屋根が写される

 布団の中に眠っているアスミ


アスミ(あれ? 私、お兄ちゃんと野球しに行ったんじゃなかったっけ……?)


 ふすまを開けて入ってくるヒロト


ヒロト「大丈夫か!? アスミ」

アスミ「どうしたんだっけ、私……」

ヒロト「熱中症だよ。真夏だからな。頭痛くないか……」

アスミ「そういえば、ちょっと痛い、かも……」

ヒロト「じっとしてろよ」

アスミ「うん……」


 部屋から出ていくヒロト

 アスミは思い出そうとするがノイズがかかったようになり思い出せない


アスミ(公園に行く前までは覚えてるのに……)


 時計を見ると8時


アスミ(ご飯作らなきゃ……)


 頭を押さえながら布団が起きあがるアスミ

 台所に行って、冷蔵庫から食材を出す


アスミ(野菜炒めにしようかな)


 野菜を切ろうとするが、ノイズがかかったようになる


アスミ(あれ……どうすれば、いいんだっけ……)

ヒロト「おい!」


 アスミが振り返るとヒロトがいる


ヒロト「寝てろって言っただろう?」

アスミ「ごめん……」

ヒロト「……どうした?」

アスミ「……ねえ、野菜炒めってどうやって作るんだったっけ?」

ヒロト「は? お前、料理だけは得意じゃないか。何を今更――」

アスミ「わかんないの! 作り方が思い出せないの!」


 ノイズがかかる


ヒロト「もういい。今日はカップ麺でも食べよう」

アスミ「でも――」

ヒロト「いいから! ……とりあえず異常がないか、明日病院に行こう」


 カップ麺を食べる二人


 ○3


 病院からの帰り道

 真夏の道路を二人で歩く

 回想


医者 「アスミさんは頭部外傷が原因の記憶障害に陥ってます。何か頭に強い衝撃を加えたり

    しましたか?」

ヒロト「昨日……自転車から落ちたんです。たぶん暑さにやられて意識が遠のいて。その時に

    頭を打ったのかもしれません」

医者 「そうですか……。アスミさんは、正直言うとまずい状態です。記憶障害があると言い

    ましたが、このままいけば今までの記憶はすべて失われてしまいます……」

ヒロト「そんな……」

医者 「残念ながら記憶障害の場合はもう我々にも変えることができない。今後は我々の病院

    で入院するか、それとも家族と共に生きるか、どちらかでしょう。終末医療と同じか

    たちになります。末期ガン患者と同じように」

ヒロト「入院した方がいいんですか……?」

医者 「……いえ。私の場合、なるべく家族と共に過ごす方が良いと考えています。最後の時

    間を医者と過ごすより、家族の皆さんと過ごされた方が良いと、考えています」

ヒロト「じゃあ俺達は一緒に過ごせるんですか?」

医者 「そうです。一緒にいてあげてください」

ヒロト「わかりました」

医者 「それから……。こんなことを言うのは酷かもしれませんが。余り自分を責めないでく

    ださい。自分を責めないで、これから何ができるか、考えていきましょう。私も協力

    します。もし何かあったらすぐに来てください」

ヒロト「先生――」

アスミ「ありがとうございます!」


アスミ「これから何ができるか、考えるね、お兄ちゃん」

ヒロト「……」


 浮かない顔のヒロト


 ○4


 自宅、夜

 ヒロトが作ったチャーハンを食べ終わった後


ヒロト「とにかくだ。もうアスミの記憶がいつ失われるかわからない……」

アスミ「うん……」

ヒロト「なあ。時間は限られているんだ。……何かしたいこと無いか? 俺、貯金崩してでも

    借金してでも何でもしてやるから」

アスミ「……私、もし地球が明日滅ぶとしたらね。今までの思い出の場所に行きたいんだ」

ヒロト「……そんなんでいいのか?」

アスミ「いいよ。色んなところ行って、昔こんな事があったね、って話して、ご飯食べて、寝

    てる間に地球が滅んでくれたら良いなって」

ヒロト「……わかった。今週はお盆休みだ。俺も働く必要もないから、一緒に色んな所に行こ

