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卑怯な温もり  作者: 久遠寺蒼
リエ
19/25

18:明日、会えない?

 その六文字を見た瞬間、僕の中で何かが砕け散った。

 それはリエと付き合っている中で感じた何もかもを吹き飛ばし、ぐちゃぐちゃに壊して一つの混沌へと回帰させた。

 夜も更けた、五月のこと。

 僕は何も考えられないまま、長い夜を一人で言葉を発することもなく過ごした。

 墨色に暗闇に染まる世界で、僕の頭の中は空虚な真白で塗りつぶされていた。

 走馬灯のように思い出が流れることもなく、リエやユリのことを思い浮かべることもなく、乱れたベッドの上で天井を見つめながら、土に還る灰のように茫漠とした時間に身を委ねていた。

 何もかもが、空しくなった。





 夢を見ていた、というにはあまりにも言葉を美化しすぎている。

 二人が過ごした日々は事実。

 ありのままに表現するしかない。

 だからこそ、僕は思うのだ。




 『解放』された、と。





 吹っ切れた、と言ってもいい。

 僕は苦悩の狭間を行き来し、おかしくなったメトロノームに合わせて動く道化師と同じように、狂ったリズムで左右に揺られたのち、振り切れて首をもたげたのだ。

 手足はねじれ、泣きそうな赤鼻の笑顔のまま、舞台から転げ落ちて闇に沈む。

 後ろめたさはあった。

 もしも後ろから服の袖を掴まれたなら、僕は迷って去る足を止めていたかもしれない。

 本当に終わりなの、と言われたら、僕は彼女の代わりに泣いていたかもしれないのだ。

 揺らぐことのない決意ではなかったが、確かに心に決めた。




 リエと、別れよう。




 思考が回復した時には、そう決意していた。

 これでユリと付き合うことができるとかそんな野蛮で腐卑な考え思いついたわけではなく、しかし彼女からのメールが僕を強制的に突き動かしたのは確かだった。

 朝の三時に突然夢から覚めた時の、寝汗を伴うような夢の終わりに似ている。

 すっきりとはしない、しかし胸に穴が開いたかに思えるような寂しさが募った。




 後悔は、しない。


 僕が選んだ道だから。


 人は不幸になるために限られた選択肢から未来を定めるのではない、幸せになるために最善だと思う道を選ぶのだ。


 だから、間違ってはいない。


 遠回りをしたかもしれない、些細なミスをしたかもしれない。


 でもそれは後になって初めて分かる結果論。


 進行中には気づくことができないのだから、誰もその選択を責めることは、できない。


 そう自分に言い聞かせないと、僕は、見えない何かに押し潰されてしまいそうだった。





 ユリにメールは返さなかった。


 電話もしない。


 理由を問いただそうともしない。


 ただ、彼女の独り言のような報告を受け止めるだけ。


 代わりに、僕はリエにメールを打った。







 『明日、会えない?』と。





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