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卑怯な温もり  作者: 久遠寺蒼
リエ
20/25

19:僕も、少し楽しかった

 町田駅のロータリーで、僕はリエと待ち合わせた。

 午後十一時。

 町田駅前はそれでも、悶々とした車が溢れかえっていた。

 少し眠たそうな、しかし嬉しそうな笑顔で、リエはFUGAの助手席に座った。

 彼女の家の方面を目指して車を発進させる。

 途中にファミリーマートがあったので、僕らは車を駐車場に止め、爽健美茶とじゃがりこと小さなバームクーヘンを買った。




 ――町田は、坂が多い街だと、聞いていた。




 駅前の喧騒から離れると、途端に車も歩く人たちもなくなり、街灯の少ない夜道を静かに走る。

 僕は、公園に行きたいとリエに言った。

 深夜の公園で見る空は格別だから、今日は雲も少ないし風も涼しいからきっと気持ちがいい、と理由もつけて。

 本音は、違う。

 僕は公園で別れ話をしたかった。

 リエが歩いてでも帰れるように、彼女の家の近くの公園を求めた。

 しかし車を止められるような公園はなく、彼女の家から5kmほど離れたところに、大きな公園を見つけた。

 車は少なく、少し細い道路になると、街灯はまばらで、埼玉よりも薄暗い印象を受けた。

 起伏の激しい道を、車のライトをハイビームにしながら、ゆっくりと進む。

 その間、彼女の笑顔に負けないくらいの笑顔を、僕は作ることができなかった。

 相槌もそっけない。

 時折リエがどうしたの、と気にかけてくれたが、僕は高速道路の運転が長かったから少し疲れた、だから早く公園で休みたい、と言った。





 公園のそばの月極駐車場の隅にこっそりと車を止めて、僕たちは車から降りた。

 空はぼんやりと暗い。

 風は無く、涼しかった。




 リエは怖いと言った。

 前に駅からの帰り道で痴漢に遭って以来、暗い道が怖くなったと言った。

 リエは寒いと言った。

 彼女が着ていた黒のミリタリーコートは、車に置きっぱなしになっていた。

 僕は自分が着ていた黒いジャケットをリエの肩にそっとかけてやった。

 寒くないのと聞いてきたので大丈夫と答えると、リエは照れくさそうに『ありがとう』と言った。

 僕は胸が苦しくなった。




 夜の公園に人はなく、猫一匹もいない。

 遠くの方からウシガエルの鳴き声が聞こえる。

 夏がじょじょに近づいているのだろうかと、思った。




 ブランコとジャングルジムとシーソーとベンチがあるだけの、ひらけているがどこか淋しい公園だった。

 僕はベンチに座り煙草に火をつける。

 起きてからまだ一本も吸っていない。

 彼女はベンチに座らず、僕の前に立って笑顔で煙草を指差した。

 自分も吸って『みたい』という合図。

 リエは煙草を口に咥え、煙草を少量口から吹き出すと、うまく吸えたと――もちろん彼女はふかしただけで、肺にまで煙をいれていない――笑った。

 僕は良かったじゃん、と笑った。

 うまく笑えたか心配になった。

 寂しそうな笑いではなかっただろうか。

 僕は、リエに煙草を吸ってほしくなかった。




『妹はね、煙草吸ってるの』

 先日飲んだ時、リエはそう言ってモスコミュールをぐいとあおった。

『彼氏の家にいっつも行ってて、なかなか帰ってこないんだ』

 僕はリエから話を聞いて、不良ギャル達の姿を思い浮かべた。

『まだ十八歳なのに、緑色した、英語がずらっと並んだ煙草を吸ってるよ』

 マルメンのことだろうなと思いながら、僕はジャックダニエルのコーラ割りを飲んだ。

 リエと妹は、姉妹でありながら性格も好きなものも全然違うのだという。

 リエはどちらかというとギャルになりきれないギャル、妹は遊びまくりのパープリンギャル。

 そんな印象を持った。

『私ね、妹が羨ましいんだ。私もああいう風になりたい』




 そんな話を聞いたからこそ、僕はリエに煙草を吸ってほしくなかったのだ。

 リエはリエらしくあればいい。

 僕は不良ギャルが苦手だった。

 妹みたいになりたいからとか、そういう理由で煙草を吸い始めてほしくない。

 今でもリエは十分魅力的なのだ。

 煙草を吸うことで、リエからどんどん魅力が剥がれていく気がして、僕は怖かった。

 それが僕には耐えられない。

 僕はリエを幸せにしようと思ったことはあるけれど、不幸にしようと思ったことは微塵もない。




 それに、煙草は健康にも悪い。

 僕が言えた台詞ではないけれど。

 しかし彼女は輝かしい将来を夢見ている。

 刹那的な翳はどこにもない。

 だから健康に気を遣ってほしい。

 輝かしい未来を手に入れるには、健康である方が望ましい。




 僕といると、リエはきっといつか日常的に煙草を吸うようになるだろう。

 別れたストレスで煙草に走る、かもしれないけれど。

 結果として、煙草を吸うようになるのなら、『僕』という理由は介在させたくなかった。

 依存の姿にも似た、逃げ口のように口酸っぱくリエの口から僕の名前が出ることが、許せなかった。




 だけど今の僕に、煙草はダメだと口に出せる勇気もない。

 そんなことに、容量の少ない勇気を使ってしまっては、僕はきっと一番伝えなくてはいけない言葉を伝えられなくなりそうで、怖かった。

 だから僕は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。




『夜の公園っていいもんなんだね。一人だと少し怖いかもしれないけれど、二人だったら全然そんなことはないかな』

『そっか……よかった』

 空を仰ぎながら、リエは楽しそうだった。



 僕も、少し楽しかった。



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