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当日の教会への訪問はお忍びで行われる。査察官に紛れて実際の姿を見に行こうとハインツ様に提案「させた」おかげだ。きっとあの人は自分で思いついた案だと思っているでしょうけど。
王と王妃がお忍びで訪れると思っていない教会側は、査察の当日に裕福な商人からの依頼を受けて「奇跡」を施すことを了承した。必ず査察官に見せて教会の活動をアピールする事だろう。その場にはあの女もいる。
ああ、日付を指折り数えてこんなに楽しみにしたのはいつぶりかしら。結婚式よりもずっと待ち遠しい。
当日の私の護衛には綿密に計算されたタイミングで穴をあけないと、後から責任問題になるでしょうけど、護衛はかつてハインツ様の学園生活で側近として常にそばにいた男だから申し訳なさは感じない。婚約者以外の女性との適切な距離の諫言すら出来ないで何が騎士道なのかしら。
この男が「殿下だってたまには息抜きをかねたつまみ食いも必要だよな」とリリエの接触をあえて許していたのは知っている。実家経由で教会の息がかかって誘導されていたのは情状酌量にはならない。
かつて自分が犯罪者に加担したせいで、目の前で幼馴染の妹が殺される所を見て後悔してくださいね。
教会の査察の最中で、私は仲睦まじく幸せな国王夫妻として正体を明かす予定となっている。時間をかけて作り上げた幸せな家庭、その存在を疑いすらしない。私の望み通りに「真実の愛」を得たハインツ様は、あの女がいるとも知らずに私に優しく微笑むだろう。自分達がいかに幸せで、私を愛しているか語るだろう。
儀式用の短剣は怪しまれない程度に刃をつけてある。都合良くリリエの取りやすい位置に置かれるように、神官の行動は16パターンほど想定した。
数ヶ月かけてのリリエの食事には、精神を不安定にさせて理性が薄れる薬物が仕込まれている。リリエの身につける修道女のブローチに刻んだ魔法陣から、昼夜問わず頭に流し込んでいる「自分の幸せを潰したユリアーナへの怨み」は私の計画通り幻聴だと思っているようだ。最近では同じ言葉をよく呟いているらしい。「ユリアーナさえいなくなればまたハインツ様の隣に戻れる」と。
本当にハインツ様を愛していたのか、ハインツ様という存在が「失った幸福」の象徴となっているだけなのか、どちらかは分からないしどちらでも良いことだが。重要なのはリリエが私を殺したいほど憎んでいるという事、それだけ。
調教されているから彼女を使役している高位神官達の前では大人しいが、普段収監されている独房のような部屋での様子はまるきり狂人だ。ああなっても「使わない」という選択肢は教会には無いようで、腐った聖職者たちも私にとっては都合がいい。
正体を隠すことを強要されているリリエはいくら力を使っても患者から感謝の言葉すらもらえない。限界を越えてこき使われて、暴言にさらされ、こんなにも自分は不幸な境遇を強いられているのに自分の幸せを奪った女が幸せそうに笑っている。そこにはわたしが居たはずなのに、とあの女はその瞬間に絶対に逆恨みを爆発させる。
すぐそこには短剣があって、数歩で届く位置に私がいたらあの女は短絡的な行動に出るだろう。いや、そうさせるために年単位で準備をしてきたのだから起こるのが当然というだけの話なんだけれど。
そうそう、最後の後押しをするためにあざけるように笑ってやるのも忘れてはいけない。あの女が一生持てないハインツ様との子供の存在も見せびらかすように話題に出さないと。
万が一助からないように、しかし最期の言葉が残せるギリギリの工作も済んでいる。
ああ、待ち遠しいわ。
あの短剣で私の命を貫かれるのが。ハインツ様に貫かれた初夜よりもずっと心がときめく。
自分が浮気なんてしなければ、ユリアーナの忠告通りに離れていれば、自分が吹き込まれた嘘を信じなければ、きちんと調査していれば。
かつて自分がしでかした不始末で愛する妻が殺されたと、あなたがどれほど後悔してくれるのか。貴方が苦しみながら生きていくのを私は見ることが出来ないけれど、とっても楽しみ。
最終話は1/12の20時に投稿されます