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卑怯な温もり  作者: 久遠寺蒼
ユリ
16/25

15:二人はこんなにも近くて、こんなにも遠い

『ねえ』

 彼女の小さな唇が動く。

『少しだけ、今だけ、軽く抱きしめて』

 僕は言葉を発することもなく、頷くこともなく、彼女に向けて一歩踏み出し、彼女の背中に腕をまわした。

 ユリの体は温かく、そして小さく震えていた。

 彼女は僕の鎖骨あたりに額を押し付けると、そっと、僕の胸元に手を置いた。

 小さい手だった。

 何かにすがるように拳を握って、僕の服を掴んでいた。


『ワッカくんの、卑怯者』

 彼女は小さく笑いながら、言った。

 僕はその言葉を返すことができなかった。

 ただ、その儚げな背中を、優しくさするだけだった。

『今だけは、このままでいてもいいよね?』

 僕はかすれた声で一言、ああと言った。

 彼女の、服を握る手が強くなり、額をより強く僕の胸に押しつけてきた。

 また泣き出すのかと思ったけれど、彼女の肩が震えることはなく、規則正しい静かな吐息を胸に感じた。

 静かな夜だった。

 本当に、静か。

 二人だけの世界が、何も言わずにただそこにあった。

 僕は今、きっと幸せを感じているのだと思う。

 少し経てば消えてしまう、それこそ夢のように終わってしまう、儚い一時を、もうやってはこないだろう甘酸っぱい人生の一瞬を、感じずにはいられないのだ。

 彼女が額を離せば終わる。

 この時だけが特別、きっとその後は今までの二人に戻る。

 そう、きっと、戻る。


 すっとユリが額を離すと同時に、僕も彼女の背中にまわした腕を解いた。

 彼女の手は僕の胸に置いたまま、ユリは僕の顔を覗き込んだ。


『本当は、私もワッカくんのことが好きなの』

 ユリはそう言って、顔に笑みを湛えた。

 思わずもう一度抱きしめたくなるくらい、今までで一番かわいらしい笑みだった。

『でも、付き合うことはできないよ。今の彼を裏切ること、できないし。それにきっと今の二人はそれを望んでいないと思うし。

 ワッカくんの気持ちがすごく嬉しい。好きだって言ってくれて、嬉しかった。何も言わずに抱きしめてくれて、嬉しかった。これは事実。

 嫌いになったわけじゃなくて、一緒にいたくないわけじゃなくて、それでも』

 そこで彼女はふっと言葉を閉ざした。


 どうして二人はこんなにも近くて、こんなにも遠い場所にいなくてはいけないんだろう。

 二人は織姫と彦星のよう。

 でも彼らと違うのは、言葉を交わすことができるし、触れようと思えば触れることができるし、会おうと思えば会えるし、心を通わせようと思えばいつだってできるところ。

 いつだってできる、しかしできない。

 なんてもどかしい。


 僕達はきっと、出会うタイミングが悪かったんだろうね。

 きっとユリも感じているのだと思う。

 僕らのこの、すれ違いとも言える境遇に対する悲観を。


 だから僕は言う。

『じゃあ、一番の友達になってください』

 彼女ははっきりと、力強く頷いた。


 空では幾億もの星達が、それぞれの光を放って、輝いていた――

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