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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

100の悪魔と100人のお姫様

作者: 白椿

 突然悪魔たちの元へ放り込まれたお姫様たちの中の、四番目のお姫様とその悪魔の話。

 どんなとんでもご都合設定とご都合展開でも許せる方向け。

描きたいところを描いたものです。

勢いで書いたので誤字脱字等あるかもしれませんふわっと読んでください。



 昔々の、お話で―――いや、そんなに昔でも無いかもしれません。―――ある所に悪魔たちが住んでいました。悪魔たちは永い時を生きるものなので、気まぐれに人間で遊んだり、契約したり、はたまた魔界に侵攻せんとする人間を蹴散らしたりしていました。

 ある時、悪魔の頂点に立つ王様は、人間たちに100人のお姫様を差し出すように言いました。―――


□□□□□


 ところで、悪魔たちには王様以下、百番までの序列がありました。悪魔たちには人間のような身分はありませんが、力の強さで順番があり、例えば序列の四番と言えば全ての悪魔の中で四番目に強いということを意味しています。

 集められたお姫様たちは、その百の悪魔の元へそれぞれ一人ずつ引き合わされることになりました。




 四番目に呼ばれたお姫様は、北方の国から来た雪の魔力を持つお姫様でした。

 月の光の様な柔らかな白銀の髪は腰の辺りで緩くウェーブを描き、肌はシミひとつない透ける様な白、大きな瞳は湖水の様な淡い緑がかった水色。やや重たげなドレスの裾と上着にはふんだんに毛皮がつけられ、頭にはクリスタルのティアラが載っていましたが、その魔力はそこそこ強い様で、ひんやりと冷気をまとった彼女は、端々が凍りついているのです。

 そんな彼女が引き合わされたのは、四番目の悪魔でした。

 四番目の悪魔は、燃え盛る炎の様な髪と紅玉(ルビー)の様な赤い瞳を持つ麗しい美丈夫でした。―――実は、悪魔は美しく強いものを好むため、序列の高い悪魔ほど強さを表すように美しい容姿を持っているのです―――スラリと背が高く、その美しい瞳はややつり上り鋭い顔つきでありましたが、十分に美しい悪魔でした。


「陛下の気まぐれにも困ったものだ。人間など呼び寄せて何がしたかったのやら」


 悪魔はその見目に(たが)わず、炎を得意とする悪魔のようで、彼の屋敷は煮えたぎる炎を吹き上げる火口の中にありました。――不思議なことに、確かに煮える炎に飛び込んだのに、そこは花や草木が生い茂り湖まである丘陵地でした。色とりどりの炎があちこちから立ち上り、何も燃やすことなく植物や景色を彩る様は大変美しいものでした。

 屋敷の中も、外と同じように様々な炎が彩っていましたが、同時に手の込んだ装飾や年季の入った調度品が品の良さを伺わせます。応接室に通されたお姫様は、ようやく悪魔に尋ねました。


「ご挨拶が遅くなりまして大変申し訳ありません。北方の国より参りましたスノッリ・スノーフィールドと申します。――単刀直入にお聞きしますが、わたくしはここで何をしたら良いのでしょうか」


 お姫様は事情を全く知りませんでした。ただ、父親や自分の国の王様たちにいわれるがままその身一つで魔界へやって来ました。更に、お姫様は生まれた時からお姫様なので、自分の身の回りの事を自分一人ですることができません。召使いや奴隷だとしたら無能の極み、せいぜい生贄のようなものだろうから、食べられるなら痛くない方法がいいなぁなどと考えながらの発言でしたが、正面に座った悪魔は眉間にシワをぎゅっと寄せて心底おぞましそうな顔をしました。


「下位以下の魔獣でもあるまいに人など喰べぬ」


 それ以前に魔王様の命令であるお前に傷一つでも付けては命令違反だ。

 そう言いながら悪魔は手を伸ばし、お姫様の顔に触れようとしました。


―――バチンッ、パシュッ!!


