12:何気ない会話
『ごめんね、ちょっと遅くなっちゃった』
次の日の夜。
僕は大学近くの公園に、ユリを呼び出した。
人通りのあまりない静かなその場所は、街の喧騒さえもどこか遠くに忘れてしまったかのようだった。
『こんな夜に呼び出して悪かったな。引越しの作業とか、忙しいんじゃない?』
『そうでもないよ。まだ時間はあるしね。準備もこれからって感じかな』
そう言って、ユリははにかんだ。
『ちょっと歩こうか。遊歩道みたいなのがあるし』
『そうだね、いいかも』
僕らは横に並びながら、歩き始めた。
一メートルくらい離れながら。
その距離すら、僕にとっては淋しいものを感じた。
閉閑とした公園には冷たい風が吹いていて、僕のジャケットを、ユリの髪を揺らした。
木々のざわめきがかすかに聞こえる。
『今日は雲がなくていいね。これで都会じゃなかったら、きっと星が綺麗に見えるんだろうな』
『埼玉の北の方だったら、見えるかもね。結構田んぼが多くて、夜になると街灯がほとんど無い場所を知ってるんだ』
『あ、それいいかも。那須でキャンプした時の夜空も綺麗だったな。すっごくね、空が黒いの。真っ黒。吸い込まれそうだったなぁ。空気もおいしかったしね』
・・・
『FANTASYって曲が思い出されるな。アリス九號.が歌ってる曲だよ』
『あ、まだ聞いてないんだよね、その曲。確かこの間リリースされたばっかりでしょ?』
『そうそう。少しは聞いたことあるだろ?』
『星空はまた瞬いて、だっけ。サビの部分は何回か聞いたことがあるかな』
『うん、正解』
『オフィシャルホームページで流れてたよね? ちょっと気になってたんだ』
『歌詞を見ると、少し悲しい曲かな。好きな女の子が死んじゃう歌なんだ』
『そうなんだ……ハモリが綺麗な曲だよね。聞きたいかも』
『今度CD貸そうか?』
『いいね。じゃあ機会があったら借りようかな。あ、でもその前に自分で買ってるかもね』
『気に入りそうだなぁ』
『そういうこと言わないの。ますます聞きたくなっちゃうじゃん。FANTASYもいいけど、その前にリリースした曲もいいよね』
『暁かな? マイネリーベの主題歌になった……』
『ううん、九龍の方。プロモーションビデオがかっこいいしね』
『確かにね』
・・・
『この公園に来るのもいつぶりだろう。一年の時、新歓イベントで花見をした時以来かな』
『そうなんだ。僕はたまに授業が無い時とか、この公園をぶらぶらしてるよ』
『結構広いもんね、ここ。ちょっと一周するだけでも三十分くらいになるでしょ』
『もうちょっとかな、四十五分くらいあるよ。ほら、奥にも広場があって、そこまで行けばそれくらいになる』
『広場……ああ、たぶんそこで花見をしたんだよ。桜が綺麗だったな』
『あと一ヶ月くらいでこのあたりの桜も咲くと思うよ。一年って本当にあっという間な気がする』
『分かる分かる。小学生の時とか、誰かと遊ばないと暇で暇でしょうがなかったと思ったのに』
『歳を重ねるにつれて、どんどん時間経つのが早く感じるんだよね』
『うんうん、そうそう』
『桜って言ったら、どんな曲が思い浮かぶ?』
『んー、Janne Da Arcの桜かな』
『今頃君もどこかで舞い散る花びらを見て……いい歌詞だよね、泣きそうになったもん』
『ピアノがいい味出してると思う』
『僕はZONEの卒業とかかなぁ。直接桜を歌っているわけじゃないんだけど、プロモーションビデオとか見てたらなんかいいなって思って』
『ZONEって懐かしいな……久しく聞いてないや』
『結構好きだったよ。最近聞いてないけど』
『私も最初の頃のは聞いたかなー』
・・・
『ちょっと冷えてきたかな』
『んー、ちょっとね。でもそこまで寒くはないよ』
『スカートじゃあ、結構寒いだろ』
『もう慣れちゃったよ。高校生の頃はもっと短かったし』
『膝上十五センチ?』
『そこまではいかないけど。まあ、でもそれくらいだったかもね』
『高校時代はブレザーだった』
『うちも。女子高だったから男子いなかったよ』
『よく学校終わって下校の時になったらネクタイ外して帰ってたよ』
『ネクタイって苦しそうだもんね』
『エセネクタイだったけどね』
『ダメじゃん、それ』
・・・
『そういえば、高校時代の話をしたのって初めてだな』
『そうだねー。そういう話にならなかったもんね』
『女子高だったなんて初めて知ったよ』
『そうだよ、女子高だったんだから。みんなでキャーキャー騒いで遊んでたよ』
『プリクラとかたくさん撮っていそうだな』
『私はそんなでもなかったかも』
『本当かー?』
『本当だって。プリクラにあんまし興味なかったんだよね。ゲームセンターとかもそこまでいかなかったし』
『じゃあ何して遊んでたんだ?』
『やっぱしカラオケでしょ』
『そういや僕もそうだったな』