10:人は失ってから初めて大切なものに気づくもんだ
「へえ、それでユリちゃんにふられたってわけか」
「……いや、実はまだこの話には続きがあるんだ」
「そうなのか?!」
ホタルはひどくびっくりしたとアピールするように、肩をすくめてみせた。
「なんかさ、今まで助言をもらっている俺からしてみると、ワッカはそれで諦めるもんだと思ってた」
「自分でも不思議だよ」
僕も驚きさ、と言って、ホタルのホワイトウォーターを少しもらった。
幾分、喉が渇いている。
「んで、そのリエちゃんって子とはいつ付き合いはじめたのさ?」
「せっかちだな、その話はもう少し先なんだ」
「なんだそれ、どういうことだ?」
ホタルは尋ねながら、マイセンを取り出して、一本、火をつけた。
灰皿には十五本くらいの吸殻が転がっている。
「ユリとの話が終わってからだな、リエとのことは」
「ふーん、とっかえひっかえできていいねぇ」
「馬鹿言うなって」
もう一口、ホワイトウォーターをもらう。
「――ま、リエと出会ったのはこの頃かな。バイト先が一緒だったんだ」
正直、僕は傷ついていた……いや、憔悴していたんだと思う。
一日に何度もユリの姿が脳裏に浮かんでは、流れてゆく。
些細なことで、『ユリはどう考えるだろう』とか、『ユリとこんなことしたよな』とか考えている自分がいて。
まるで目の前でユリと死別してしまったかのように、たくさんとは言えない思い出が、溢れてくるのだ。
なんでもないようなことが、幸せだったと思う……なんて、虎舞竜のROADを口ずさんだりして。
夜に大学のベンチから見上げた空は霞んでいて、星々の姿は隠れてしまっていた。
繰り返し出てくるユリとの一シーンをセピア色にして思い出して、そしてまた悲しくなってきたりして。
ユリのことが、頭から離れなくなっていて。
僕らは、少し気まずくなって、メールも電話もあまりしなくなっていた。
たまに授業のことでユリに質問メールを送ることはあったが、3回程度のやり取りで、いつもメールは終わってしまう。
それが、寂しくて。
もっとメールをしたいのに。
直接会って何気ない会話をしたいのに。
だけどなんだかそれが憚られて。
ユリから拒絶されることが、とても怖くて。
臆病者と罵られても、僕は怒ることも否定することもできなかっただろう。
これ以上ユリとの距離が開いてしまうのが、たまらなく怖かった。
ユリ、ユリ、ユリ、ユリ。
『人は失ってから初めて大切なものに気づくもんだ』という言葉が、心を縛る。
僕は、ユリから『二人だけで会うのはやめよう』と言われて、そして、気づいてしまったのだ。
ユリのことしか考えられなくなってしまったことを。
ユリが、とても大切な人だということを。
どうしようもなく、ユリに惹かれていたということを――
リエとメッセージのやり取りをしている時でさえ、ユリだったらこんな反応をするんだろうなって思いながら、僕はキーボードを叩いたりした。
ユリとのやり取りが減った分、リエとのやり取りは増えていた。
そして思ったのとは違う反応が返ってくると、リエとユリは違う人だってことを改めて思い知って、落胆するのだ。
日に日に、ユリへの想いは増していった。
気軽にメールしてお茶をしていた時がとても懐かしく感じられ、羨ましくさえ思った。
もう一度ユリと会いたい。
二人だけの時間を共有したい。
今は叶わないと分かっているのに、抑えきれない欲求が頭の中を支配する。