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卑怯な温もり  作者: 久遠寺蒼
ユリ
15/25

14:ねえ

 その静閑な間は、ずいぶん長いようで、しかしきっとほんの一瞬だったんだと思う。

 ユリと過ごした日々の、とてもささやかな幸せが、頭の中で瞬いて、消えてゆく。

 とうとう、言ってしまった。

 破滅への序曲、始まりへのプレリュード。

 戻れない、一線を越えるための言葉。

 今までの僕と決別するための、これからも続く長い関係の、一つのピリオド。

 僕は思わず泣き出しそうになった。

 後悔とも違う、懺悔とも違う、かと言って諦めでもなければ郷愁の念でもない、哀の慰めとも違うし二人の讃美とも違う、そこに佇むだけの偽りのない感情が、僕の涙腺から溢れだしそうになっているのだ。

 だけど、泣かない。

 かわりに僕は体をユリの方に向けて、しんなりと細くて白い彼女の首を、艶やかになびく彼女の髪を、少しだけ見え隠れしている彼女の耳を、少し赤らんでいる彼女の頬を、小さくて申し訳なさそうにちょこんと飛び出した彼女の鼻を、アイラインがひかれてはっきりとも力強く濡れる彼女の目を、見た。

 数度、ユリは小きざみに瞬きをすると、すっと視線だけ地面に移し、そしてまた前方へと戻した。


『……あはは、言われちゃった』


 彼女は照れくさそうに笑うと、ゆっくりと僕の方に体をむけた。

 顔は俯きかげんに、僕からは彼女の表情を見ることはできなかった。


『言われるだろうと思ってたけど、いざ言われると、恥ずかしいものがあるね』


 彼女は伏目がちに笑いながら、右手の人差し指で、頬を軽くひっかいた。

 僕は動くこともできず、彼女の言葉を待った。


 今までにも、告白をしたことはある。

 でも、こんなに緊張したことはなかった。

 こんなにも胸が詰まる感覚をおぼえたことはなかった。


『びっくり、ワッカくんが私のことをそういう風に見てたなんて』

『……自分でもびっくりしている』


 少しおどけてみせるも、僕の緊張も、その場の空気も変わることはなかった。

 まるで二人ともこの先が分かりきっているかのように。

 いや、きっとユリもわかっている。

 僕がどういう想いでこの場に呼び出したのかも、自分のいる立場も、何もかも。


『この先、言わなくちゃダメ?』


 少し困ったような声で、彼女がおとすように呟く。

 戸惑いが混じっているような、細い声だった。


『できれば言ってほしい。その方が、いい』

『…………そっか』


 彼女はうん、と小さく一度頷くと、そこで初めて顔をあげて、僕の顔だけを見た。

 目が潤んでいる。

 今にも溢れだしそうなほどに。


『私、大学辞めちゃうから、頻繁に会えないんだよ』

『知ってる』

『彼氏いるんだよ』

『それも、知ってる』


 言葉がなくなる。

 しかし彼女の視線が僕の目から外れることはなく、ずっとずっと、僕だけを見ていた。

 ずいぶんと長く思える。

 戻らなくていい、進まなくてもいい。

 今この時間が、ずっと続きますように。

 願って、やまなかった。

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