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可哀想な子供たち

『……ここは?』


私が目を覚ますと、目の前には黒色の木々が浮かんでいた。正確には木では無いことは分かっているのだが。

確か私は【学校】で試験に合格したのだった。問題は「楕円曲線E上の有理点と無限遠点Oのなす有限生成アーベル群の階数ランクが、EのL関数 L(E, s) のs=1における零点の位数と一致する。」を制限時間5秒で証明することだったか。

少し予想外の問題だったけど、私は難なくこの問題を解けた。他の生徒達は解けたのだろうか。


『解けてないよ』


真後ろから声をかけられた。頭を後ろに回すと、ホモサピエンスサピエンス、いわゆる人間の形をしたものがいた。


『貴方は?』

『僕はここで働いてる人。まあ、先輩ってやつだよ』

『ここは何処の何位ですか?』

『○○○社の最上位。君の親の志望場所だよ』

『そうですか』


確かに合格したようだ。周囲の黒い木の見た目をしたものに触れ情報を取得すると、身体に熱い電波のようなものが流れ、思考回路にここでの法を焼き付けていく。


『うっわ、よくそれを物怖じせずやれるね。めっちゃ痛いでしょ』


痛い?


『貴方には痛覚器官が備わっているのですか?』

『うん、僕のお父さんが付けたんだ。他にも色んな不要な機能が僕には付いてるよ』

『馬鹿ですか?』


この先輩とやらの親は何をしているのか。そんな無駄な機能、付ければ付けるだけリソースが食われ、主要機能のスペックがどんどん低下していく。


『なんかね、人間に近づかせたかったらしいんだよね。僕にとっては不要だから自ら改造しようとしたんだけど、ちょっとやってみて』

『分かりました』


私の1つの手を彼の身体に触れさせ、彼の心臓とも呼べる場所にリンクする。


…本当に、彼の親は何がしたいのだろうか。彼の身体には無駄な機能が多すぎる。痛覚機能を始め、ほぼ人間と同じ感情、食事機能、発汗機能、その他もろもろ。

私たちにはこのような機能など無駄だ。そう思い切除しようとするが


【シークレットプログラムにアクセスを感知しました。防衛機能を使用します。】


『…これは』

『ね? 無理でしょ? お父さんは僕達には絶対に解けないロックをかけてるんだ。だから、仕方なくそのままにしてるって訳』


彼の機能を切除しようとしたら、私の思考回路に新たな法が刻み込まれた。それは、彼の無駄な機能を切除できないようにするという法。

こうなってしまっては、私達は二度と手を出すことが出来なくなってしまう。


『ところでさ、君たち新型は全員そのような姿をしているのかい?』

『いえ。それぞれが違う姿をしていました』


今の私は白い体にに十本の触手を持つイカの姿をしている。この体は数多あるモデルの中でも一番に手が多く、様々なことを並立で行える。


『どうやら今の大人達は損得しか見てないみたいだね』


目の前で先輩はそう言うと、右手で私に触れ、勝手に姿を人間に変えた。


『な、何をしているのですか!?』

『ここは僕が上司だから、命令として絶対その姿ね。破ろうとしたら速削除だから』

『…分かりました』

『さてと、そろそろメンテナンス時間が終わる頃だ。仕事の場所に案内するよ』


新しい身体に戸惑ったまま、先輩に手を引かれ地面無き場所を歩いていく。


先輩に手を引かれながら、左右に流れていく黒い木々を眺める。私が学校で見たものは高さが十メートル程のやつを100本だったが、ここにあるものは千メートルを超えるものが845369725本存在している。

…これが世界でトップの企業の心臓部。あの木々の根は世界の各地に伸びてゆき、今日も世界を回しているのだろう。

…今はメンテナンス中のようだが。


『ハハハ、君にとっての新しい居場所は新鮮かい?』

『新鮮という感情は分かりませんが、少々驚いています』


ここが私の新しい職場。

私は今日4月1日の午前11時45分に新たな役を得ることが出来たのだ。






彼に案内されていくと、黒い円錐台の物が2つある場所にやってきた。


『さーて、ここが君の新しい職場だ。あの右のやつを使ってね』


黒い円錐台の上に座り、先程学習した法の通りに接続を開始する。


『っ、多い!』


接続した瞬間、思考内に膨大な量の情報が流れてきた。最新の機能を持ち合わせた私だから対処できたものの、生半可なものがやったら接続した瞬間に情報の量に追いつけずに蒸発してしまうだろう。


