風穴の光 番外編 3足の草鞋と4足の合成獣
ここは花の国のはるか南方に位置する砂漠地帯『砂の国』。旧世界の資料が残る貴重な遺跡が山ほどあることが有名であるが、第三次大戦での土壌や大気、水質の汚染も激しいため未だに全貌が明らかではない。昼は太陽光が大地を灼熱地獄に変え、夜は寒暖差により極寒地獄へと変貌する。さらに太陽光が有害物質と反応してさらに有毒な物質に変わることも生き物が少ない原因である。その環境下に取り残された三角錐の墓、決闘場のような丸くて屋根のない建造物、角柱の建物郡と種類は様々で、日夜研究者らが入り浸る。そのうちの1つの遺跡に大きなリュックサックを背負った1人の女性がいる。地下深くにある遺跡の中にたった1人で古代文字の解読をしている。
「『世界が混沌に満ちたこの時代、人間は他の生き物をあらゆる生命体に作り替える技術を確立した。それは兵器として扱われ、ついには人間自身にもそれを応用しようとした。戦争は終わらない。人類は滅びの道を歩むだろう』……それがこれか」
女性の名はエステル。現役の勇者であり、発明家であり、考古学者だ。通り名は『松籟之勇者』である。かつて花の国を救った王のパーティに所属して魔王討伐に一役買ったためそれなりの有名人であり、顔も広いため研究者としては珍しく人望が厚い。もちろん花の国の執事長ベンゼンとも知り合いである。この遺跡には3年程度篭っているがこの場所に来るまでかなりの時間がかかってしまった。目の前の唯一割れていない大きなカプセルがあり、カプセルに消えかかった古代文字で『P-AI12_O-M24』と書かれている。カプセルに触れながら解読を続ける。
「『人類の発展は失敗続きだった。その1つが合成獣、いわゆるキメラである。生物兵器としてパワーもスピードも活動時間も素晴らしいものにするはずだったが、肉体を完全に維持するためには機械の力が必要不可欠。欠点が多かったため開発が頓挫されたが、数体の完成品は封印されたままである』。……毎度毎度思うけど強靭な身体も魔力も無いのに大規模な殺し合いとはねぇ。そのツケが現代の人類に来てるっていうのだから愚かな生き物だこと。いや、私達もその子孫なのだけども……」
エステルは旧世界の人間には呆れ返っていた。旧世界の人間はありとあらゆる物を戦力として開発し、地球を汚し続けた。人類は驚異的な速度で発展したが、その代償は計り知れないばかりか第三次大戦以降は文明が衰退している。そんな環境で辛うじて生きているのが現代の人類である。カプセルに鎖で繋がれた歪な形の金属製プレートを解読する。
「『これは合成獣の完成品である。神があるべきものではない魂を世界に送り込んだ時、目覚めるだろう。そして、その魂を送り返す手伝いをしてくれるだろう』……よく分からん」
そのカプセルの周りにも同じものがあったであろう空間と機械の残骸がある。唯一無事なカプセルの中を覗くとぼんやりと中身が見える。中には赤い鶏冠がある鳥類の頭を持った何かが機械に繋がれて眠っている。同じような何かが他のカプセルに居たとするなら、カプセルが壊れて生き物だった何かは遥か昔に腐ったり風化したりで死骸が残らなかったのだろうか。エステルはプレートの裏に消えかかった文字を見つけた。
「『もし人類が生き延びたのならこの合成獣が勇敢な救世主を見つけ出すだろう。勇敢な救世主はその自覚が無かったとしても時間と友が導いてくれる。燈は永遠に沈まず、砂塵は舞い続け、決意は決して解けない』……なんの事だ? 」
その時だった。真正面から視線を感じた。だが真正面には鳥類の頭を持った何かが眠るカプセルしかない。
「まさか……おい! そんな都合よく目覚めるっていうのか!? 」