 触れる直前に、魔力が弾け小さく爆発が起こりました。衝撃でお姫様はソファに倒れ込み、悪魔も手を中途半端に出したまま呆然とした顔をしていました。そして、お姫様が倒れ込んだソファは急激に凍りつき霜が降りて、そして急速に溶けて蒸発しました。悪魔の方が先に我に返り、髪をサッと直すと、指を鳴らしました。


「お呼びですか、主さま」


 現れたのは透ける赤い羽を持った少年でした。お仕着せ姿から考えるに従僕(フットマン)のようなものでしょうか。


「この娘を部屋へ。丁重に扱え」




□□□□□



 案内された部屋は、屋敷に見合う豪奢さで、けれど決して嫌味では無く、整った品のある部屋でした。


「はじめましてお姫様。今日からお世話を致しますリリと申します」


 部屋で待っていたのは、先程の少年とよく似た見た目の少女でした。――ちなみに先程の少年はリヤンと言い、やはり従僕のようなお役目だそうです―――リリはお姫様の侍女で、子どものような姿でしたが大変優秀でした。リリにも透ける赤い羽があってそれで浮かんだり、足りないことにリリが手を一振するとどこからか炎の精や生き物が現れて細々(こまごま)と動き回ります。


「……そう言えば、結局私はどうしたらいいのかしら?」




 よくわからないまま、お姫様と炎の悪魔と妖精たちの暮らしは始まりました。お姫様何をしていいのかわからず、リリやリヤンに尋ねましたが、


「なんなりと。この屋敷が見える範囲であれば外出されても構いません」


「お姫様のなさりたいことをなさってください。刺繍や絵画の準備もございます」


 お姫様には自分のやりたいことが何なのかわかりません。――実家では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。――

 また、一日のうち必ず一度はあの悪魔と一緒に食事をしました。本来、悪魔には食事も睡眠も必要ないそうですが、娯楽や嗜好品という扱いで魔界にもそれらはあるとリリが教えてくれました。そして、最後に決まって悪魔はお姫様にこう聞きます。


「何か望みはあるか」


と。

 欲しいものがあったり不自由があるなら望むままに口にせよと言われましたが、お姫様には欲しいものも不自由の意味もわかりませんでした。


 家では【お姫様】に【必要なもの】は常に用意されていたし、その日にどのように振る舞うかさえ全て用意されていたのです。お姫様はそれが通常だと思っていたので特にそれを疑ったこともありません。


「特に望みも不自由もありません。ですが、何をして良いのか、何をすべきなのかわかりません」


 と言うと、


「己で考えることさえ知らぬとは、つまらぬ女だ」


 と、悪魔は呆れたように言いました。そう言われたお姫様は、やることがあれば考えることは出来るのに、と思いました。同時に、酷く胸の辺りがザワザワしました。



 お姫様が悪魔たちと暮らし始めて五日がたった頃、お姫様に異変が起こりました。

どうしてか魔力の操作が上手く出来なくなったのです。お姫様は雪の魔力を持っていたので、意図せず紅茶を凍らせてしまったり、ドレスには触れるだけで霜が降り、かと思えば氷を作りたいのに出来なかったり、とにかく魔力が暴れているような感覚でした。今までは意識さえ集中させていれば魔力の操作を誤る事などほとんど無かったのでお姫様は困惑しました。


「魔力反発だな」


 その日の夕食の席で、悪魔はあっさりとそう言いました。


「最初に俺が触れた時に小さく爆発しただろう?俺の魔力は炎だから、相反する属性同士が予期せぬ触れ方をするとあぁなるのだ。それに、魔界(ここ)は人間の国より満ちる魔力が濃く瘴気も混ざっている。この屋敷には俺の魔力が満ちているし、この状況でその程度のことで済んでいるだけマシであろうな」


 悪魔はその赤い瞳で、お姫様をじっと見つめました。見つめられたお姫様は何故だか視線が逸らせず、徐々に赤が濃くなっていくような気がしました。


「飼い慣らせ。この世に生まれた時から共にある力だろう。その程度の力に呑まれるな」


 ―――この悪魔は、もしかして存外優しいのじゃあないかしら?

 お姫様のやることは、魔力を制御する練習をすることになりました。




□□□□□


 することさえ決まれば、黙々とそれを行うようになったお姫様。少しずつ少しずつ、以前の感覚を手繰り寄せる様に、まずは紅茶を凍らせないようにすることからはじめました。そして、一日に一度悪魔と食事をする時、その日のことを一つ話すことにしました。


「温かい紅茶を凍らせずにいただきました」

「お庭の炎が灯る花が綺麗でいつまでも見ていられます」

「今日はあの丘の上に行ってみようと思います」

「食事は温かいとこんなにも美味しいのですね」


 悪魔は微笑むことはありませんでしたが、嫌な顔をするでもなくお姫様の話を聞いていました。時には短く相槌も。



 ある時から、悪魔はほんの時々お姫様のそばに居るようになりました。部屋にいるお姫様の横で自分の仕事をしていました。書類を読んだり何かを書いたり、――お姫様を見つめたり。お姫様もまた、悪魔がいる時は、ふと手を止めた時に悪魔に視線を向けました。お姫様が悪魔を見つめるとすぐに気が付かれてしまいましたが。

