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サバゲーas戦争

作者: 河鹿有海

長い人生のほんのひとコマを切り取って表現しました。

 

今後もいくつかの断片を繰り広げたいと思います。


ヒマつぶしに楽しんでいただけたら幸いです。


 家の地名を告げると、俺は背もたれに体をうずめた。タクシーの振動がほろ酔いの体を心地よくほぐしていく。

「運転手さん、明日晴れますかねえ」

 運転手は頭を少しかがめて窓の外を覗いた。

「大丈夫でしょう。何かご予定でも?」

「サバゲー、って知ってます?」

「ああ、おもちゃの武器をもって撃ちあうゲームでしたっけ」

「よくご存じで」

 運転手は親世代の年齢だった。サバゲーなぞ知らないと思ったので意外だった。俺の親は、電動ガンを見た瞬間『テロリストになったのか』と驚愕した。最近の電動ガンは本物にかなり近い。親の反応はある意味正しい。

 酒の勢いもあって、俺は口が軽くなった。 

「群馬の山奥に廃校があってね。明日、そこで対戦するんです」

「へえ、それは楽しそうですね」

 運転手の反応に俺は気分がよくなる。

「子供の時の鬼ごっこの感覚なんです。あの逃げる時のスリルや、追い詰める時のドキドキがたまらなくて。あの肌が泡立つような緊張感が、生きてるなあって思える瞬間なんです。俺の仕事って地味な営業で死人のような毎日なんですよ」

 仕事は営業。頭を下げて、何度も企画書を作って。出口のないトンネルを歩き続ける日々。だから生きている感覚が欲しかった。

 ふと、目の前の運転手を思った。いろいろな客を乗せる仕事。営業だ。中には鼻持ちならない嫌な客もいるだろう。いったい何を励みに頑張っているのか知りたくなった。

「観戦ですかね。人が一生懸命戦っている姿を観るのが好きです」

「はあ、スポーツ観戦ですか」

 後部座席から運転手の背面を眺める。まっすぐにかぶった帽子、そろった襟足。なで肩で筋肉を感じさせない上腕。たしかにスポーツをするよりは観る方側の体型だ。

 きっとテレビの前に陣取って舌打ちなどしながら観るのだ。ボールに触れたこともない手でリモコンを握り、アスリートをディスる。親父の姿と重なった気がして、げんなりする。 

 どうも観る側の人とは相容れない。ゲームは参加してなんぼだと思う。

 いきなり運転手が、はははと高笑いをした。

 俺は何事かと身を乗り出した。

「運転手とは仮の姿。お客さんの人生はいただきました。もう家には帰しません」

「――えっ」

「私はある愛好会に入っています。無人島にお客さんのような戦い好きの男を集めて戦争をさせて、それをモニターで観る会なのです。電動ガンなんてつまらないですよ。本物の銃火器で生死をかけた戦争をしたいでしょう」

 運転手の笑い声に俺は体が震えた。電動ガンとはいえ破壊力はある。実弾などとんでもない。生きてる感覚は欲しいけどそれは絶対にボーダーラインの内側にいることが必須に決まってる。俺はニュースで見たテロ被害の画像を思い起こしてぞっとした。

 タクシーが止まった。赤信号だ。逃げるなら今。運転手に気づかれないよう、そっとドアノブに手をかけた。早くしないと信号が青になってタクシーは走り出してしまう。けれどドアも窓もロックされていて客席からは開かなかった。

「お客さん、危ないですよ。――と、青だ」

 いつからか運転手は感情のこもらない平坦な口調になっていた。乗車時の愛想のよさはない。これが本性なのか。他人の恐怖を静かに堪能する冷酷な男。とにかく無人島に着いたらおしまいだ。絶対に逃げなければ。

 俺はハッと気づいた。切り札になるかもしれない。

「し、仕事があるんだ。無断欠勤したら捜索願だって出る。どこかの監視カメラに俺がこのタクシーに乗り込んだことが映っているはずだ。そしたら運転手さん、捕まるよ」

 くっくっ、冷めた笑い声が返ってきた。

「タクシーが監視カメラを把握しないでどうします。ご心配無用」

「おっ、お願いだ。家に送ってほしい。今夜聞いたことは誰にも言わないから、助けてほしい。俺は、俺はただゲームがしたかったんだ。実弾くらって死ぬなんて嫌だ」

「でもお客さんは毎日がつまらないと。戦争はいいですよ。究極のサバゲーだ。私はモニター越しですが、精いっぱいお客さんの生存を応援しますよ」

 俺は泣いた。必死に懇願した。助けてくれ、帰りたい、と。地味で、つまらないはずの日常がたまらなく愛おしい。

 ――でも。

 心の奥底にこっそりと発芽したての芽が息づいた。それは成長して血の色の花が咲かせるに違いない。ふふっ究極のサバゲー、いいじゃないか。本物の戦士になるのだ。撃って撃ちまくって血肉をかける。紙より薄い生死のはざまを生きるのだ。そう思いを馳せる。心の中はぶくぶくと沸騰して湯玉が泡立つ。ああ、鳥肌が立つ。そんな人生いい、かも。

 俺は涙を袖で拭うと決心を込めて顔をあげた。ミラー越しの運転手と目が合う。互いにニッと笑った。

「はい、家に着きました。深夜の運転業はたいくつでして。まだまだ拙いプチ芝居ですが楽しんでいただけました?」


おつきあいしてくださって、ありがとうございました。


よい一日でありますよう。

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