    う」

アスミ「うん!」

ヒロト「……それじゃあ、飯も食ったし、寝るか」


 ○5


 部屋で寝る二人

 ヒロトの部屋とアスミの部屋はふすま一枚隔てた場所にある


アスミ「じゃあ。おやすみ。お兄ちゃん」

ヒロト「おやすみ」


 電気を消す

 しばらくして、部屋の向こうからヒロトの声が聞こえる

 ふすまを少し開ける

 ヒロトが崩れ落ちて泣いている


ヒロト「俺のせいだ……俺のせいで、アスミが……。どうして、アスミなんだ……」


 ゆっくりとふすまを閉じるアスミ


 ○6


 小学校にアスミとヒロトがいる


ヒロト「小学校か……俺も何年ぶりだろう」

アスミ「よく一緒に登下校したよね。お兄ちゃんはいっつも寝坊して、私が怒って先に行っち

    ゃって」

ヒロト「思えば、あの時からアスミはしっかり者だったな」

アスミ「お兄ちゃんは思えば、あの時から面倒くさがり屋だったね」


 大通りを歩く二人


アスミ「ここって昔、駄菓子屋じゃなかったっけ?」

ヒロト「そうだったっけ?」

アスミ「ほら、二人でさ、ガムとか飴とか買ってさ」

ヒロト「よく覚えてるな」

アスミ「まあね」

ヒロト「今じゃコンビニだもんな」

アスミ「でもお兄ちゃん、コンビニでバイトしてたじゃん。よく私もからかいに行ったよ」

ヒロト「来ると絶対にせがんでたけどな、もっと安くしろって」

アスミ「良いじゃん、別にさ。安くしても」


 公園へ


アスミ「ここも、よく野球したよね。小さい時から、いつも私がピッチャーで、お兄ちゃんが

    バッターで……それで……」


 ノイズが走る


アスミ「……思い出したい、のに……」

ヒロト「無理に思い出さなくてもいいぞ? ゆっくりとやっていこう」

アスミ「でも、もう思い出せないんでしょう? お医者さんがそう言ってたんでしょう?」

ヒロト「……ああ。ごめん」

アスミ「……お兄ちゃん。もういいよ」

ヒロト「もう帰るのか?」

アスミ「違う。どうしてそんなに優しくするの? お兄ちゃん、無理しないでよ。私、昨日泣

    いてたの知ってるよ? 私にそこまでしなくても良いんだよ……」

ヒロト「いや、俺はお前を支えないといけないんだ」

アスミ「どうして?」

ヒロト「大切な家族だからだ」

アスミ「でもそんなこと考えて、お兄ちゃんが泣いてるんだったら、私、嫌だよ……」

ヒロト「いいんだ、別に」

アスミ「私に近づかない方が良いよ……。私、お兄ちゃんを不幸にしちゃうから……」

ヒロト「アスミが不幸にならないんだったら、別に良いんだ。俺は」

アスミ「どうしてそこまでするの?」


 回想

 両親が離婚。父親は単身赴任している。少しでも稼ぐ為、高校を出て工場で働くヒロト。


ヒロト「だから。大切な家族であり。大切な妹だからだ。余計なこと考えずに日常を生きれば

    いいんだよ、アスミは」


 アスミの頭をぽんぽんと撫でる


アスミ(この事も忘れてしまうの……? 私には、何が残るの?)

ヒロト「帰るぞ」

アスミ「ここ、どこ?」

ヒロト「どこって、近所の公園だぞ」

アスミ「こんなところ、あったっけ?」

ヒロト「おい、アスミ……」

アスミ「なんか、初めて見た気がする……」

ヒロト「思い出せないのか?」

アスミ「分かんない……分かんないよ……」


 下を向くヒロト


アスミ「どうしたの?」

ヒロト「いや……これからは一人じゃ外を歩けないな、と思って」

アスミ「そう、だね。うん」

ヒロト「これからは二人で出かけよう」

アスミ「うん」

ヒロト(俺には聞こえてしまった。アスミは確かに小さな声で言ったのだ)

アスミ「……ごめんね」


 ○7


 自宅に戻ってきた二人


アスミ「こんな家だったっけ、私の家って……」

ヒロト「そうだよ。ここが俺の部屋で、そっちがアスミの部屋」

アスミ「……あ!」


 ヒロトの部屋の本棚から持ち出した文庫本(宮沢賢治詩集)