 ほんの時々だったのが、まぁまぁの頻度になり、度々になり、やがて毎日になりました。仕事をしていたのが、お姫様と本を読んだりお茶をしたり、散歩をしたりするようになりました。お姫様は、悪魔が近くにいる時なんだか落ち着かずふわふわしたような、それでいてとても温かいような不思議な気持ちに、なりました。




「外へ行くぞ」


 その日もお姫様の元に現れた悪魔は、お姫様を連れ出しました。庭を抜け屋敷の横の林を抜けると、ここへ来た日遠目に見えた湖がありました。浅瀬の水面には小さなガゼボが浮かび反対側には桟橋もありました。お姫様が景色に見とれていると、悪魔はガゼボの方へ歩き出しました。しかし、ガゼボと岸の間には橋も飛び石もありません。深さはそれほど無さそうですが、服を着たまま歩くには到底無理な深さです。どうするのかと悪魔を見ていると、すたすたと水面を歩き始めたではありませんか。驚きに固まったまま岸でぼーっと見つめてると、悪魔が振り返った。


「来ないのか」


 簡単そうに言いますが、悪魔ほど流暢に魔法を使うことは人間には無理と言うのが魔界(ここ)に来てはじめて理解できたお姫様は考え込みました。雪の魔法しか使えない自分はどうやって水面を歩いたら良いのでしょう。


「……歩くところを凍らせるしかないわよね」


 制御は完璧ではありません。落ち着いた、と言うのが最も近いでしょう。そっと波打ち際につま先を付けるとパキリと氷が出来ましたそのまま踏み出すと分厚く凍っていくのが見えたのでお姫様はその上を歩き始めて―――五歩も歩かないうちに落ちました。


「出来ないことをしろとは言っていない」

「も、し、ゲホッ…申し訳、ございませ、ゲホッ」


 そこは浅瀬だったのでお姫様は溺れることはありませんでしたし、悪魔が直ぐに水から引き上げたので今はガゼボの中にいます。濡れたお姫様は滴る水ですらすぐさま凍りついていきます。お姫様を起点にガゼボに雪が積もります。


「それ以外に出来ないのか」

「生まれつきこれしか出来ないのです」

「人間は極端な寒さや冷たさに弱いだろう」

「日常的にこのようなものでしたから特に不足は感じません」


 そうです、家でも凍らせるまで行かなくともお姫様は常に冷気をまとい、夏でも冷蔵庫の中で過ごしているような状態だったのです。魔力が制御出来ないときでさえ大きな不便を感じなかったのは、そもそも制御下にあってさえ、普通の人よりかは不便な状態だったからです。


「…他の兄弟や姉妹たちはもっと優秀でした」


お姫様はポツリと言いました。


「ドレスに霜がつくのも、部屋の温度を下げてしまうのも、お湯を凍らせてしまうのも、私だけでした」


 そもそも、自分がおかしいことはお姫様だってとっくにわかっていたのです。

 お姫様は長女なのに雪の魔力を自在に操ることさえ出来ず日常生活にギリギリ支障がないくらいに抑えるのが精一杯でした。でも他の家族は違います。

雪の魔力を自在に操り華やかな氷細工を作る二番目の妹、

魔法騎士として王宮に出仕する双子の弟

、雪の巫女に選ばれて神殿に務める三番目の妹、

生まれたばかりの二歳の弟さえ、お湯を凍らせてしまうことはありません。魔力をきちんと扱える彼らは、魔法の基本である浮遊だって出来ます。面と向かって蔑まれることはありませんでしたが、兄弟たちと最後に話したのはもういつだったか思い出せません。身の回りの世話以外で使用人たちが近づいてくることもありません。いつしか温かいものはは用意されなくなりました。嫁ぎ先さえ見つからないと両親が嘆くのを聞きました。

 別に、家族や使用人を恨んではいません。むしろ、自分ですら手に余る力です。家のための政略の道具にすらならないなんて、なんて自分は役立たずなのだろうと、お姫様はずっと思っていました。


「実にくだらぬ話だな」


 お姫様の言葉を心底どうでも良さげに遮った悪魔はお姫様をじっとみた。


「貴様の後悔もどうでもいいが、貴様の家族は人間らしく実に短慮で愚かだ。制御できる程度の魔力しか持たぬ癖に、力に愛された最上級を自ら手放すとは愚の骨頂もいい所よ」

「愛?」

「貴様は雪の魔力に愛されている。飼い慣らせと言ったであろう?その力は、貴様が望むことをするのだ。望まぬなら望まぬとはっきり示さねば付け上がるに決まっている」


 お姫様はポカンと口を開けました。長い脚を組んだ悪魔はお姫様を見つめていますが、浮かべる表情は酷くつまらなそうなものです。


「己で考えることを知らぬとはそういう事だ。考えぬから力は勝手に作用するし、思考が曖昧だから制御が出来ない。貴様の魔力は人に余るものに相違ないが、宿るからには貴様の身の丈に収まるものだ」