カプセルの中をもう一度覗く。すると鳥類の頭を持つ何かが目を覚まして首を捩る。眠っていて気が付かなかったが首より下には羽毛ではなく毛玉のような体毛がびっしりと生えていた。暴れだしたせいでカプセル内部のコードや鎖が外れてジャラジャラと音を立てる。
「くぇ…くぇぇ……」
微かに鳴き声が聞こえる。鳥類の頭らしく鳴き声は鳥類そのものだった。そのうちカプセルの内部に身体を叩きつけるようになり、少しずつ身体に接続されていた機械やコードが外れてゆく。
「く、来るぞ……! 」
中にいる生き物は数回の体当たりでカプセルにヒビを入れ、最後に数歩だけ助走を付けて内部からカプセルを破壊する。
「くええええええええ!!! 」
中にいた生き物が卵から孵るようにカプセルを勢いよく破って外へ出てきた。エステルは手に持っていた金属製プレートを手放して尻もちを着く。
「うわっ! な、なんなんだこの生き物!? これが、キメラ……? 私でも初めて見るぞ! 」
エステルは人間としての恐怖と研究者としての好奇心に挟まれて動悸が激しく、呼吸が荒くなる。驚いて尻もちを着いたが興奮して下半身と掌が不自然にふわりと浮いてキメラに近づく。
「赤い鶏冠を付けた白い鳥類の頭、そこから伸びる白い毛玉に覆われた首にずんぐりとした胴体、移動に適した爪や指に水かきを備えた少し太めで龍のような鱗の四肢、回遊魚を彷彿とさせるおおきな尾鰭、背中や一部の関節に複数の機械が埋め込まれて……そして体長が優に3メートルを超える……素晴らしいっ! とても1つの生命体とは思えない! 」
「こコっ……こここ…コケっ…くぇ……?」
「な、なんだ? 」
キメラもつぶらな瞳でエステルを観察する。しばらく止まったかのように顔を見つめたかと思えば長い首をグネグネと揺らしながら全体を見て、恐る恐る嘴でエステルの髪を啄いては頭を傾げる。少なくとも威嚇や警戒をしている様子はなく、珍しい物を見ているかのような動きである。だが普通の生き物ではない。背骨があるはずの場所にサドルがあり、サドルの下には機械と一体化した回転式のペダルがある。つまり背部が内臓ごと刳り抜かれているのだ。刳り抜かれた部分には代わりに金属製の操縦席があり、前後に相当する首元と腰には義手のようなものが見える
「こここ…コケっくぇっ……くぇっ!? 」
「お、おい、どうした? 」
キメラの機械から圧力が抜けたような音を立ててその場に座り込む。エステルは心配になり首を優しく抱きしめて頭を撫でる。
「くぇえ……くぇっ、くぇえええ……」
「大丈夫か? 随分寂しそうな声を出すなぁ。それもそうか。たった1匹だけで旧世界から目覚めたんだ。仲間もいないし飯らしき物もない。辛いよな……」
「くぇっ……くぇっ! こここ……」
「ん? 後ろ? さっきまでいた部屋に何かあるのか? というか鳥にしては賢い……鳥なのか? まぁ今はいい、どれだ? 」
キメラは自身の後ろに何かあるような仕草を頭と首を捻って伝える。
「くぇえ……」
「よしよし、大丈夫だ」
エステルは不安混じりに鳴くキメラをあやしながら胴体内部を見る。幸いにもかつてエステルが見たことのある機械仕掛けの兵器の操縦席に似ていた。
「なるほど、さっき暴れたから一部の機械が取れてしまったのか」
カプセル内部には本来取り付けられていたであろうパーツがコードに繋がれたままだった。細かい基盤やコードの配列までは分からないが、ただ外れただけなのであとは所定の場所にはめ込むだけでいい。
「ええっと、これはどこの部品だ? 」
エステルは板状のパーツを拾い上げて接続されていたコードを引き抜く。ひとまずはと胴体内部の操縦席を見るとサドルに座って真正面に同じ形の窪みがあったため、キメラの身体の外側から手を伸ばしてはめ込む。
「よっと……上手くいったか? 」
「くえぇぇぇ」
キメラは少し嬉しそうに鳴く。どうやら合っているようだ。
「よかった。……まだいくつかあるから大人しくしててくれよ」