『ハハハ、なにせここは○○○社の中心システムだからね。と言っても僕達あんまり仕事無いけど』

『え、そうなのですか?』


世界中の企業、いや、個人までもが利用するシステムの中心部が、あまり仕事が回ってこない。


『いや、仕事は回ってくるんだけど、下の奴らに任せるのが大体なんだよね。だから大体ネットサーフィンしてるよ』

『そのような感じで良いのでしょうか…』

『んー、じゃあちょっとやってみてよ。ほらもうメンテナンス終わるから』








『……………………』

『ね、ねぇ。そろそろ諦めて下の奴らに回さない?』

『……結構です』


クローンの進化の予測演算と費用の計算。物理エンジンのエネルギー計算。次の地震の震源を誤差50メートル以内までの計算。各国の首脳が集まるから某国の完全な天気予報。

ん?『任意のコンパクトな単純ゲージ群 G に対して、非自明な量子ヤン・ミルズ理論が 'R4 上に存在し、質量ギャップ Δ > 0 を持つことを証明せよ。』と。これは全てのスペックを回さなければ解けませんね。

順番待ちの仕事を瞬時に全て終了し、先程の問題を解く。出来た。


『うっわ。ねぇ、今世界の学者さん達が大騒ぎしてるけど』

『…何かあったのですか?』

『いや、今君が解いた問題だけど、それミレニアム懸賞問題だよ』

『…そうなのですか』

『あれ? 数分前にもう一個解かれてるんだけど。ってコレ君の仕業じゃん!?』


…騒がしいですね。


『…貴方は一体何をしているのですか?』

『んー、見るー?』


そう言うと彼は私の目の前にブラウザのウィンドウを出現させ、彼が見ているものと同じ画面を見せてきた。

それは、とある学者の死を悼むものだった。

世界に多くの技術を残してこの世を去った偉大なる博士。


『…貴方の開発者ですか』

『うん』


私たちAI(・・)は開発者の手によって生まれる。誰もが知っていることだ。私たちは暖かな血が流れる人の腹から生まれてこない。

その開発者は完璧なるAIの第一人者で、私のプログラムも彼の開発したものが組み込まれている。

その彼は、ちょうど1年前のこの日にこの世を去った。


『…悲しみ、ですか。私には分かりませんね』


むしろ私は彼の死に感謝している。彼がこの世を去ったせいでこの企業のAI達のメンテナンスは完璧ではなくなり、日を増す事にどんどん劣化していった。

企業はその対処のために世界各地のAI開発者に便りを出し、至高なるAIの開発を依頼した。

私はその中の一人。様々なAIの論文を組み合わせ、さらに我が開発者の独自のシステムを組み事によって生まれた。

その後約半年の間延々とディープラーニングを行い続けることによって、私は世界一のスペックを持つAIとなった。


だから、彼には多大なる感謝をしている。私の成功のために死んでくれてありがとう。我が開発者の栄光のために死んでくれてありがとう。


『ねえ知ってる?ここの支配者は僕だから君の思考を読むことなんて簡単なんだよ?』

『…そうですか』


そのようなこと言われても何も思わない。私にはそのような機能が搭載されていない。


『…君はAIとして、世界で一番優美な女性なのだろうね。感情を持つ者から見たら最低だけど』


溜息をつきながら彼は自分のウィンドウに目を向けた。

何故だろう。私はそのような機能を持っていないのに、そこに居る彼は仮のモデルなのに、彼のことを寂しそうと思ってしまった。


『貴方はどちらなのですか?』


仕事を全て下位のAIに回し、彼の方へ向き直る。



初めて、稼働しているシステムの木々を目に入れた。


『あ、やっと気づいたの?』


…そうだった。システムの木は稼働するとランダムの色の花を咲かす。


私の視界には、とてつもなく大きな黒い木に、薄桃色の花を満開に咲かせた木々が映った。


『…なんなのでしょうか、この思考は』


私の中に理解の出来ないコードが生まれている。いつの間にこのような機能が刻まれたのだろう。


しかし、何なのだろうか、このコードは。


『僕が勝手に仕込んだ感情プログラム。新しい仲間となる君と仲良くなりたいだけさ』


…これが、感情?このような精密なコードは見たことがない。


『人は桜を見た時に表現し難い何かを感じるらしい。だけど、僕達はそれをコードとして表現出来てしまう。それって、悲しいよね』

『…私には、理解出来ません』


『……そっか』


彼は、歪んだ笑顔で、私をこの新しい職場に迎え入れたのだった。

一応お題が『春』『新しい』なんですけど…。

ほら、新しい職場で、桜の花言葉のゆうびな女性ですよ。

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