 いつの間にか悪魔の瞳はぼんやりと光っており、どこかくらりとしながらお姫様は悪魔の瞳を見つめました。


「来い」


 悪魔の瞳の赤は静かに濃さを増しているような気がしました。ふらふらと言われるがままに近寄ったお姫様に、悪魔が手を差し出します。お姫様は手を重ねようとして、あの日のことを思い出して、寸前で固まってしまいました。


「俺を拒むな」


 すかさず悪魔は囁きます。それはまさに悪魔の囁き、甘い声色に誘われるように、お姫様はそうっと悪魔の手に自分の手を重ねました。重ねた手を悪魔がゆっくりと包むように握ります。悪魔の温度が熱いと思いました。それは指先から炎が包んでいくような、じわりと溶けて馴染むような、そんな熱さです。


「さァ、望め。貴様はその力とどうありたい、その力をどうしたい」


 悪魔と触れている所に霜が現れます。文字通り突如指先に現れた結晶は、熱さを排除するように、お姫様の手と悪魔の手を凍らせようとします。ぽたぽたと水滴が滴り落ち、落ちた水滴が再び凍って溶けて蒸発しました。悪魔はいつの間にか薄く笑っています。


「わ、わた…わたし、」


 自分は結局、どうなりたかったのでしょう。兄弟と話したり、侍女と普通に接したり、良家と縁を繋ぐ役目を果たしたかったのでしょうか。


「…それだけじゃ、無い……温かいって、知らないの……知りたかったの」


 庭に咲く花はどのような香りがしたでしょう。兄弟と他愛なくお菓子を食べて話をするとはどんなものでしょう。お湯が温かいままなら、冬場の彼女の世話も苦痛ではなかったでしょうか。家族で暖かい部屋で食卓を囲んで団欒するって、どんな温度だったのでしょう。


「どうか、普通に。温かいは、温かいまま、他の人の普通のように、ありたい」


 悪魔が満足そうに頷きました。同時に、温かい風が吹き抜け、お姫様の周りから水滴が消えていきました。凍っていた髪もドレスも、何事も無かったかのようにごく当たり前に乾いて、またガゼボの中は元通りになりました。


「それでいい」


 悪魔に手を引かれ、そのまま隣にストンと腰を下ろします。お姫様は自分の周りが暖かいことに気がつきました。服に霜がついていることもありません。髪の毛を触るとスルスルと指からこぼれて、氷粒さえついていないことがわかります。前触れなく、瞳から水滴が溢れました。でもその水滴が溢れる側から凍ることもありません。


「この程度の望みで泣くくらいならば最初から己の意志をしかと持て。欲深いのが人間なのだから」


 お姫様の腰に手を回し、自分の方に引き寄せた悪魔がお姫様の顔に口を寄せます。そのまま零れる水滴をべろりと舐められ、反射で閉じられた(まぶた)に口づけました。お姫様の白い肌が朱色に染まります。


「あぁ、悪くない。白い肌に赤はよく映える」


 悪魔は機嫌が良さそうに笑い、お姫様に触れるのをやめません。


「なっ、あ、っ…あの、」

「ヴァンディエッド」

「え」

「呼べ、貴様の悪魔の名だ」

「わたしの、あくま?」

「そう。魔界でも一桁、序列の四位(ほむら)の悪魔だ」

「序列の四位?」

「俺は魔界で四番目に強くてえらいと言うことだ」




□□□□□



 次の日、お姫様は風邪を引きました。夜までは普通に過ごしていたのです。夕食を食べてお風呂に入って寝る、そしていつものように起こしに来たリリはお姫様の不調を知りました。

 悪魔や精霊たちは風邪をひきません。何某かの要因で体調が悪くなることはあれど、人間のように体そのものが原因であることは無いのです。


「異様に冷たい?」

「はい。体温を測ると熱があるのに、触れると氷のように冷たく、部屋の中も冬のようなのです」


 悪魔は眉間にシワを寄せました。雪の魔力は既に魔界(ここ)に馴染んで変質したはずです。その為にわざわざ悪魔だって力を貸したのですから。


「見込み違いだったか…?」


 悪魔はお姫様を思い浮かべます。我らが王の気まぐれか、突如呼び出され押し付けるように引き合わされた人間の娘を、人間にしてはひどく美しいと感じたことを思い出しました。

