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卑怯な温もり  作者: 久遠寺蒼
ユリ
10/25

9:馬鹿みたいだ、と思った

 やがて彼女の声が再び小さくなり、悪夢を見ている少女のように、荒い息が聞こえてきた。

 そんなに大きな声ではないのに、まるで頭の奥底から響き渡っているように感じられた。




『ごめんね、取り乱しちゃって』

 ユリは、いつもと同じ声で、言った。

『だから、また、みんなで会おうよ。それならきっと大丈夫だから。なんていうんだろ、二人だけで会うのってさ、結構怪しくみられることなんだよね。浮気してるんじゃないかって思われちゃうかもしれないから。そしたらワッカくんにも要らない迷惑をかけちゃうかもしれないし。それが嫌でさ。ごめんね』

『ユリがそこまで気にかけることじゃないよ。彼氏がいるのって聞かなかった僕もおかしかったんだし。別に、今までと同じ友達でいてくれるんだろ? なら全然問題ないよ。これからもまたみんなで遊ぼうね』

 彼女は安心したようにうんと答えると、もう遅いから寝るね、夜遅くにごめんね、と言って、電話を切った。

 通話時間、十五分二十八秒。

 それしか経っていなかったのか、と僕はひどくびっくりした。

 もう二時間くらい電話している感じが、した。




 携帯を閉じると、なんとも言えない空虚感が心の奥の方から溢れてきて、僕はなんだか泣きたくなった。

 部屋の電気を消し、布団に横になる。

 自然と、乾いた笑いが口から溢れて、暗い天井へと流れて消えていった。

 目を手で隠しながら、僕は笑った。

 笑えば笑うほど、心にぽっかり開いた穴が広がっていくような気がした。

 やがて笑いが絶えると、僕はあまりに苦しくて、自分の胸を鷲掴みにした。

 みぞおちあたりが、痛い。

 嘔吐感が、僕を苛む。



 なんで、僕はこんなにもショックを受けているのだろう。


 自分でも分からなくて、困惑した。


 ただただ、苦しくて、苦しくて、苦しくて。


 馬鹿みたいだ、と思った。


 自分は偽善者だ。


 阿呆だ。


 死んでしまえばいいのに。


 ぼそっと呟くと、本当に自分は無価値な男のような気がして、一筋の涙が流れて落ちた。


 本当に、死んでしまえばいいのに。





 僕は、なんて自分に正直になれないんだろう。


 どうして自分から目を背けるんだろう。


 『いい人』になろうとしているんだろう。


 それで君は満足かい?


 楽しいのかい?


 自分に聞いてみるも、答えは返ってこなかった。





 初めて、部屋の中で煙草を吸った。


 その辺に転がっていたPokkaの甘ったるいコーヒーの空き缶を灰皿にして。


 虚しい心と虚しい肺を、虚しい煙で満たそうとするように。


 でも、いくら吸ってもその穴を埋めることはできなくて。


 諦めにも似た寂寥が、ますます広がっていって。


 あまりにも耐えきれなくなり、僕は煙草の火を消して、枕を何度も何度も何度も何度も叩いていた。


 そうすることしかできなかった。


 中学時代に味わった、サッカーの地区大会の準決勝で、0-3で負けた時の悔しさを思い出した。


 なぜか悔しかった。


 それは誰に対してなのか……分からなかった。


 悔しかったのではないのかもしれない。


 ただただ悲しかっただけかもしれない。


 僕は暗い部屋の隅でうずくまりながら、泣くこともできずに一人、茫漠とした闇に飲まれていくだけだった。





 朝日が昇るまで、時間はまだまだかかりそうだった。





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