アスミ「私、これは覚えてる。この詩が好きなんだ」

ヒロト「永……なんだっけ?」

アスミ「永訣の朝。宮沢賢治の妹が死んじゃう時の詩。何で持ってるの? この詩集」

ヒロト「わかんない。たぶん親父が買ったのかも」

アスミ「そっかあ。『けふのうちに/とおくへいつてしまふわたくしのいもうとよ/みぞれがふ

    つておもてはへんにあかるいのだ』か……」

ヒロト(どことなく、いや、確実に、この詩は俺達を表していた。妹が、アスミがどこか遠く

    へ行ってしまう気がした)

ヒロト「アスミ」

アスミ「何?」

ヒロト「また、明日もでかけるぞ!」

アスミ「うん……ちょっと思い出せない、けどね」

ヒロト「いや、いい! 今度は俺の思い出を見せてやるから!」

アスミ「うん」

ヒロト「行くんだ! 絶対に行くぞ!」

アスミ「わかってるって」

ヒロト(本当に離れていく気がして、俺は必死になって、アスミに呼び掛けた)

アスミ「私……もう寝るね」

ヒロト「ああ……」

アスミ「おやすみ、お兄ちゃん」

ヒロト「おやすみ」


 ふすまが閉まる


 ○8


 翌朝


 ふすまを開けるアスミ。

 そこには立ち尽くすヒロト


アスミ「どうしたんですか?」

ヒロト「アスミ……俺は謝らないといけない。アスミは熱中症で倒れて、頭を打って記憶障害

    になったんじゃない。俺がやったんだ。俺がアスミと公園で野球をした時、俺の打っ

    た球がアスミの頭に直撃したんだ」


 公園での映像

 そして医者から語られる言葉


医者 「アスミさんは頭部外傷による記憶障害です。ボールの当たり所が悪かった。余り自分    を責めないでください」


 病院帰りの浮かない顔のヒロト


ヒロト「俺は正直、いつかバレるんじゃないかと思った。でも思い出すことはなかった。俺は

    正直に言えばよかったのに、保身に走ったんだ……。逃げたんだ、俺は。だから正直、

    公園に来た時はいつか思い出すんじゃないか、と思って、冷静にいられなかった……」


 公園での言葉


ヒロト「無理に思い出さなくてもいいぞ? ゆっくりとやっていこう」


ヒロト「俺が泣いていたのは、自分を責めていたのもある。でも、正直に言えない自分の弱さ    に気づいて、泣いていたんだ……」


 家での言葉


ヒロト「俺のせいだ……俺のせいで、アスミが……。どうして、アスミなんだ……」


 泣きながら語るヒロト


ヒロト「俺は弱い……。どうしても言えなかった……。アスミは俺を罵るんじゃないかと思っ

    て、怖くて……。俺のせいでアスミが事実上の死を迎えてしまうことを直視できなか

    った……。でも今なら言える。俺を罵ってもいい。裏切ったと思ってもいい。ただ、

    俺はアスミと一緒にいたかった……。親父のいない家で、ただアスミの為に頑張って

    きた。それだけは本当だ。アスミ。アスミの人生を奪って、ごめん、なさい……」


 泣き崩れるヒロト

 アスミは答える


アスミ「アスミ、って誰、ですか?」


 驚くヒロト


ヒロト「アスミ……」

アスミ「アスミって誰なんですか?」


 今までのアスミとの思い出が走馬燈のように、フラッシュバックする。

 そしてそれが同時に失われていく

 泣き崩れる

 そんな中、ヒロトはかろうじて言う


ヒロト「アスミは……俺の大切な妹です」


 記憶を失ったアスミがヒロトを抱きしめる


アスミ「きっとアスミさんはあなたのことをわかってくれますよ。私は兄弟ということはよく

    わからないけど、あなたのようなお兄さんなら、きっとアスミさんもわかってくれる

    と思いますよ」


ヒロト「ごめんなさい……アスミ……」


 アスミが立ち上がる


アスミ「優しいお兄さんですね。あなたの名前は?」

ヒロト「ヒロトです。長島広斗。妹は長島明日美と言います」

アスミ「そうですか……。アスミさんに会ってみたいですね……」

ヒロト「これが俺とアスミの『永訣の朝』となった」


 回想。アスミの言葉が甦る


アスミ「『けふのうちに/とおくへいつてしまふわたくしのいもうとよ/みぞれがふつておもて