 悪魔にとっての美しさの基準は見目よりもその内面の質、すなわち魂の形とか、魔力とかそういうものが一番です。勿論見た目も良い方が良いので、上位の悪魔たちは総じて美しいですし、集められたお姫様達も、色味に関わらず造形の美しいお姫様の方が好まれていました。

 突如己の手に押し付けられたことに憤りはすれ――そもそも人間自体を下に見ていることは否定しませんが―――あのお姫様は外見も中身も悪くないと判断したので素直に連れ帰ったのですから。


「人間は弱い生き物ですから、新しい環境に疲れているのかもしれませんね」


 リヤンがそう言いました。悪魔は結構一生懸命人間について、人間の女について考えました。リヤンの言うことにも一理あるかもしれないし、魔力が完全に安定した事で気が緩んだのもあるだろうし、つまり緊張が解けたのだろうか?

 悪魔はため息をついてグラスの中身を飲み干しました。


「人間とは難儀な生き物だな」



 その夜、―――魔界はほぼ夜というか、人間界とは昼夜が逆転しており、実は昼の方がほんの少ししかありません―――悪魔にとってはまだまだ活動時間なのですが、悪魔はお姫様の部屋を訪れました。

 お姫様がここへ来てから三ヶ月、お姫様と過ごす時間は増えたものの、悪魔はお姫様の部屋に来たことはありませんでした。お姫様の部屋は、最初に悪魔が整えたまま、ごく当たり障りないこの屋敷の一室のままでした。クローゼットや調度品も確認しましたが、新しく増えたものはなく、そもそもなにか増えるならば自分に報告が来るはずなのでなんの変化もないことは分かりきっていましたが、それでも悪魔にとっては不思議でなりませんでした。

 過去、己が呼び出しに応じてやった人間たちは老いも若きも男も女も悪魔が呆れるくらい欲にまみれていたのですから。


「確かに、寒いな」


 ここは、火口の中にある焔の悪魔の勢力圏です。炎の属性を持つ悪魔の周りは極端に寒くなることはなく、また悪魔や火の精達が肌寒さを感じるというのは極寒以上の場合なので、お姫様の周りにはとんでもなく強い力が働いていると言えます。普通の人間がこれに耐えられるのは余程の事が無い限り無理だろうと悪魔は思いましたし、雪の魔力に愛されていたとは言えよく五体満足だったなとお姫様を見ました。

 広い寝台の端に腰かけて、お姫様をじっと観察します。顔は薄ら赤く染まり、汗もかいていて確かに熱が出ているように見えます。しかし、寝台は凍りつきそうなくらい冷たく、顔に触れてもひんやりとしています。と、悪魔ははたと気が付きました。


「何故、こんなにも貴様を気にしているのだろうな」


 やりたいと思ったらする、欲しいと思ったら手に入れる、命令は別ですが面倒なことはやらないし、嫌うよりどうでも良くなることの方が多い、悪魔たちの思考と行動原理はとてもシンプルです。悪魔は今でもお姫様のそばに来たいと思ったからここにいます。それ以外の理由は無いはずです。


「人間とは本当に弱い生き物だ」


 お姫様は寝返りをうち、毛布を抱き込むように丸くなります。顔にかかる髪の毛を避けるように触れると、お姫様はとろりと目を開きました。


「…あったかい…」


 お姫様はゆるゆると自分に触れる手に自分の手を添えます。とても冷たい手なのに、確かに皮膚の下は熱いのが悪魔には分かりました。お姫様は体を起こして、しばらく悪魔を見つめたあと、水差しに手を伸ばそうとしたので、悪魔はお姫様にコップを渡そうとしました。

 しかし、ふらふらしているお姫様は大変手元が怪しく、また、水が凍りついてしまうので、悪魔はその手を支えて凍った水を溶かしてやりました。


「眠れ。ここに貴様の眠りを妨げるものはいない」


 お姫様を寝台に戻しながら言うと、お姫様は悪魔の服をつかみます。


「…ぁ、ヴァ、ンディエッド、さま」


 名前を呼ばれた時、悪魔の心はぐらりと揺れました。


「い、か…ない、で」

「……俺はここにいる」


 そのまま、悪魔はお姫様を抱き込むと、自分もゆっくりと意識を手放しました。勿論、お姫様を己の魔力で包むことも忘れません。お姫様を抱きしめた悪魔は何故かとても満足感を覚えて熟睡しました。





