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農業は命<壱>


2545年…7月10日、まだ夏も始まっていないのにとても暑かったと、俺の母は言っていたらしい。


都会からかけ離れた比較的平和なこの田舎に、長男である俺を産むため、俺の家族は越してきたんだそうだ。


そして越してきて3ヶ月後のこの日に俺は産まれた。


母の変わりに、命を得てーーー。



ーーそれから約15年の歳月が流れた。




古い瓦屋根に、茶色く今にも崩れ落ちそうな柱は最早どうやって支えているのか分からないほどだ。

無駄に広い庭は小綺麗に片付いているが、何も無い。

ただポツンと、小さな井戸があるのみで味気ない。

目隠し用のキンメツゲと言う分厚い木々が、夏前の刈り上げで申し訳なさそうに家を囲んでいる。……少し切りすぎたかな。

そして最近家に来た二匹の新しい家族である、金と言う雌と銀と言う雄の鶏、この2匹が仲が悪いのか庭の端と端にお互い背を向けて微動だにしない。


なんと言うか、いつも見なれた殺風景な田舎の風景が朝から目の前に広がっていた。

何も変わらない、ただの日常がそこにあった。


今年の昨日、15歳になった俺の日常は、やはり15年経ったとしても何一つ変わらなさそうに見えた…はずだった。


「……………よしっ…」



日向 直人(ヒュウガナオト)

それが俺の名前だ。

日向家の長男であり、次期大黒柱。

父は日向 陸人(ヒュウガリクト)40歳になったばかりの立派なオヤジだ。

そして、長女であり、妹の陽葵(ヒマリ)5歳。

妹は、6年前に父が再婚した女が産んだ子。

俺はどちらかと言えば嫌いの分類で、母と呼んだことは1度もなかった。

まぁその女も新しい男を見つけて4年前に蒸発したが。


父はそれに懲りて、もう結婚することはなかったが、日がな一日部屋で何か書物をして引きこもっている。

どうやら元々都会の方で有名な物書きらしい。



俺の地域には学校と言うものがない。

何故なら市にお金がないからだ。

だから子供でも動けるのなら働くことを余儀なくされている。

どんな仕事かって?そりゃ、決まってる。

この田舎の特産品である綿を育てること。

働いて稼いだお金で食べ物は、徒歩で1時間ほどに小さなスーパーで、外国産のを買う。

安くて臭い肉や、質の悪い小麦、そして超高い卵だ。


数十年前は、国内生産をしていたこの国だったが、他国の圧力と国の中枢部の弱体化と私物化により、一部の人間にしか喜ばれない国政になってしまい、農家は絶滅。

今最も国内生産をしているのは、この食べられない綿のみ…まぁ地方によって違うだろうが。

お役所によって、市の民にはこの綿を大量に作ることが決まっている。

ほかの地域や、地方はたまに違うようだが、それを知る手段は今はない。

昔はてれび…と言う離れていても遠くのものが分かる発明があったようだが、貧乏人には買えないものだ。


俺が生まれてからこの状態の国だった為、俺自身が疑問を持つことは無いが、その前を知っている父は常々、「昔に戻りたいな」と口にしている。

…そんなに良かったなら、何故こうなるまで放っといたのかと言う話でもあるが、それを父に言っても仕方がない。


そんな何となくを過ごしていた俺は一昨日、父の書斎を掃除しているとある物を見つけた。

それは1冊のノートだった。

さっきも言った通り、ここには学校がない。

つまり、学ぶ場が無いため、俺くらいの年頃の人達は文字の読み書きや考える事は特にしない。

みんな畑で忙しいから。

だが俺は、小さい頃から物書きの父によって多くの言葉を教えて貰い、知識や強要、様々なジャンルの本を読んできた。

それら全ては現実とはかけ離れた事ばかりで、夢物語のように感じていたが、一昨日見つけたそのノートには、衝撃の事が書かれていた。


その著者は、なんと亡き母だった。

題名は……料理ノート…



母は父と10の年の差で結婚したそうだ。

つまり母は生きていれば50歳を迎えていた。

何を言いたいのかと言えば、こうだ。


50年、半世紀も前の父が常に良かったと言っていた時代、その時代の料理が書かれている、という事だ…!

今の食事は、スーパーの外国産のまずい物をなんとか食べられるように味付けし直した物で、正直、ギリギリ食べられるものばかりだ。

そんなものを食べてきた近所の人達は、皆不健康であり、あまり食に興味が無い。

そんな生活を抜け出したくて、こっそり鶏を飼っていた近所の俊夫さん(78歳)に分けていただいたばっかりの時にこれを見つけたわけだ。


そう……俺は、パンドラの箱を見つけてしまったのだ。

この荒んだ世界、何も変わらない灰色の世界に今こそ色を付ける時が来たのだ…!!




だがこれは役所の人達には知られてはならない。

何故ならアイツらは俺達が教養を得ることを良くは思っていないからだ。

私利私欲のため、俺達は何も考えない働き手としてひつようだから。

何度アイツらに父の本を捨てられたんだろうか。

俺はほとんど読んでいたため、内容や知識は覚えているが、妹はもう見ることは出来ない。

俺個人的にお絵描きと称してたまに教えてはいるが、あまり教え過ぎると異端児と見られて役人に暴力を振るわれたりする可能性がある。

弱い立場の今はただ、隠れることしか出来ないのだ。


俺は早朝の霧が立ち込める肌寒い中、鶏2匹を捕まえて山へと向かい、歩き出した。

背中には少し大きめのリュックと古びた桑、そして両脇に鶏を携えて山を昇った。



昨晩のうちに必要なものは山の秘密基地に運び込んでいたのだ。

父には料理ノートを見つけた時点で相談済みだ。

父も母のノートを見て泣いていた。

そして、懐かしの料理を食べたいらしく、俺に全面協力をすると言ってくれた。

そして近所の仲のいい人達にも、相談してくれた。

彼らは皆高齢の方々ばっかりだが、口裏合わせや必要なものをいくつか分けてくれた。

もちろん条件つきで、だが。

その条件はやはり、過去の料理……そして、この村やこの国の未来だった。


彼らも案じていた。

半世紀も前の時代とはかけ離れてしまった今の世や、若い者に対して。

こんな世の中は間違っていると。

そして俺は沢山のものを託された。

希望も、勇気も、願いも、平和も。

ただ、料理を作る為ではあるが、それは第一歩でもあったからだ。

村で唯一読み書きが出来る若い俺だからこそ、頼めると言って貰えた。




俺は更に決意を固め、寒空の中一歩一歩確実に踏み締めて山を昇った。










ーー農業は命<壱>ーー終了

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