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もちろん、私の方は冤罪ではないのよ? あの女と違う、罪のねつ造なんてしてないわ。
ただ、学園で私から虐げられているように見せる……教科書などの私物の破損を隠れておこなう人員や、私のレターセットを盗ませたり筆跡を真似て手紙を偽造したりの細々とした工作。命を狙われたように見せて自分で仕込む致死性のない毒薬もそうだし、わざとハインツ様に目撃させて撤退する暗殺者役を手配する便利な組織として私の家の手の者を送り込んだだけだもの。だから証拠の保全はばっちり。
お父様に「王家に大きな貸しを作れる」「教会の発言力を大幅に削れる」と計画の一部を話して全面的に協力していただいた甲斐があったわ。
教会は自分たちが聖女と祀り上げていた愚かな女一人にほとんど全ての罪を押しつけて上層部は逃げてしまったけど、弱みを握ったあの面々が上にいる方が都合が良いとお父様は楽しそうだった。
聖女と呼ばれていた女がおこなった犯罪は民に周知され、そのような邪悪な存在を見抜けなかった上に聖女扱いしてたなんてと大っぴらではなくとも教会の求心力が落ち、それに伴い国への発言力が減ったのでこちらも望んだ通りの結果となった。
ろくに調べもせず婚約者を断罪した愚かな王太子の話は全ての貴族の知るところとなり、婚約者に復帰することを了承した我が家への借りは計り知れないほど大きなものになっている。
ハインツ王子はきっと、私が寛大な心と愛によって今回の愚かな行いを赦したと、そう思っているのだろう。だってそう見えるように細心の注意を払って行動したもの。言葉の選び方やちょっとした息づかい、視線の運び方まで。
私はきっと、周りからは愛した人の心を取り戻して幸せに笑っているように見えている。お父様だって、計画の全貌は話していないから動機は私の嫉妬じゃないかなんて思っていそう。
「ユリアーナ……愛している。二度とこの想いは違えないと誓うよ」
「今度は……間違えないでくださいね、ハインツ様」
微笑む私の内には復讐の炎が燃えさかっている事を誰も知らない。何年後か、この男の心をズタズタに引き裂く日が楽しみだ。
私はその後、理想的な王妃と妻であり続けた。今までは「次期王妃の責任を負った貴族令嬢として相応しくない」と除外していたハインツの好みをプライベートな場でしっかり取り入れつつ、公の場では非の打ち所がない素晴らしい王妃として執務をこなす。仮面を着けたままの幸せな家族生活の中、王子を二人と姫を設けた頃にはあの学園での騒動を知っている同年代がちらほらと代替わりしてきていた。
この男の中ではすっかり過ぎたことになっているようで、先日の結婚記念日の式典の後には「あの時の俺はどうかしていた、今の幸せがあるのはユリアーナ、君の愛のおかげだよ……ありがとう、愛してる」と涙をにじませていた。
傷つけた方はそれで終わりなのね。
「もういいの。私も今日この日を思い描いていたような日溜まりの中で過ごせて……嬉しい。私も愛してるわ、ハインツ……」
王宮の庭園で子犬が跳ねるように遊んでいる、可愛い私の子供達を見つめながらそう言うとハインツ様は笑った。幼少期以来見ていないような、朗らかで、私の事を信用しきった笑みだった。
ああ、私が全て赦したと思ってらっしゃる。あの女の耳障りの良い言葉に騙されたときと同じ、本当に自分の見たいものしか見ない人。
私、私ね……ハインツ様が、私が貴方のことを憎んでいるって一度でも気付いたら、復讐はやめてさしあげようかと思っていたの。
「何のこと?」って首を傾げて、そのまま幸せな家族を続けてあげても良いかなって。
でも貴方はもう全て赦された気になっているのね。
私の憎しみはちっとも色あせていないのに。
復讐の舞台に引きずり上げる最重要人物の情報を一言一句逃さず頭に叩き込むと、今は王妃子飼いとなった影から受け取ったその資料を暖炉の火の中に投げ入れる。
そこに書いてあったかつての聖女は教会に逆らえぬように首輪をはめて今も無賃でこき使われている。命があるだけありがたいと思えと言いつつ、その身に宿った希有な力を手放す気の無かった高位の神官達は彼女を共有して「奇跡の代行」をさせていた。大分便利な駒扱いされているらしい。
あの時私が涙ながらに、「ハインツ様が一度でも愛した方の命を奪うなんてむごいことは出来ません、あの方に向けられたハインツ様の御心がお可哀そう」と大騒ぎして見せたからあの女は王家直々に命を保証されて終わらない労役に就いている。教会に潜り込ませた手の者からは、未だに私への過激な怨嗟を口にしているというから大分熟してきているようだ。
改心していないようならこちらも罪悪感が湧かないから都合が良い。
平穏に修道女として過ごしていれば、感謝の言葉を幾たびも向けられる事で善き心が生まれてかつての行いを悔い、優れた治癒魔法を使う敬虔な修道女に生まれ変わっていたかもしれない。
でも、全部仮定の話。
実際今いるのは、反省もせずに不満と愚痴しか口にしない、優れた治癒魔法を使う道具として便利に使われている、憎しみに顔のゆがんだ女が一人、それだけ。自分が治した患者の功績は他人に盗られ続け、やりがいすら一切無い中で何を考えながら生きているのかしら。
教会は、ここ数年信徒に向けて披露している「奇跡の御技」を実際に行っているのがかつて大問題を起こした女だと知られるわけにはいかないため最高機密のひとつにされている。奇跡を行う神官達が連れている修道女の中に毎回同じ女がいるとは民衆は誰も気が付いていないだろう。それが過去「聖女」とも「悪女」とも呼ばれた存在であるなんて、城の中では私以外に誰も知らない。
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