□□□□□


 お姫様達が魔界へきて三ヶ月半が経ちました。その日は魔界全体にぬるい風が吹いていて、悪魔は不快そうに眉をひそめていました。


「お姫様に不愉快になってるわけじゃ無さそうだね」


 そこは魔界の王城、つまり、お姫様たちが最初に呼ばれた場所です。たまには人間同士の触れ合いもさせよとの王様の命令で、百の悪魔と百人のお姫様はお城に集まっていました。

 百の悪魔と百人のお姫様は、当然全ての組み合わせが上手くいった訳ではありません。様々な形で何となくおさまっている組み合わせもありますし、お互いの息抜きや解決策を求めて集まっているとも言えます。


「この風が気に食わんだけだ」

「わーお理不尽」


 四番目の悪魔の前に座るのは、三番目の悪魔です。序列は上ですが、五位までは昔馴染みの上、長い間入れ替わりもありませんでしたから、実質ほぼ同格と言えるでしょう。四番目の悪魔は、三番目の悪魔とグラスのお酒を傾けながら、庭で戯れるお姫様を目で追いかけています。


「傍から見ると恋をしているように見えるよ」


 三番目の悪魔がそう言った時、お姫様たちの方から悲鳴が聞こえました。




 中庭のあちこちで、複数の倒れ苦しむお姫様たちがいました。その中には、四番目のお姫様も。


「何事だ!」

「わっ、わかりません。急にっ、苦しみ出して…」


 倒れたものの近くに居たお姫様たちに異常は見られません。悪魔はお姫様を抱き起こします。声をかけますが、青い顔で苦しむお姫様は答えることができません。悪魔はサッと周りを見回して他の倒れたお姫様を見ました。


「…なるほど、仕込みとは悪趣味な事だ。これだから人間は無粋だと言うのだ」


 周りでは無事なお姫様たちが室内に避難させられています。ぬるい風がザワザワと庭の花焼きを揺らしていきます。庭に残ったお姫様たちは、いずれも魔力が多いお姫様たちばかりです。


「お姫様の具合は?」

「取り除けば問題ない。が、長引けば肉体が持たない」

「他の子もそのようだね。全く、いたいけな少女を玩具みたいに扱うんだから、人間てのは悪趣味でいけない」


 のんびりと言う三番目の悪魔をギロリと睨む。


「おぉ怖い。そう威嚇するなよ」

「黙れ。どうせ他人事だと楽しんでいる奴がよく言うことだ」

「これでも心配してやってんのにさァ」


 三番目の悪魔のお姫様は無事なようで、閉じられたガラス戸の向こうにいるのが分かります。中庭には、倒れたお姫様の相手を筆頭に上位の悪魔が散見されました。これから起こることを、悪魔たちは分かっているので。


『悪魔風情が図に乗るな』


 それは、美しい金髪を持ったお姫様でしたが、あやつり人形の様にギシリと立ち上がり、その可愛らしい唇からこぼれる声は到底そのお姫様の声ではありません。


『悪魔に娘を取られた親の悲しみを、その娘の苦しみを知れ!貴様らは存在が悪!この世のクズ!!』


「ははは。喜んで差し出したその筆頭の癖に面白いことを言うね。…陛下は容赦するなってさ」

「当然。不快と不調の原因も、分かれば造作な…!?」

「っ!ヴァンディエッド!!」

『死ね!悪魔!!』


 金髪のお姫様の中から醜い声が叫びます。その時、お姫様たちから一斉に魔力がほとばしり、四番目の悪魔を筆頭にお姫様の近くにいた悪魔たちはその魔力の直撃を受けました。




 美しく整えられていた中庭は見る影もありません。金髪のお姫様から発せられる声は、苦しむお姫様たちの魔力を暴走させたのです。

 意識もなくただ魔力が暴れるお姫様、意識があるのに自ら制御ができないお姫様は、金髪のお姫様のように操られるように魔法を使うお姫様もいます。四番目のお姫様は二番目、意識は戻ったのにその力は言うことをききません。


「ぁ、う…っ、うぅ…ヴァン、ディエ…ドさ、ま…ぁ」


 お姫様を抱き起こしたまま、悪魔は氷に串刺しにされていたのです。お姫様の胸を突き破るように現れた鋭利な氷は、悪魔の右眼、肩、腕、胸等、あらゆる場所をさし貫いていて、それを直視したお姫様の瞳から涙が溢れていきます。


「っ、ぁあ、ヴァン…ディ、さ、ま…ごめ、なさい……ごめん、な、さ……」

「煩い、黙れ」


 悪魔は、その力から逃れようともがいている様でしたが、暴走したお姫様の魔力の方が早く、あっという間に悪魔の脚や指先が凍りついていきます。お姫様は悲鳴をあげて魔力を抑えようとしますが、最早魔力はお姫様の言葉を聞きません。

