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卑怯な温もり  作者: 久遠寺蒼
ユリ
11/25

10:人は失ってから初めて大切なものに気づくもんだ

「へえ、それでユリちゃんにふられたってわけか」

「……いや、実はまだこの話には続きがあるんだ」

「そうなのか?!」

 ホタルはひどくびっくりしたとアピールするように、肩をすくめてみせた。

「なんかさ、今まで助言をもらっている俺からしてみると、ワッカはそれで諦めるもんだと思ってた」

「自分でも不思議だよ」

 僕も驚きさ、と言って、ホタルのホワイトウォーターを少しもらった。

 幾分、喉が渇いている。

「んで、そのリエちゃんって子とはいつ付き合いはじめたのさ?」

「せっかちだな、その話はもう少し先なんだ」

「なんだそれ、どういうことだ?」

 ホタルは尋ねながら、マイセンを取り出して、一本、火をつけた。

 灰皿には十五本くらいの吸殻が転がっている。

「ユリとの話が終わってからだな、リエとのことは」

「ふーん、とっかえひっかえできていいねぇ」

「馬鹿言うなって」

 もう一口、ホワイトウォーターをもらう。

「――ま、リエと出会ったのはこの頃かな。バイト先が一緒だったんだ」



 正直、僕は傷ついていた……いや、憔悴していたんだと思う。

 一日に何度もユリの姿が脳裏に浮かんでは、流れてゆく。

 些細なことで、『ユリはどう考えるだろう』とか、『ユリとこんなことしたよな』とか考えている自分がいて。

 まるで目の前でユリと死別してしまったかのように、たくさんとは言えない思い出が、溢れてくるのだ。

 なんでもないようなことが、幸せだったと思う……なんて、虎舞竜のROADを口ずさんだりして。

 夜に大学のベンチから見上げた空は霞んでいて、星々の姿は隠れてしまっていた。

 繰り返し出てくるユリとの一シーンをセピア色にして思い出して、そしてまた悲しくなってきたりして。

 ユリのことが、頭から離れなくなっていて。


 僕らは、少し気まずくなって、メールも電話もあまりしなくなっていた。

 たまに授業のことでユリに質問メールを送ることはあったが、3回程度のやり取りで、いつもメールは終わってしまう。

 それが、寂しくて。

 もっとメールをしたいのに。

 直接会って何気ない会話をしたいのに。

 だけどなんだかそれが憚られて。

 ユリから拒絶されることが、とても怖くて。

 臆病者と罵られても、僕は怒ることも否定することもできなかっただろう。

 これ以上ユリとの距離が開いてしまうのが、たまらなく怖かった。


 ユリ、ユリ、ユリ、ユリ。

 『人は失ってから初めて大切なものに気づくもんだ』という言葉が、心を縛る。


 僕は、ユリから『二人だけで会うのはやめよう』と言われて、そして、気づいてしまったのだ。

 ユリのことしか考えられなくなってしまったことを。

 ユリが、とても大切な人だということを。

 どうしようもなく、ユリに惹かれていたということを――


 リエとメッセージのやり取りをしている時でさえ、ユリだったらこんな反応をするんだろうなって思いながら、僕はキーボードを叩いたりした。

 ユリとのやり取りが減った分、リエとのやり取りは増えていた。

 そして思ったのとは違う反応が返ってくると、リエとユリは違う人だってことを改めて思い知って、落胆するのだ。


 日に日に、ユリへの想いは増していった。

 気軽にメールしてお茶をしていた時がとても懐かしく感じられ、羨ましくさえ思った。

 もう一度ユリと会いたい。

 二人だけの時間を共有したい。

 今は叶わないと分かっているのに、抑えきれない欲求が頭の中を支配する。

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