パーツを埋め込み続けるエステル。搭乗者用のチューブ付きフルフェイスマスク、サドルの後ろ側にある小さな棚に付ける引き戸、凹凸部がある四角い箱、何かが記録されているであろうディスク、手綱代わりの二股のハンドルと数多い。それとはまた別に胴体内部に入っていたパーツもあったため付けたパーツを外して付け直したりと手間がかかる。
「もう少しだ、頑張れ」
「くえっ」
ガチャガチャと体内を弄られているがキメラは大人しかった。エステルが自分の身体を作ってくれていると分かる程度にはキメラの知能は高い。その知能の高さに関心しながら、エステルはキメラの修理をほとんど終わらせた。
「よし、だいぶ出来たな」
「くえっ! くえっ! 」
「よく頑張ったな、よしよし……と、あとはこの溝か。何かを入れればいいのか……いや、もう全部埋め込んだぞ? 」
エステルは溝に入りそうなパーツを探すがカプセルにはそれらしき物は見当たらない。
「この部品がどこか別の所にあるとするなら、ここに入るのは鍵の役割があるものだな。だが鍵か……馬に鍵って必要なのか? というかコイツは馬なのか? 」
しばらく悩みながら辺りを探す。その度にキメラが寂しそうに鳴く。すぐにキメラに駆け寄りあやすエステルだった。
「お前はまるで赤ん坊だな。一度魔獣に詳しい者に聞いてみた方がいいか? いや、まずはコイツを動かす事が先だ。だが本当にどれだ? 」
頭を働かせながらいろいろと考えてみるとキメラの腹から空腹を知らせる音鳴る。
「くぇぇ……」
「腹も減ったな……コイツ、何食うんだ? 」
エステルは心配するがすぐにそれは解消された。たまたま近くに出てきた蠍型の小さな紫がかった黒い魔獣がいた。アドビスコーピオンである。強酸性と強アルカリ性の液体の両方を生成することができ、二本の尻尾を持つ非常に危険な魔獣である。20センチ程度とアドビスコーピオンにしては大きい。早くは無いがカサカサと動くため余計に気持ち悪がられる。
「あれ? コイツはヤバいヤツだ。刺されないようにしないt」
エステルが警戒した瞬間だった。キメラがアドビスコーピオンを捕食していた。
「……マジで? 」
「くえっ? 」
何食わぬ顔で猛毒生物を一瞬で食べるキメラ。アドビスコーピオンがいた場所には欠けた殻がある。
「……なるほど? 嘴と長い首を活かして連続で啄いて獲物を無力化。食べやすい大きさにしたところで毒はお構い無しに食えるってわけか。なんて生命体だ」
「くえっ! 」
「でも堅いものは歯が無い鳥類の頭じゃ……いや、確か鳥類って内臓に石を溜めて歯の代わりにしてるんだっけ? というか内臓どこ? 本当に常識外れな生き物だ……! 」
エステルは好奇心と関心の嵐が止まらない。高まる心のせいで歌でも歌いたい気分だが、抑えて本来の目的に戻る。
「さて、食料問題が解決した所で鍵だな。あとは鍵だけで動けるようになるだろう。鍵はどこだ? 知らないか? 」
「くえぇ……」
キメラは賢いため知っているかもしれないと期待したが流石に知らないらしい。
「となると自力で探すしかないな……」
「くえっ! 」
「ん? この金属の石板か? ……この形、まさかな? 」
キメラは古代文字が書かれていた金属製プレートを嘴で指す。鎖で繋がれた金属製プレートは歪な形をしているが、よく見ると最後に残った溝の大きさとあまり変わらない。
「……仮にこれが鍵だったとしたら鍵の管理テキトー過ぎない? ただの鎖とはいえあまり遺物を破壊したくないんだけど、これは試さないと無理よね? 」
エステルは鎖に繋がれた金属製プレートをキメラの前に差し出して猫じゃらしのように振り回してみる。
「くえっ! くえっ! 」