 三番目の悪魔はその後ろで二人のお姫様を押さえ込んでいましたが、状況を見て顔色を変えます。炎を得意とする悪魔が氷漬けになるのは相当まずいと誰もが思うでしょう。


「ヴァンディエッド!!!」

「ぃ、ゃ……やめ、て…お願い……とまって…!」

「く、そ…どいつも……こいつもっ……煩いと、集中、がっ…」


 抵抗も虚しく、四番目の悪魔の炎のような髪の先まで余すことなく氷が走りました。それだけでは飽き足らず、氷はどんどん分厚くなり、赤い色さえぼやけていくようです。徐々にお姫様にも氷がパキパキと走り始めます。


「おい、君!!ダメだ!」


 近くの悪魔が叫びますが、絶望したお姫様には届きません。お姫様の目に映るのは、いつだってこの赤い悪魔で、でも、悪魔の熱さも、声も、何もかも自分が凍りつかせてしまいました。

 せっかく、魔力を上手に扱えるようになったと思っていました。今日だって、他のお姫様と普通の距離で普通に楽しく会話ができたことに、ここがどこで自分たちがどんな状況であるかも忘れて、内心とても喜んで浮かれていたのですから。けれど、お姫様の記憶はそこで途切れていて、気がつけば自分の魔力で、悪魔が貫かれていたのですから、状況がわからなくて当然ではあるのですが。

 もうダメだと、お姫様は意識も手放そうとしました。



 しかし、お姫様が本当にわかっていなかったのはそこではありませんでした。ここは、魔界。悪魔が統べる、魔の世界。その上位の悪魔がどのような悪魔であるかを。


'誰が考えるのをやめていいと言った?'


 お姫様の頭の中に、最早随分聞きなれた声が響きます。


'考えることを放棄するな。己で押えこめ'


 頭皮が凍りつき髪の毛が動かなくなりました。こぼれる涙さえも凍る中、お姫様は赤を探しました。


'出来ないことをやれとは言っていない。さァ、俺はどうしろと言った?'


 お姫様は力を振り絞って叫びました。


「―――ヴァンディエッドさま――!」


 バキンッと音がして氷が砕け散り、瞬時に蒸発しました。同時に、濃密な赤が広がる感覚と、その場に魔力が満ちるのが分かります。


「遅い。と言いたいが、俺も少々手間取った」


 ぎゅ、と抱きしめられて、お姫様はいつもの熱さに包まれました。悪魔がお姫様にだけ聞こえるように、すまない、と囁きました。


「お前の悪魔はここにいるぞ」


 その瞬間、悪魔の魔力が膨れ上がります。そして、あっという間にそれは広がり、最も近くにいるお姫様は、己を食い破らんばかりに暴れていた力が徐々に収まっていくように感じていました。

 お姫様の魔力はいつの間にかおさまり、さっきまでのように暴れることもありませんでした。倒れたお姫様たちは運ばれていきました。四番目の悪魔もお姫様を抱えて立ち上がります。


「流石に殺られたかと思ったけど、ピンピンしてるねぇ」

「この程度に俺が殺られるものか」


 ケロリと話しかけてきた三番目の悪魔に呆れた顔で返しながら四番目の悪魔は歩き出す。


「陛下に報告を終えたら帰る」

「えーっ久しぶりに会ったのに。もっと飲んで行かないの」

「もう充分話しただろう」



□□□□□


 四番目のお姫様は、結局、帰ってからも少し寝込みました。とは言っても、この度は疲れによるものだったので、直ぐに起き上がり、今は悪魔と共に温室に向かっている所です。


「あの娘を送り出した人間たちは最初からあの騒ぎが目的だったらしい」


 あの娘とは、魔界の王城で騒ぎの発端となったお姫様のことです。あのお姫様の国は人間の国の中でも魔法が発達した国であり、四番目のお姫様の国とも国交があったので、あのお姫様と四番目のお姫様は面識がありました。

 どうやら、タダでお姫様たちをくれてやる気は毛頭なかったらしい一部のお姫様の親や国王含む人間たちは、なんと魔力の高いお姫様数人に魔法をかけて暴走する仕組みを身体に組み込んでいたのです――それには四番目のお姫様もふくまれていたのですけど―――。

 あの金髪のお姫様を筆頭にあの国を経由して集まったお姫様たちの中でも選ばれた数人に仕掛けを施し、何がしかの条件であのような暴走を引き起こし、悪魔を道連れにするように画策していたと言うのが事の顛末です。