    はへんにあかるいのだ』」


 ○9


ヒロト「アスミは俺と共に暮らしている。何度アスミの事を言おうと、アスミは思いだしてく

    れない。今ではそれでも仕方ないと思おうと、俺が行った結果がこうなってしまった

    からだと納得させようとするが、思えなかった。納得など、できなかった……」


 ケータイの着信音

 メール受信1件

 その宛先を見て息を呑むヒロト


ヒロト「どうして……」


 ケータイにアスミの文字

 過去の記憶のフラッシュバック


アスミ「お兄ちゃん、『時間メール』って知ってる?」

ヒロト「なんだそれ?」

アスミ「時間メールってホームページに、たとえば3日後って設定したら、メールが3日後に

    届くんだって」

ヒロト「つまりあれか。メールが届く時間を遅らせることができるのか?」

アスミ「そういうこと。面白いでしょ?」

ヒロト「まあ俺にはそんなメール送る奴はいねえよ。メールはすぐ届くからメールだろ?」

アスミ「そうかな? ちょっとロマンチックじゃない?」


 アスミのメールを見るヒロト


アスミ「これを見る頃には私は死んでいるでしょう。なんてね。映画みたいな言葉を言う日が

    来るとは思わなかった。今、お兄ちゃんは隣の部屋で泣いています。今すぐ止めたい

    けど、私にはできません……」


 ○5のシーン回想。泣いているヒロトを見た後、ふすまを閉める

 その後、アスミはケータイ電話をとりだし、メールを作成する。暗い部屋で。


アスミ「私はお兄ちゃんの涙を見て、私がどうなってしまうのかわかった。映画みたいに記憶

    を取り戻して、もう一度お兄ちゃんと幸せな人生を歩んでいく。そんなラストではな

    い、とわかってしまったんです。


    だから私は時間メールで、記憶が失われないうちに、伝えておきたいことがあります。

    お兄ちゃん。もう私のことを忘れて。

    私はお兄ちゃんのことを忘れちゃうけど、お兄ちゃんは私に縛られていては、きっと

    幸せな人生を生きていくことができないと思うの。だから私を忘れる努力をして欲し

    い。これが私の地球最後の日に望むことだよ。難しいと思う。でも……お願い。

    私を忘れて。


    周りには色々言われるかもしれない。でも私の願いを貫き通してください。


    じゃあ、また気が向いたらメールするね」


ヒロト「アスミ……」

ヒロト(あんな状況にもかかわらず、俺のことを物凄く思ってくれていた……。『自分には何

    ができるのか』『残された人生で、何をするのか』それを考えるのは、アスミじゃな

    い。俺だったんだ……。俺はアスミの遺志を継がないといけないんだ……)


 ヒロトの部屋にアスミが入ってくる


アスミ「ヒロトさん」

ヒロト「アスミ……」


 少しの間の後


アスミ「私はアスミさんじゃないです。妹さんじゃないですよ」

ヒロト「いや……それでもいいんだ。だけど一言言わせてくれ。……アスミ」


 テロップも表示する


ヒロト「ありがとう」



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― 新着の感想 ―
[一言]  序盤で医者が「頭に何か衝撃を与えていないか?」と質問しているのに対して、ヒロトは「自転車から落ちた」と嘘をついています。しかし、途中の回想場面では医者はボールが直撃したことを知っていました…
[一言] 感動しました! アスミの記憶が消えていく所が特に良かったです。 修正前よりリアル作品になったと思います。 映像化するには演技力も重要になると思うので、みんなで協力してさらにいい作品にして…
[一言] 読み直してみて一つだけ気になった部分があったので、お知らせしておきます。ただ、レベルの低い僕の意見なので、あまり気にしなくてもよいかと思います。 公園でアスミがヒロトに支えてくれる理由を尋…
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