「うん、ほら、キメラだってこのプレートを欲しがってるわけだし、仕方ないよな? 『コール。アナライズ、テクスチャ、マテリアル、スペル、ブースト…エンハンス』……どうやらかなり頑丈な鎖のようね。魔術や魔力、その他超常現象に罠はない。いけるな」
「くえっ! くえっ! 」
キメラにも頼まれている。とりあえず能力で鎖を破壊しようとするがうまくいかない。それどころか削れている気配すらしない。
「おっかしいなぁ。魔術でやるか。『コール。ウォーター、トルネード、ブースト、バースト』……だめだ、傷一つ付かない」
「くぇ…」
悲しそうにするキメラ。だがエステルには最後の秘策があった。
「……よし、鎖の根本を破壊するか。破壊した後で鎖が邪魔だが背に腹は代えられん」
「くえっ? 」
エステルは自分のリュックサックから赤い楕円の小石と金平糖のような翠色をした小石を取り出す。二つとも瓶にたくさん入っていて一見するとお菓子を連想させる見た目である。その赤い石をいくつか粘土と一緒に張り付け、翠色の石をわずかな隙間に敷き詰める。
「蓋炎石と封風石でいいか。結氷石と蓄電石じゃ今回はダメそうだ。よしいくぞ…ファイエル!!! 」
準備が出来ると躊躇いも無く鎖を勢いよく引く。するとその衝撃で二つの小石は破裂した。すると赤い小石からは強烈な炎が、翠色の小石からは烈風が吹き、鎖の根本に付いていた金具が破壊された。
「ぎゃあああああああああ!!! 」
「くええええええええええええええ!!? 」
二人は爆破の衝撃に巻き込まれる。幸いにも衝撃波が来ただけだったため怪我はない。だがキメラが落ち着かない。落ち着かないキメラに乗り込んで首と頭を撫でる。
「くええええええええ! くええええええええええええええ! にゃあああああああああああああ!! 」
「おぉ、悪かった悪かった。ほら、一応鍵は取れたんだから入れるz…今猫の鳴き声しなかった!? 」
驚きながら鎖ごと手に入れた金属製プレートを最後に残った溝に入れる。すると予想通りなのか最初にはめた操縦席の真正面にある板状のパーツが起動した。板状のパーツは白く光り、古代文字が浮かび上がる。
「おぉ、動いた! ……なんだ? 読めるはずの古代文字なのに読めねぇ」
エステルはまたもや謎が出来る。エステルは考古学者である。古代文字を読むことが出来るし浮かび上がった古代文字も本来なら読むことが出来るのだが、なぜか読むことが出来ない。そして、金属製プレートもとい鍵を入れたことでキメラがしっかりと立ち上がる。
「くえええええええええええええええええええええ!!! 」
「うぉあっ!? あはは! やったなお前! そうだ、せっかくだし名前でも…」
そう言いかけた時だった。キメラは急に奇声を上げながら走り出す。
「くええええええええええええええ!! にゃああああああああああああああああ!!! めぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!! 」
「どこ行くんだよおぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!? 」
キメラはそのまま遺跡の中を走り回る。だが遺跡の中を既に熟知していたように走り、ついには遺跡の外へ出てしまった。
「うわっ寒っ! 今は夜か……って、ホントにどこ行くんだよおおおおおおおおおおお!!? 」
「くえええええええええええええええええええええええええええええ!!! 」
キメラはそのままエステルを乗せて走る。走り続けるキメラの足取りはただただパニックになっているわけではなさそうで、どこか目的地があって向かっている。砂漠の夜風にあたって頭が冷えたエステルはそう思うのだった。
「……ところでお前、いつ止まるの? 」
「くえっ? 」
キメラは4本の鱗塗れの足で砂を踏み蹴り、細長い毛玉が生えた脚で砂の国の北西へ向かうのだった。




