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ベテラン勇者のおつかい  作者: Luoi-z-iouR(涙州 硫黄)
雪の森
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雪の森 ②勇者の願いと悲劇

「ツキノカニグマは鮮度がすぐに落ちるけど、大雪なら意外と鮮度が持つかもなぁ」

 ブルーミアの城からもらった貴重なはずの野菜を刻み、ツキノカニグマの欠けた方の爪と腕(右側)を煮込む。欠けてない方の爪と腕(左側)を刺身として煮えるまでの前菜として食していた。ここでも盾の受け流し方が甘くて爪を欠いてしまったことを少し反省するが、煮てもよし焼いてもよしの食材なのでまぁいっかと立ち直った。

「んん~! うんまい!! でもこんな大きい獲物は一人じゃ食べきれない。こういうのはやっぱり仲間と食べたいなぁ」

 雷帝丸には夢がいくつかある。そのうちの一つが仲間とパーティを組むことだ。ずっと一人だったこの男は人と全く接してこなかったわけではない。しかし仲間がいなかったのだ。勇者はパーティを作り活動することが認められているが、実質的にメンバーを養う側面が出てくるので普通の勇者の暮らしではない雷帝丸にはそれができなかった。拠点があるとはいえ毎日がサバイバル生活な勇者に進んでパーティになりたいと申し出る者はいなかった。地元でパーティを組んでいる他の勇者に一時的に仲間になることはあったが、勇者である以上は自分がリーダーのパーティを組みたいと思ったことが数知れない。こういった比較的大きな魔獣をみんなで倒して、炎を囲って料理をし、楽しく食事がしたかったのだ。自分を慕ってくれる仲間が欲しかったのだ。涙を浮かべるが、せっかくの高級食材だ。変にしょっぱい味付けにしてはならないと顔をぬぐって一人だけの宴会をそれなりに楽しんだ。空元気にも見えるが、なんだか楽しくなってきては一人ではしゃいでいると我にかえって落ち込んでを繰り返すうちに腹いっぱいになり、火の始末をして眠った。



 翌朝、雷帝丸は窮地に陥っていた。ブルーミアを出発して途中の森で雪が積もる中、雪を凌ぐために、ツキノカニグマをおいしくいただくために鍾乳洞で火を起こして食事をしてから一晩を明かした。しかし彼はツキノカニグマのおいしさとその炎の心地よさ、その他もろもろによって眠ってしまい、かなりの窮地に立たされている。

討伐隊のルートが大雪で使えないため迂回しなければならなかった。隣国で同じく大雪の被害にあったという水の国。その都市のひとつ『リュウスイ』を目指すことにしていた。この国の別の都市はブルーミアを襲っている魔王とは別の魔王がいると聞いていたが、リュウスイにはブルーミアの避難民もいる。そのため魔王討伐の手がかりが掴めるかもしれない。あわよくば雷帝丸自身のサポートしてくれる仲間を集めて彼の10年来の夢だったパーティを結成する目論見もあった。しかし……。

「さ、寒い……」

雪が残る花の国の森の中。時折雪が降ったり止んだりする道中。彼は全裸で彷徨っていた。

「寒い…寒い……」


 ベンゼンに装備を整えてもらったにもかかわらず、その装備は一つもない。出身地のエンブレムをあしらったフード付きコートも新品同様の輝きと抜群の着心地の装備も、ブルーミアの勇者としてのエンブレム入りの盾と剣もない。昨日の料理に使いきれなかったツキノカニグマの腕以外の食材もない。股間を隠す葉っぱすら雪に埋まって掘り出せないため全裸である。

朝起きたら昨日眠っていたはずの風がやたらと通る自然が作り上げた鍾乳洞の洞窟にいるはずだったのに、雷帝丸は全裸で雪が積もった森の中で横たわっていたのだ。どうやら彼は何者かによって道具や装備を盗まれて吹雪の中に放り投げ出されてしまったようだ。幸いにも雪が止んでいたが、彼はどうすることもできなかった。

「寒い…全裸……せっかく新品同様にしてもらったのに……。せめて動物くらいいれば暖かくなれるのに、いや、この際木の実でもいいや、食いもの…」

 昨日のツキノカニグマの皮を剥いで服にすればよかったと後悔するが、どのみち盗まれてしまうことを考えたら意味ないと思った。彷徨う、彷徨う、全裸の勇者雷帝丸。鼻水が氷柱になるほど寒い森の中で自分の装備や行き場を探す。食べ物も手元にないため、朝から何も食べていない。彷徨い始めて数時間が経過した。そんな旅立ち2日目の昼のこと。


「ふ、ふふふ、ついに俺の能力が発揮された!コインだ!コインがあった!!」

 雷帝丸はこの森で久しぶりの晴れた空に向かって拾ったコインを掲げた。このコインは花の国をはじめとするいくつかの国で使える共通の通貨、ピア。今回拾ったものはピアの貨幣、つまりコインである。そこに印字されていた金額は…!!

「……5ピア」

 5ピア。それは2枚で駄菓子屋のお菓子を1つ買えるくらいの金額である。10ピアで駄菓子が買えるのである。つまり今の雷帝丸は、駄菓子すら買えない。ちなみに、昨日の晩に食したツキノカニグマの爪料理は高級料理店で最低でも一皿10万ピアはする。

「……ブルーミアの城に帰りたい」

 そう呟いても自分が今どこにいるのかも定かではない雷帝丸には難しいことだった。このままではブルーミアの城に戻るどころか水の国にも行けない。かろうじて太陽の傾きで方角がわかっているので進むべき方向だけはわかる。それでもツキノカニグマのような寒さに対抗できる身体にでもならなければ彼は凍え死ぬ。時間がない。全裸の勇者雷帝丸の長い魔王討伐の旅は、まだ始まったばかりだ。




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