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卑怯な温もり  作者: 久遠寺蒼
リエ
18/25

17:僕はできなかった

 ユリにふられて、流されるようにリエと付き合いだした僕は、いったいどこに向かおうとしていたのだろう。

 付き合うことはできないと言われて、じゃあ一番の友達で、となってユリとの物語は終わり。

 僕はリエと共に新しい物語を紡ぎだしている、はずだった。

 ユリとの関係・想いを清算して、リエと楽しく睦ましい日々を送る、はずだった。




 もちろん、リエのことは好きだった。

 かわいらしかったし、ハキハキと喋るし、あっちむいてホイは弱いし肉が好きだと言って牛角で八千円くらい使ったしおそろいのペアリングも買ったしリエの頬をつついたし二人で漫画喫茶でまったりしたしカメラの話で盛り上がったりしたし。

 でも、僕の心の中には、いつまでもユリがいた。

 リエからきたメールを見て、ユリだったらこう反応するだろうな、ユリとこんなことしたな、と何度も何度も考えては首を横に振った。

 リエのいいところをたくさん見たかったのに、僕は彼女の嫌な部分を見てしまったりした。

 束縛癖が強かったり、やると決めたことを簡単に諦めたり、お酒が弱くてすぐにヘロヘロになったり少し余所見をするといじけるし頭を撫でないと拗ねるし勝手に携帯を見るし夜中の三時なのに『ちゃんと寝てるの?』ってメールがきたり。

 それを許容する反面、どこか彼女に対して嫌悪感にも似た感情を抱いている自分がいることに気づいた。

 罪悪感だったかもしれない。

 ただそれが誰に対するものなのか、僕ははっきりと言えない。

 自分に対してか、リエに対してか、もしかしたらユリに対してだったのかもしれない。

 好きになったはずなのに。




 僕はリエからの告白を拒否することだってできたはずなのだ。

 実は三日前に好きな子に告白して、ふられたんだって言えばよかったんだ。

 リエとメッセージ交換していたのは友達としてであって、恋人になりたいから送ってたわけじゃなかったんだと説明すればよかったんだ。

 でも僕はできなかった。

 それをリエに言うのはとても申し訳なかったし、僕自身が誰かを必要としていたのかもしれない。

 誰でもいい、ワンオブゼムだったのかもしれない。

 違う。

 そうじゃない。

 そんなことは絶対ない。

 ……と、信じたい。




 どうして僕はこんなにも困惑しながらリエと付き合っているのだろう。

 何かが、違う。

 どこかおかしい。

 ふとした瞬間、僕はリエと一緒にいることに違和感を覚えた。




 リエが僕のことを好きなのは、分かっている。

 僕を束縛してしまうのも、僕を想うがゆえにそうなってしまうのだろう。

 したくてしたいわけじゃない。

 そうしないと不安に押し潰されそうになってしまうのだ。

 分かっている。

 夜中のメールだって、コミュニケーションをとりたいがために送ってくるのだろう。

 一人でいると、連絡が少ないと、淋しいのだ。

 分かって、いる。




 けれど、僕はリエを心の奥底で拒絶している。

 今までこんなにも僕のことを好きになってくれた人はいない。

 もったいないくらい、僕のことを想ってくれている。




 一度、ひどい咳風邪をひいてしまったことがある。

 その時、リエは僕の家に南天喉飴を送ってくれた。

 七百円程度する南天喉飴を、彼女はウッドストックのストラップと小さな手紙と共に送ってくれたのだ。

 小さな手紙にはかわいらしい文が書いてあった。

 『君はスヌーピーみたいだから、ウッドストックを送ります。私だと思っていつも傍に置いてあげてね。風邪、早く治してまたどこかに行こうね』と。




 嬉しい半分、どうしてここまでするんだろうと思ってしまった僕は、本当に、ひどい人間だと思う。

 素直に受け入れられない。

 これがユリだったらと思うことはなかったが、彼女の想いに今の自分がこたえられる自信が無くなっていた。

 リエが僕を想うたびに、僕の心は遠ざかっていく。

 リエが僕を想えば想うほど、僕の好きという感情は朽ちて剥がれていくのだ。




 リエが悪いわけじゃない。

 全部僕のせい。

 僕が宙ぶらりんの状態でリエと付き合ってしまったせい。

 だから僕は自分で自分を苦しめ、そしてきっとリエをも傷つけてしまうだろう。

 もうすでに、傷つけているのかもしれない。

 そう遠くない未来、僕はきっとリエから逃げ出すんだろうなと、茫漠としたイメージが頭をちらついて、いた。




 でもリエと別れない。

 別れる理由がないと言えば嘘になるが、今すぐに別れる必要性が見出せない。

 もう少し時間が経って、ユリのことが頭から離れるようになって、それでもまだリエが僕のことを好きでいてくれるのなら、僕はきっと全力でリエを愛するだろう。

 そんな願望にも似た想いで、僕はリエとの関係を保っていた。

 今はきっと、傷ついているのだ。

 だから良くないことを考えてしまうのだ。

 じゃあ、リエに癒してもらえばいい。

 彼氏彼女の関係になったのだから、それくらいしてもいいだろう?




 それが、できない。

 じゃあなんで二人は付き合っているんだろう。

 ただ、彼氏がいる、彼女がいるという肩書きが欲しいだけなのか。

 そうじゃない。

 きっと意味がある。

 軽薄な想いでリエが僕と付き合おうと思ったはずはないし、僕も付き合うことはしなかったはず。




 ざっと流すように思い返すと、しかしそれはどうにも言い訳のように自分のことながら思った。

 理由の後付け、理不尽な暴力、硝子の人魚姫、荒涼なフィラデルフィア。

 意味の分からない言葉の羅列が、まるで僕自身を表しているようにすら思えてくる。

 馬鹿げていて、呆けていて、もったいなくて汚い。

 きっと、ユリからメールが来なければ、僕はそれでもリエと付き合っていたはずなのだ。



 ユリからきた、一通のメール。






『彼氏と別れた』







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