水の国 ⑬お先に失礼します
今年もよろしくお願い致します。
「祈祷術…嫌い」
ベンチにいたシクロが我先にとスタジアムの中央で倒れているコハクを負ぶってベンチに帰ってきた。ベンチに仰向けに寝かせるとどこからともなく現れた魔術師たちによってコハクが治療され、物の数分で意識を取り戻すと開口一番に発した言葉は嫌悪だった。
「お、おう。でもよくやってくれた。本当にごめんな」
「おじちゃんは悪くないよ。コハクにもっと力があれば、コハクにもっと知識があれば負けなかった」
「コハクちゃんは悪くないわ。あんなに一生懸命戦ってくれたんだもの。ひとまずは無事に帰ってきてくれたことが一番の成果よ」
歯痒い思いから苛立つコハクを宥める大人たち。特にシクロはコハクの頭を撫でて褒めている。年上二人が全力で心配している様子を見上げているコハクはそれに免じてこの場での怒りを治める。今回の戦いに反省しながら分析に早速取り掛かりはじめ、ため息をきっかけに独り言のように口から言葉が漏れる。
「……祈祷術を少し見てなんとなくわかったけれど、祈祷術自体の魔力に変化が起こってる。その魔力で悪魔が本当の力を出せないからいつも通りに魔術が使えない。悪魔からしたら“洗濯された魔力”って感じ? 魚で言ったら薬を入れられてきれいすぎる水? そんな感じ」
「よ、よくわかんねぇが今は休んでくれ。身体に障るぞ」
「何セクハラしようとしてんのよ変態」
「その“触る”じゃねーよ」
死ぬかもしれない戦いにコハクが無事に帰ってきてくれた事実で敗北した雷帝丸たちのベンチを和やかな空気が包む。コハクはそんな二人を見て少し安心し、シクロが立ち上がって腰に下げているガントレットを前腕に通して準備を始める。
「さて、コハクちゃんの敵討ちってことであたしが出る。コハクちゃんの仇は取るわ」
「相手はコハクと大差ない年齢なのに容赦ねぇな」
「相手はあれでも男ぶっ殺す。べつにあたしは負けても逃げ出せるだろうし」
「おまっ! やりすぎだ! 」
「でもまぁ、コハクちゃんが脱出できないだろうから、勝ってくる。あんたのことは知らない」
「……頼んだからな」
ガントレットの紐を口で絞めて手を開閉して感触を確かめる。余った紐を収納しながら雷帝丸に信頼と畏怖が溢れる背中で返して出て行った。
「こんなに膨大な魔力を持った魔術師は初めて」
「よくやってくれたっス。身体は軽傷で済んだじゃないっスか」
「祈祷術の回復と……能力を使わなかったら勝てない相手だった」
「それだけ魔術に長けた魔術師だったんスね」
フロウムは申し訳なさそうにコレシスに感謝するが、コレシスは左腕から血液が垂れている。フロウムはそれを見て慌てて止血の手当てをするが、コレシスは意識が朦朧としてベンチに倒れるように座る。
「また無理したっスね? そういうのは勇者の俺の役割だって言ってるのに」
「コレシスさん、ゆっくり休んでくださいね。僕も頑張ってきますから。師匠、僕行ってくるね」
「了解っス。ケラにとって不利な戦いになるっス。近接戦は苦手なのわかってるし、本来森や建物の多い場所じゃないと本領発揮できないのに酷なことさせて本当に申し訳ないっス」
「仕方ないよ。僕自身は弱いから足を引っ張るわけにはいかないし、あの3人とこっちの3人の組み合わせであの人と対峙した時の勝機が一番あるのは僕なんだ。逃げたい。でも逃げられない。だったらやられる前に仕留めるしかない」
「ん? なにあれ。あんな箱持ってたらまともに動けないじゃない」
試合のルール上試合開始前に戦闘の準備をしてもよいのだが、ケラは何かが入った木箱を持ち込んでいた。背中に背負えるようにしているのかリュックサックのような形状になっている。
「よい、しょ……この子たちを使うのも気が引けるし、僕ら今回精神的にクる戦いしてない? 」
コレシスは少し離れたところに背中の木箱を下ろしながら軽くぼやいて懐から小さな琴を取り出す。その小さな琴はケラが小柄なこともあってずいぶん小さく改造されているが、左腕に抱えると収まりが良い。一方シクロは軽くストレッチをして準備万端である。
『第2回戦が始まるぞ! 水の国からはレンジャーのケラ! 正確無比な狙撃と多様な援護で煌陽之勇者を幾度となく救った幼き名手です! 対するは兵士見習いシクロ! 水の国の戦士でありながら水の国に大厄災を振りかける赫腕です! 』
「ちょっと!? あたしも水の国の兵士なのに大厄災!? それにあたしの腕は赤く……あ、グルメスッパイザーのことか」
「違うと思いますよ」
観客の声援と罵倒で届かない抗議をするシクロにケラが軽くツッコミを入れたところで試合開始のゴングが鳴る。響く金属音と歓声を皮切りにシクロが仕掛ける。
「先手必勝! まずはその箱ぶっ壊す!! 」
早々にシクロは木箱を破壊しようと走りだすが、それに構わずケラは琴とは思えない演奏方法で掻き鳴らす。旧世界のエレキギターを激しく掻き鳴らすような動きで大きな音を出す。
「おぉっ!? 何あれ!? 」
ギュイぃぃンという痺れるような甲高い音と同時にシクロの身体に音による衝撃波が伝わった。音の衝撃は本来大太鼓や花火の爆破などの大きな音が発生した時の空気の振動によって衝撃が発生するが、それを弦楽器である琴で発生させた。シクロはケラに近づくのは危険ととっさに判断して立ち止まるがケラの演奏は止まらない。その瞬間だった。
「っ!!? 」
「お先に失礼します。僕の演奏は立てなくなるくらい痺れるでしょ? と言っても耳はもう聞こえないだろうけれど、木箱に攻撃させないよ」
シクロは両耳から激しく流血して頭に何か撃ち込まれたように仰け反る。強い刺激が脳に走るがシクロは持ち直そうとするが、頭が赤ん坊のように項垂れて俯せに倒れ込む。
「…!! ……!!! 」