「悪魔はあの程度では死なないがな」


 結果的に、悪魔の方にも被害はほとんど出ていないそうです。それは当然で、あの場は王城、つまり、王たる最強の悪魔を筆頭にあの日は上位の悪魔たちも全て揃っていたのです。お姫様の仕込みの条件がなんだったのかは分かりませんが、タイミングは悪すぎたようです。

 また、暴走したお姫様たちの保護者の悪魔の中で最も上位の悪魔はこの四番目の悪魔でした。油断して氷漬けにはなったようですが、それを解いた直後に一気に鎮圧したのはこの悪魔の実力です。四番目のお姫様は、初めてこの悪魔が言っていたことを目の当たりにしました。

 お姫様はリリが用意してくれた紅茶をゆっくりと口に運びました。適温の紅茶は、凍りつくことはもうありません。時間をおって冷めていくだけです。お姫様と悪魔はやってきた温室のソファで寛いでいます。悪魔はお姫様の髪の毛を弄びます。


「人の国へ戻りたいか?」


 確認するかのように、悪魔はそう言いました。お姫様は唐突な問に目を見張りましたが、特に考えることも無く首を横に振りました。戻ったとて居場所があるとは思えませんし、悪魔の手がついた女なんて忌み嫌われるのは目に見えています。それに薄情と言われても、戻りたいという気持ちはこれっぽっちも自分の中に無いのですから。


「まぁ、返す気は無いんだが」


 悪魔がじっと瞳を合わせてきたので、お姫様は見つめ返しました。その途端、悪魔の赤い瞳がどろりと熱を持ちました。あ、と思うまもなく、お姫様は視線を逸らせなくなります。炎が揺らめく紅玉の赤にくらくらして、目を逸らしたいのに逸らしたくないような、胸が高鳴るような心地がします。


「スノッリ」


 悪魔はお姫様の名前を呼びました。ぞくりと身体を走るのは、紛れも無く歓喜の感情です。

 あぁ自分の名前をちゃんと聞いていたのだこの悪魔は。

 この美しい悪魔からその声で自分の名前を呼ばれる甘美さときたら!思わずうっとりとして、悪魔に手を取られたことすら気が付きません。


「スノッリ。俺がお前を好いている、と言ったら、お前は俺に応えてくれるか?」


「好いて……すき?」

「そう、家族とか友人ではなく、愛している方の。俺はお前が欲しくて欲しくて―――とても堪らない」


 悪魔は美しく笑って、お姫様の指先に口付けました。指をなぞって手の甲でその口びるが止まります。上目でこちらを見ながら、なんと情熱的な言葉が、お姫様がうっとりするような声と仕草で紡がれます。


「ほんとうに?」

「俺はお前に嘘をつかないとも。何より、悪魔は欲に忠実だ。欲しいものは欲しいというし、力づくでも手に入れる。そういうものだ」

「でも、わたし…人間、だから」


 お姫様は視線を逸らせないまま、こてりと首を傾げます。その表情は恋する乙女の顔で、返事など無くともお姫様の気持ちが悪魔には手にとるようにわかるのですが、お姫様からの言葉が欲しいので、辛抱強く言葉を返します。急いては事を仕損じるといいますから。言葉にさえすれば、後は悪魔の本領発揮と言えるでしょう。


「そうだ、俺もそう思っていた。だが、今はそんなことどうだっていい。悪魔になりたいのなら叶えてやろう。お前の望みならばなんだって。お前が欲しいんだ、スノッリ」


 悪魔は身を乗り出して、お姫様を抱き寄せます。瞳は爛々と輝き、その濃い赤に見とれてしまいそうです。

 実の所、お姫様はとっくにこの悪魔に心を許しているので、悪魔の口説き文句に否やはありません。でも、高ぶる気持ちが、上手く言葉を作ってくれないのです。ようよう、お姫様は声を出しました。


「なんでも叶えて、くれる?」

「なんでもだ」

「……じ、じゃあ」


 貴方が欲しいです、ヴァンディエッドさま。


 腰をがっちり捕まえたまま、上目でこちらを見る悪魔の頭にそうっと近づいて、その尖った形の良い耳に、お姫様はそう、囁きました。


「私は、貴方を好きになっても良い?」


 気がついたら悪魔はお姫様の上にいて、お姫様はソファに押し付けられていて、そして、その小さな唇に悪魔の熱い口付けが。


「勿論だとも、俺のお姫様。俺はお前の悪魔だからな」




余談:お姫様の順番は魔界に到着した順です。お姫様の中には魔法が使えない人も魔力がない人もいます。

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